第524話 木工シリーズ第百八弾『テニスラケット』
「うん? はーい、開いてるよー」
部屋をノックする音が聞こえ、僕が返事をすると――
「うぇーい」
「おや、いらっしゃいディアナちゃん」
ディアナちゃんだ。フランクな挨拶をしながらディアナちゃんが部屋に入ってきた。
「遊びに来たよー。確か今日は休みなんだよね?」
「そうだね、今日はお休みの日」
今はアレクハウスの増築工事中で、僕も週のうち四日はダンジョンへ通ってフルールさんを手伝っている。そして、週のうち三日はお休みの日だ。
つまりは週休三日でお手伝いを……というかさ、結構ガチめに仕事だよね。わりとガッツリ働いている感がある。そんな労働の日々が、もうかれこれ三ヶ月ほど続いている。
いや、別に不満があるわけじゃない。なんか流れでお手伝いすることになったけど、仕事をしている中で学びもあるし、やりがいもある。お給料も貰えるし、フルールさんは美人さんだし、僕に不満なんてないんだ。
だけどなんというか……軽く疑問があったりもする。すべてはなんとなくの流れだった。流れでいつの間にかガチの労働をしている現状に、若干の疑問を覚えたりも……。
……まぁいいや、それはひとまず置いておいて、ディアナちゃんだ。
せっかくこうしてディアナちゃんが遊びに来てくれたのだから、しっかりおもてなしをしようじゃないか。
「ちょっと待っていてディアナちゃん、今お茶を出すから」
「あーい、お構いなくー」
さて、それじゃあ台所でミリアムスペシャルでも入れて持ってこよう。
あとそうだな、せっかくだし例のアレも準備してこようか――
◇
エルフと言えば、美男美女で有名である。
その例に漏れず、ディアナちゃんも美少女なのである。
まぁディアナちゃんは幼い頃から――八歳くらいの頃から知っている女の子であり、そんなディアナちゃんを美少女だなんだとありがたがってしまうと、ひょっとするとロリコン扱いされてしまわないかと心配になってしまう僕がいたりもするのだけれど……。
兎にも角にも、ディアナちゃんは美少女だ。
そんな美少女のディアナちゃんだが――
「うぉっ!」
およそ美少女らしくない悲鳴を上げながら、ディアナちゃんは座っていた椅子から飛び退いた。
「は? え、何これ、うわ、怖」
「んー、やっぱりちょっと怖いかな」
「てか、なんなんこれ……」
「これはね――木工シリーズ第百七弾『コースター』」
「コースター……?」
「コップの下に敷く物だね」
コースターだか
これを敷いてからミリスペを差し出したところ、ディアナちゃんにドン引きされてしまったのだ。
「えぇと、そのコースターってのはいいんだけどさ……。絵柄は? 表面の絵柄はなんなの?」
「父だね。父の――顔面」
リアルな父の顔を『ニス塗布』で印刷したコースターだ。
つまりこのコースターは木工シリーズであり、セルジャンシリーズでもある。そんなセルジャンコースターなのである。
「あー、村長さんか。確かにそう言われるとそうかも……。でもさ、なんで顔面部分だけをくり抜いたように描いてんの……?」
「まぁ、いろいろとあって」
「何があったら、顔面部分だけをくり抜くことになんの……?」
あったのよ。ちゃんと事情があって、くり抜くことになったのよ……。
かいつまんで言うと――以前に作った『顔出しセルジャンパネル』が発端だ。
あれを作る際、顔部分だけの『顔だけセルジャンパネル』なんて物も生まれたわけだが――そこで僕は閃いた。
閃きだ。インスピレーションとかが湧いてきた。何やら着想を得た。――あれを真似てコースターを作ったらいいんじゃないかと、そんな発想に至ったのだ。
ちなみにセルジャンコースターの話をナナさんにしたところ、ナナさんは『コースター』を『ジェットコースター』的な物と勘違いしたのか――
『機関車トー◯スや、アンパ◯マン号的な物ですか?』
――との質問を投げかけられた。ジェットコースターのカート的な物に、父の顔面を彫るのかと思ったらしい。
まったくの勘違いではあったが、アイデア自体は面白いと思う。それで一応はメモにアイデアを書き留めておくことにした僕がいたとかいなかったとか。
「今までにも父をモチーフにした作品はいろいろ作ってきたんだけど、父はどれもあんまり喜んでくれなくてさ、どうにかして父が喜ぶセルジャンシリーズを作ってみたいなって、そんな野望を懐いているんだ」
「捨てなよ、そんな野望……」
なんてことを言うのかディアナちゃん。夢を語った瞬間、その夢を諦めろとは。
「えっと、それで結局これはどうだったの? 村長さんはどんな反応だった?」
「さっきのディアナちゃんほどではないけれど、そこそこ驚いて、そこそこ引いていたかな」
「そりゃそうだよね……」
どうにも上手くいかんなぁセルジャンシリーズ。果たして本当に父を喜ばせるシリーズなど作ることができるのか、ちょっぴり不安になってきてしまう。
「とりあえず私はこれいいわ。怖いし」
「そっかー」
「てーか、さすがに村長さんに悪くない? 顔面にコップ置いちゃってるし」
「む、そう言われると確かに……」
「言われる前に気付かないもんかな……」
そこまで考えが及ばなかった。なんというか、キャラ物のコースターやら座布団やらの感覚だったゆえ……。
「んー、じゃあこれも封印しておこうかね」
「そうしなそうしな」
セルジャンパネルと同様に、セルジャンコースターも封印する運命にあったか……。
ちなみにセルジャンコースターも、木の板に父の全身を描いてから、顔だけをくり抜いて作る製法を用いたため、体の部分もまだ残っている。
なのでこれまたセルジャンパネルと同様に、体の部分に顔の部分をはめて『ニス塗布』で塗り直せば、ミニチュアサイズのアクリルスタンド――ミニチュアアクリルセルジャンスタンドの完成となる。
……なんかその方が普通に父は喜んでくれそうな気もするね。
「あ、木工シリーズといえば、最近は他にもいろいろ作っていてね」
「村長シリーズ……?」
「いや、父とは関係ないやつで、例えば――あれとか」
僕は部屋の片隅に立て掛けていた木工作品を指差した。
つい最近作ったばかりの作品なので、すぐに仕舞ってしまうのもなんとなく忍びなくて、とりあえず外に放置していたのだ。
「んん? あのフライパンみたいな形をしたの?」
「そうそう。あれが――木工シリーズ第百八弾『テニスラケット』」
テニスラケット――説明するまでもなく、テニスをプレイするためのラケットである。
木材でラケットのフレームを作り、ガットはジェレパパにお願いして、適当に使えそうな魔物素材を探してもらって完成させた。
そしてボールの方も用意した。『ニス塗布』用いてゴムボールならぬニスボールを作ったことが以前にもあったが、今回も同じ要領でボールを作ってみた。
柔らかめのニスで仕上げたボールなので、だからまぁ……軟式? ソフトテニスってことになるのかな?
「テニスラケットねぇ? なんだろ、遊ぶための道具なの? ちょっと持ってみてもいい?」
「もちろんいいとも」
ディアナちゃんはテニスラケットを手に取り、興味深そうにフレームやガットを確認している。
それからディアナちゃんは、おもむろにグリップ部分を握り、おもむろに構え、おもむろに素振りっぽいことを始めた。
ほうほう、すごいなディアナちゃん。まだ僕からは何も説明していないのに、おぼろげながらテニスのイメージを掴みかけているじゃあないか。
素振りの感じとか、だいぶそれっぽい雰囲気だ。ディアナちゃんのバックハンドは両手打ちらしい。
「さすがだねディアナちゃん」
「何がさすがなのかわかんないけど、やっぱり遊ぶための道具だよね?」
「その通りだよディアナちゃん」
「やっぱそっか、じゃあこれやろうよ。二人でやってみよ?」
「…………」
「ん?」
二人でテニスをしようだって……?
「やってもいいけど……勝負にならないよ?」
「ほーん? 何? そんな自信あるんだ?」
「僕が勝てるはずがないという自信がある」
「…………」
いやだって、そりゃ無理だよね……。テニスとか、どう考えてもアジリティが物を言うスポーツだろう。じゃあ無理だ。僕にはちょっと厳しい。
それはまぁ、一応僕も技術には自信があるよ? たぶんボールを上手く打つことはできると思う。
……しかし、届かんだろう。打たれたボールに追い付けない。であれば僕が勝てる道理なんてなかった。
「実は作る前から、きっと僕には向いていない遊びだろうなって、それはわかっていたんだけど……」
「じゃあなんで作ったのよ……」
そこはほら、別に僕自身が楽しめなくても、みんなが楽しめるなら作ってもいいかなって、そんなサービス精神も一応は兼ね備えておりますとも。
しかしだね、それより何より――
「なにせ――百八弾なので」
「ん?」
「百八弾だからね。百八弾となったら、これはもうテニスでしょ。テニスラケットを作らざるをえないでしょ。なにせ百八弾だし」
「えっと……何? どういうこと?」
「僕の木工シリーズは、百八弾まであるんだ」
「さっきから何言ってんの?」
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