第523話 木工シリーズ第百五弾『アクリルスタンド』


 フルールさんと話した結果、どうやらギルドカードを所持するエルフの人はそう多くない模様。

 写真機がなくて、ギルドカードの所持者も少ないとなると、顔出しパネルはちょっと微妙なのかな……。


「んー、それなら顔の部分を戻してもいいかもしれませんね」


「顔の部分?」


 顔出しセルジャンパネルを作った際、副次的に生まれた顔面部分だけのパネル――いわゆる、顔だけセルジャンパネル。いっそのこと、これを元に戻したらどうだろう。


 僕は自分のマジックバッグから顔だけセルジャンパネルを引っ張り出して、フルールさんに提示した。


「これです」


「こわっ!」


「あ、すみません」


 フルールさんに見せた瞬間、ドン引きされてしまった。

 そうか、まぁ確かにちょっと怖いか。表情自体はいつもの柔和にゅうわな父の笑顔なのだけどねぇ。

 ……いや、だからこそ怖いんじゃないかという説もあるが。


 さておき、それじゃあフルールさんにはあんまり見せないようにして、手早く作業を進めよう。

 僕は顔出しセルジャンパネルの穴が空いた部分に、顔だけセルジャンパネルをはめ込んだ。過去に分かれた二つのパネルが、時を置いて再び融合する。


「おー、村長だ」


「ええはい、村長です。村長復活です」


 顔出しでも顔だけでもない、ただのセルジャンパネル復活である。


「みんながギルドカードを持っていないのであれば、顔出しパネルとして運用するよりも、ただの看板として運用した方がいいかなと思いまして」


「なるほどー、確かにそうかもね。いいんじゃないかな?」


「ですよね、フルールさんもそう思いますよね」


 そもそもさ、やっぱり顔出しパネルを喜ぶのって、小さい子供だと思うのよ。

 でも子供のエルフはギルドカードを持っていなくて、人界まで旅してカードを作ることもできない。むしろ子供エルフの方こそ、顔出しパネルを楽しむことができないのだ。

 子供が遊べない子供向け玩具を子供に見せびらかすとか、なんという外道だろうか。さすがにそれは可哀想すぎる……。


 そういった事情を考えると、エルフ界においてギルドカード使用を前提とした顔出しパネルは、そもそもちょっと無理があったんじゃないかと改めて思い直したわけだ。


「ではこのまま、ただの看板として設置しましょう」


「ん、でもこれだと落ちちゃわない? ポロって顔が……」


「それはだいぶビビりますね……。まぁ大丈夫です。ニスでしっかり固定しておきますゆえ――『ニス塗布』」


 僕は改めてニスを塗り直し、パネルを固定し、パネル同士の継ぎ目も綺麗に埋めた。

 うむ。しばしの封印だ。いつかこの世界でも写真機が誕生し、子供エルフでも顔出しパネルから顔を出して写真が撮れる日が来るかもしれない。そのときまで、顔出しセルジャンパネルはニスで封印しておこう。


 ……しかしなんというか、結果的にナナさんの言う通りになったな。

 ナナさんは『顔をくり抜く前なら等身大木製アクリルスタンドだった』なんてことを言っていたが、こうしてくり抜いた顔を再び埋め直し、最終的にはやっぱりアクリルスタンドになっていった。

 紆余曲折ありつつも完成したのが――木工シリーズ第百五弾『アクリルスタンド』であった。


 なんやかんやで百五弾に……あれ? あ、違うか?

 百四弾が顔出しパネルで、百五弾がアクリルスタンドかと思ったけど、むしろ逆かもしれない。

 出来た順番で言えばアクリルスタンドの方が先だから……いや、でも元々作ろうとしていたのは顔出しパネルで、アクリルスタンドはその後だから――


 ――うん、まぁどっちでもいいか。

 兎にも角にもアクリルスタンドの設置が完了。一応後で、顔出しパネルではなくアクリルスタンドになったと父に報告して謝っておこう。

 まぁ別にそれで父から抗議されることもないだろう。たぶんだけど、『アレクの好きにするといいよ……』的な感じで快諾してくれそうな気がする。


「うんうん、これで牧場エリアの施設拡充は完了だね!」


「はい、完了ですね」


 無事にすべて完了。ベンチとセルジャンパネルが追加されたことで、牧場もよりパワーアップ――したかどうかは定かではないが、とりあえず僕的には満足だ。


「じゃあ次は、アレクハウスの増築だね!」


「そうですね、いよいよですね」


「もう図面も資材も準備できているから、明日からでも取り掛かれるよ?」


「そうですかそうですか、大変お待たせしました。これからよろしくお願いします」


「うん、頑張ろうね!」


「はい!」


 というわけで、明日からフルールさんと一緒に増築作業を始めることになるらしい。大工見習いアレクの生活がスタートするらしい。

 頑張っていこう。フルールさんの迷惑にならないよう、少しでもお役に立てるよう、僕も頑張ってお手伝いしていこうじゃないか。


「それで完成したら――また屋根からパンを撒くのかな?」


「はい? パン?」


 パンとは…………あ、上棟式じょうとうしきのこと?

 あー、うん、確かにアレクハウス完成時には、上棟式っぽく屋根からパンを撒いたけれど……え、リフォームでもするの? リフォームでも上棟式をやっちゃうの?


「新築ならまだしも、増築でパンを撒くっていうのは……」


「ん? 変なのかな?」


「変というか……」


 まぁ変ではある。しかしそれを言うならこの世界で勝手に上棟式なんてやっていること自体が変であり、そもそも元の世界でも、上棟式でパンを撒くこと自体が変であった。


「……まぁやりますか。せっかくだしやりましょう」


「あー、やっぱりやるんだ? アレクはパンを撒くのが好きだねー」


 えぇと、別に好きなわけでは……いや、好きなのかな? なんだかんだ頻繁に撒いている気もするし、普通に好きな可能性もありえる。


「みんなにもそこそこ楽しんでもらえている雰囲気もありますしね、また小さいパンをたくさん準備して、屋根から撒きましょう。それでその後は――パレードですね」


「パレード?」


 ――お神輿みこしである。

 ユグドラシルさんを招待して、人力車に乗ってもらって村を回ってもらおう。


 パン撒きとお神輿。この二つはもはやセット。この恒例行事を、ユグドラシルさんに粛々しゅくしゅくと進行してもらおうじゃあないか。





 next chapter:木工シリーズ第百八弾『テニスラケット』

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