第522話 エルフは引きこもり


 美人建築士にして美人大工職人のフルールさんとともに、ダンジョンの牧場エリアまでやってきた。二人で作ったベンチやら、顔出しセルジャンパネル設置のためである。


 そしてまずはベンチを適当に配置していって、それから卵の無人販売所近くに、顔出しセルジャンパネルを設置してみた。

 そうしたところ、フルールさんがパネルに興味を持ったようで――


「こうかな?」


「そうです」


 フルールさんが、パネルから顔を出して楽しげにしている。

 うん、ニコニコと楽しげに笑っている様子は、ほのぼのとしていて和むのだが……しかし肝心のパネルが父のボディなため、わりとシュールな画になってしまっている。

 なるほどなぁ。実際に顔を出している姿は、こんな感じになるんだねぇ……。


 ちなみにこの顔出しパネルから顔を出したのは、フルールさんで三人目だ。

 一人目は製作者である僕自身で、二人目は――モデルとなった父自身だ。


 なんか母もナナさんもパネルから顔を出してくれなかったので、父にお願いしたのだ。父もちょっぴり嫌がったのだが、お願いしたらやってくれた。

 そうして実現した、父のパネルから顔を出す父本人……。まぁあれも、相当にシュールな画ではあったな……。


 そういうわけで、顔出しパネルを実際にやってみたらどんな感じになるか、今までよくわからなかった。

 一人目は僕自身だったため、顔出し中の姿が自分ではよくわからず、二人目は父だったため、なんかもう別のシュールさが発生してしまった。

 そして今回、三人目となるフルールさんのおかげで、ようやくフラットな視点で顔出し中の姿を確認することができた。しかしその姿は……まぁシュールだね。父ほどではないけれど、シュールはシュール。


 やっぱりもうちょっと別のキャラクターにした方が良かったかねぇ……。

 いっそのこと人ではなく――デフォルメしたニワトリの絵とかにしても良かったかもしれない。


 ニワトリならば、セルジャン牧場に設置する顔出しパネルとして、おかしくはなかったはずで……あ、でもデフォルメはダメか。

 それでは『ニス塗布』で描くことができない。僕の『木工』スキルや『ニス塗布』は、モデルを正確に再現することしかできないので、デフォルメニワトリは上手く描けない可能性が高い。

 なので僕の『ニス塗布』では、リアルなニワトリしか――


「アレク?」


「へ? あ、すみません」


 いかんいかん。妙に考え事に没頭ぼっとうしてしまった。

 なんだか頭の中で、リアルなニワトリの顔出しパネルから顔を出す父という、さらにシュールな画を想像してしまっていた。


「それでこの後、ギルドカードを使うんだっけ?」


「そうです。その状態でカードを更新すれば、カードの写し画にも反映されるはずです」


「なるほどなるほど。でもカードは持ってないんだよねー」


「あ、そうでしたか。まぁエルフ界では使わない物ですしね」


 であれば、普段持ち歩くこともないか。

 失敗したな。出掛ける前に伝えておけばよかった。


「家とかに保管しているんですかね? まぁいつか気が向いたときにでも試していただければ――」


「んん? ああ、そういうことじゃなくて、そもそも持っていないの。作ったことすらないんだよ」


「……え、そうなんですか?」


 あー、そうか、そういうパターンもあったか……。

 だとすると困ったな。それじゃあフルールさんは、顔出しパネルの正式な楽しみ方を実践できないじゃないか。

 それはまた、なんという悲劇……ってほどではないかもだけど、パネルから顔を出している姿は楽しそうだったし、少々不憫ふびんに思えてしまう。


「しかしカードを作ったことすらないのは……もしかしてフルールさんは、人界へ行ったこともなかったり?」


「そうだねー。ないねー」


「おぉ、やはり……」


 そうなのか、やはり行ったことすらないのか……。

 むぅ……。ひょっとするとこれって、ユグドラシルさんが言っていたことなのかな……?


 エルフは昔から内向的な人が多くて――基本的に引きこもりなのだそうだ。

 それで昔の人が『それではいかん。もっと森の外へも目を向けるべきだ』とかなんとか言って、若く優秀なエルフは世界を旅する決まり――そんなエルフのおきてが作られるまでになったと、ユグドラシルさんから聞いた記憶がある。


 もしかしてフルールさんもそうなのだろうか? やっぱりフルールさんも、種族的にエルフ的に引きこもりなのだろうか?


「……というか、人界へ行ったこともなくてカードも持ってない人って、案外多かったりするんですかね?」


「そうだと思うよ? むしろ持っている人の方が少ないと思う」


「おぉう……」


 やはりそうなのか。やはりエルフは引きこもり……。


「えぇと、人界のラフトの町だっけ? 確かそこが一番近い町で、そこにギルドがあるんだよね?」


「そうですね。とりあえず作ること自体は、そこまで難しくはないと思うのですが」


 ……いや、まぁ僕の場合はだいぶ大変だったけども。メイユ村を出発してからラフトの町にたどり着くまで、なんだかんだで丸二年掛かったけれども。

 そもそも道中は手強いモンスターもいたりして、僕だけではたどり着くのも難しく、その上移動中は大シマリスのフルフル君にずっと乗っていたので、自分の足でたどり着いたことすらないのだけれども……。


「前に私も、森の外に出てみようかと思ったことはあるんだけどね」


「おや、そうなのですか?」


「でも森から出た瞬間、なんだか落ち着かない気分になってねー」


「あー、はいはいはい。なりますね、確かになります。僕もなりました」


 あれだ、エルフの森補正が切れて、なんかそわそわしちゃうやつのことだ。『森を出てそわそわ現象』のことだ。


「それで落ち着かないし、特に目的があるわけでもないし、まぁいいやって戻って来ちゃった」


「そうだったんですね……」


 なるほどなぁ……。エルフが引きこもりがちなのは、この現象が影響しているのかもねぇ。

 確かにイヤだよねーあれ。別に痛かったり苦しかったりってことでもないんだけど、兎に角落ち着かないんだ。戻りたくなる気持ちもわかる。


「――だからさ、アレクはすごいよね! あんな大変な思いをしながらも、外の世界を旅しているんだもん!」


「え? あ、いやいや、そんなことはないですって、別に僕なんて、そんなそんな」


謙遜けんそんすることないのに! 頑張って耐えながら旅をしているんでしょう? それでもどうしてもつらくなったら帰ってきて少し休んで――それでまた旅に出るんだ。すごいよねアレク! 尊敬するよ!」


「……え?」


 そんな理由で帰ってくると思っていたの……?

 いや、それは本当に違くて、全然別の理由なんだけど……。


 ……でもむしろ、そっちがいいな。普通にそっちの理由の方がいい。

 忘れ物で帰ってくるとか、イケメンすぎて村に入れないとか、覆面をかぶっていて町に入れないとか、なんか人界の勇者様に追い返されるとかよりは、だいぶ真っ当な理由っぽく感じる。なんかそんな気がする……。





 next chapter:木工シリーズ第百五弾『アクリルスタンド』

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