第521話 顔出しセルジャンパネルと、顔だけセルジャンパネルと、セルジャン本人と


 ギルドカードでの写真撮影っぽいことには成功したものの、しょんぼりとした表情が気になったため、やはり撮り直すことに決めた。


 しばしナナさんに待ってもらい、もう一度顔出しセルジャンパネルから顔を出し、ギルドカードに魔力に流して更新する。

 そうしたところ――


「どうですか?」


「目つぶっちゃってる」


「ほうほう。あるあるですね」


「確かに写真を撮るときのあるあるではあるかな……」


 そんなことがあり、さらにもう一度撮り直して――


「どうですか?」


「半目だわ」


「そうですか。では、次はしっかり目を開いた状態で撮れますね」


「え、段階的に目を開いていくシステムなの?」


 ――そんなやり取りを繰り返し、どうにかこうにか最終的には満足の行く写し画を撮影することができた。


「ひょっとすると、これこそギルドカードあるあるかもね。何度もカードの更新を繰り返して、満足できる写し画が撮れるまで粘る人とか、普通にたくさんいそう」


「確かにそうかもしれません。マスターも満足行く写し画が撮れたようで、大変喜ばしく思います」


「あー、うん、ありがとうナナさん……」


 冷静になって考えてみると、父の顔出しパネルから顔を出している写し画で、そこまで大喜びで大満足するのもどうなのか……。


 ……いや、まぁいいや。とりあえず顔出しセルジャンパネルを用いた写し画撮影は上手くいった。その点に関しては非常に満足しているとも。


「でもさ、こうして見ると、全体像は写っていないのがちょっと残念かもね」


「あくまで顔写真ですしね」


 せっかくの全身パネルだというのに、写し画にはせいぜい胸のあたりまでしか写っていない。それが少し残念と言えば残念か。


「そもそもの話なのですが――」


「うん?」


「このパネル自体に少々問題があるように感じます。なんというか、少し地味な顔出しパネルに思えてしまうのですよ」


「ええ?」


 地味? 父が地味だって?

 どうしたんだナナさん、突然父のことをそんなふうにディスるなんて……。


 ……まぁでも、確かに一概には否定できない部分もある。

 勇者であり、剣聖であり、村長であり、畜産農家でもあり、いろんな肩書を持つイケメンエルフの父ではあるが、そんな父も顔出しパネルになってしまえば、重要視されるのは体の部分だけ。顔の部分もくり抜かれているため、イケメン要素も意味がなくなってしまう。


「なるほど。確かにこのパネルじゃあイケメンかどうかもわからないし、たとえ父であろうと地味と言わざるをえないか……」


「ですよね。もちろんお祖父様は、イケメンが取り柄なだけの人ではありませんが、パネルではそんなこと関係ないですし」


「そうだね、このパネルではねぇ……」


「いやはや、お祖父様の取り柄は他にもたくさんあるのですけどね。お祖父様は真面目で誠実で思いやりがあって、『イケメンって部分を除くと、他は全てが残念』なんて人ではないのですが」


「…………」


 ……何やら含みを感じた。

 まるでナナさんの周りに、『イケメンって部分を除くと、他は全てが残念な人』がいるような口ぶりに感じた。気のせいかな?


「やはり普通の人である以上、誰であっても地味な顔出しパネルになってしまうかと思います。こういうパネルは、もっと衣装や格好に特徴のあるキャラクターを採用すべきだったかと」


「む、なるほど」


 一理ある。服装も普通だしな。一般男性エルフの普通の格好。

 ……というかこれ、実際に誰かが顔を出したところで、見た目的にはほとんど変わらない可能性があるな。

 一般男性エルフの顔出しパネルから、一般男性エルフが顔を出したところで、ただの一般男性エルフにしかならん。


「それでも人をモデルにするのならば――むしろマスターの方がよかったのではないですか?」


「僕?」


「マスターは半ズボンなので」


「…………」


 うん、まぁ確かに僕は半ズボンを履いているけど……。

 でもそこまでなのかな。半ズボンってのは、そこまで特徴的な衣装なのかな……。


「そうは言うけどナナさん、このパネルは牧場エリアに置く物だからさ。セルジャン牧場のパネルなのだから、当然パネルも父のパネルじゃないと」


 誰でもいいってわけじゃないのよ。むしろ父じゃないといけないのよ。


 それに、一応は父だとわかるパネルにはなっているはずだ。髪型や服装は父そのものだし、雰囲気やポーズも特徴を捉えているはず。

 体の部分だけでも、父がモデルだと多くの人が気付けると思う。そういうパネルに仕上げた自負がある。そんな職人の妙も感じ取ってくれんだろうか。


「そういえば、お祖父様本人はなんと言っていたのですか?」


「うん? 何が?」


「顔出しセルジャンパネル作製にあたって、お祖父様から何か言われませんでしたか?」


「父から? あー……言われてないね」


「おや、そうなのですか? こんな物を作るとなったら、普通は何か言いそうなものですが」


 こんな物て何よ。職人の妙だと言うのに。


「まぁ父は何も言っていなかった。というか――言ってない」


「はい? どういう意味ですか?」


「父には何も言ってない。何も言っていないのだから、父からも何も言われていない」


「……何も言わずに作ったのですか?」


「そうだね」


 とりあえず父には何も言わずに製作を決めて、こうして完成まで漕ぎ着けた。


「最初から全部説明するのも面白くないでしょ? サプライズ的な感じで、完成してから見せようかと思ったんだ」


「サプライズ……。ええまぁ、サプライズは間違いないでしょうけど……」


「だよね? サプライズだよサプライズ。――うん、それじゃあこれから見せに行こうか? 父もきっと喜んでくれるはずだよ」


「……そうですかね?」


 そりゃあそうですとも。



 ◇



 顔出しセルジャンパネルを父本人に披露すべく、僕はナナさんと共に移動を開始した。

 そしてリビングにて父を発見し、実際にパネルを見せて、パネルの実演もしてみたのだけれど――


「…………」


「あれぇ?」


 ドン引きである。父にはドン引きされてしまった。


「ほら、こうなると思ったのですよ」


「おかしいな……。てっきり喜んでくれると思ったのに」


「過去のセルジャンシリーズもそうだったでしょう? 毎回ドン引きでしたよ」


「そうだっけ?」


 セルジャン落としとか、セルジャン面とかのことかな? まぁ確かに手放しで喜んでいたふうではなかったかもだけど……。


 それよりさ、別にシリーズのつもりはなかったんだけどね。別にセルジャンシリーズなんてものを作っていたつもりはなかった。

 それをそんなふうに名付けられちゃうと……むしろシリーズ化したい気持ちになってしまう。他にももっと作らなければという、妙な義務感を覚え始めてしまう。


「というか、父は何を見て――あ、そっちか」


 顔出しセルジャンパネルよりも、何か他に気になっている様子を見せていたので、その視線を辿ってみると――なるほどなるほど、気になっていたのはそっちなのね。


「ねぇアレク、あれはなんなの……?」


「顔出しセルジャンパネルは、顔の部分をくり抜くじゃない? それでくり抜かれた顔の部分が――ナナさんが手に持っている部分」


「そうなんだ……」


「言うなれば――顔だけセルジャンパネルかな?」


「…………」


 父の顔だけのパネルなので、顔だけセルジャンパネル。とりあえずそんな名前を付けてみた。


 ……それにしても、なんでナナさんはわざわざそれを持ってきたのか。なんで父に見せ付けるようにしっかり構えているのか。


「でもそうか、父はあれに驚いただけで、顔出しセルジャンパネルの方は喜んでくれたんだね?」


「別にそっちも喜んでいたわけではないけれど……」


「あれぇ?」


 顔だけセルジャンパネルには引いていたけど、顔出しセルジャンパネルは喜んでいてくれたのかと思った。しかし実際には、普通に両方に引いていたらしい。


「だけど、面白いわね」


「おや、母さんはそう思う?」


「面白い発想だと思うわ」


「ほうほう」


 隣にいた母からは、何やら高評価をいただいた。


「あ、それなら母さんのパネルも作ろうか?」


「私はいいわ」


「……そう」


 普通に遠慮されてしまった……。

 人形作りとかはむしろ積極的に推奨しているのに、顔出しパネルは別にいいのか……。


「でもなんというか、こうしてアレクが僕のために……僕のためなのかな? 正直そのあたりもよくわからないけど、僕のことを思って作ってくれたのだとしたら、それは嬉しいよ。嬉しい気がするよ、うん、ありがとうアレク……」


「いやいや、いいんだよ父。礼には及ばないよ」


 ふむ。つまり一応は喜んでくれているのかな?

 でもあれだな、どうやらパネル自体はそんなに喜んでいない印象も受けたね。


 であるならば――もっとちゃんと父が喜びそうな物を作って、それをプレゼントしたい気にもなってきた。そして、本当に心の底から喜ぶ父の姿を見てみたい。

 ……あとはそうだな、他にもセルジャンシリーズを作って、どうにかセルジャンシリーズでも父を喜ばせたいと、そんな野望もじんわりと浮かんできた。





 next chapter:エルフは引きこもり

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