第520話 はい、チーズ


 顔出しセルジャンパネルを作ったものの――この世界には写真機が存在していなかった!


 ……痛恨である。アレクシス痛恨のうっかりミス。

 ナナさんに指摘されるまで気付かなかった。僕としたことが、まさかこんなミスを犯すとは……。


「……どうしよっか?」


「困りましたね。せめてお祖父様の顔をくり抜く前に気付けたらよかったのですが」


「そうなの?」


 それだと何かやりようがあったの? もう綺麗にくり抜いてしまった後なのだけど。


「くり抜く前ならば、等身大木製アクリルスタンドとして活用できたかと思われます」


「あー、そのままアクリルスタンドにするのか」


 まぁ父のアクリルスタンドと言われても、息子の僕的にはちょっと微妙な代物なのだけど、とりあえず看板にはなったかもしれない。セルジャン牧場の看板として活躍してくれたかもしれない。


「仕方ないので、顔を出すだけで楽しんでもらいますか?」


「うーむ。果たしてそれで、やっている本人が楽しめるかどうか……」


「では、写真ではなく絵にしますか? 顔を出している姿を、絵に描いて残してもらう形で」


「絵が描き上がるまで、パネルに顔を突っ込んで待機しろと言うの……?」


 その状態でずっと待ち続けなければいけないとか、どんな苦行だそれは……。そもそもそこまでして残したい絵でもないだろうし……。

 んー、もうちょっと何かないかな。他に何か方法が……。


「……あ」


「はい?」


「んん? これはひょっとして、どうなんだ? もしかして、いけるのか……?」


「どうかしましたか?」


「うん、ちょっと思い付いたことがあってさ。ひょっとすると……あれでいけるかも」


「ほほう?」



 ◇



 ちょっとした思い付きを試すため、僕は準備を進めていた。

 まぁ準備と言っても大したことではない。とある物をマジックバッグから取り出して、自分のポケットに忍ばせただけだ。


「ではでは、実際に試してみよう」


「はい、お願いします」


「よし、それじゃあ……。それじゃあ……うん」


「……何をもじもじしているのです?」


「いざパネルから顔を出すとなると、何やら気恥ずかしい」


 よくよく考えると、顔出しパネルを喜んでやるのって、小さな子どもくらいなもんじゃない?

 そりゃあ別に大人がやってもいいとは思うけど、真面目な顔をしてパネルから顔を出すのは、なんだかちょっと恥ずかしくて、ちょっと照れる。


「なんというか年齢的にさ、やっぱり僕ももう十九歳なわけで――」


「まぁそうですね。マスターももう四十代後半ですからね」


「ヘイ」


 何を言うのか。僕は十九歳だ。常々言っているように、前世の年齢を足すのはやめてくれたまえ。

 ……というか、四十代後半って何よ。前世の二十七歳と今世の十九歳を足しても、合計で四十六歳でしょうよ。それを四十代後半とか言うのはやめてくれんかな。


「いいから早く試してくださいよ。別に笑ったりしませんから、マスターが思い付いたことを早く私に教えてください」


「う、うん。じゃあ始めようか。とりあえず、こんな感じで顔を出してだね……」


「ふふ」


「…………」


 顔を出した瞬間、薄く笑われた。笑わないと言った舌の根も乾かぬうち笑われた……。


 ……いや、まぁいい。むしろ良いことだ。こうして笑ってもらえた時点で、むしろ顔出しパネル自体は成功したとも言えるはず。

 気を取り直して進めよう。問題はここから。実験はここからだ。


「ここからだよナナさん。ここで取り出したるは――ギルドカード」


「ギルドカード?」


 ギルドカードだ。人界の冒険者ギルドで取得できるギルドカードを、僕は自分のポケットから取り出した。


「以前ナナさんにも見せたことがあったよね。このギルドカードには――自分の顔写真が印刷されている」


「あ、そうでしたね。確かに顔写真が……」


「そしてギルドカードは、魔力を流せばその瞬間にカードの内容が更新される。カードに印刷されている顔写真もまた、その瞬間に更新される」


「ということは……パネルから顔を出した状態でカードを更新すれば――」


「ギルドカードの顔写真には、その状態の僕が印刷されるはずだ」


「なるほど……」


 ……どうでもいいんだけれど、最初に説明してから実験を進めればよかったかな。

 パネルから顔を出した状態で長々と説明している姿は、だいぶ滑稽こっけいに思える。


「ふむふむ。確かにそれならば写真として残すことができるかもしれません」


「そうでしょう? ナナさんもそう思うよね」


「しかしマスター、その顔写真――正確には写し画と言いましたか? 写し画の場合、仮面やヘルムは除去して撮影されるとのことですが」


「あー、そうだね。そんな謎のオーバーテクノロジーだったね」


「下手したらカツラすらも除去され、悲しい真実が露わになってしまうのではないかとマスターも危惧していたはずです」


「そうだねぇ……」


 それだけはやめてあげてほしいところなのだが……。さすがにそこだけは、慈悲だか情けだかを掛けてあげてほしいのだが……。


「そうなると、パネル部分も除去されてしまうのでは?」


「んー、確かにその可能性はあるかな。でも自分の顔を隠しているわけではないし、案外大丈夫かなって気もするんだけど……まぁ実際に試してみた方が早いか」


「それもそうですね、さっそくお願いします」


「よしきた」


 ではでは、実際にやってみよう。

 まぁやることと言ったらカードに魔力を流すだけなので、実験自体はすぐに済んでしまう。多少盛り上がりに欠けるような気がしないでもない。


「――あ、そうだ。無言でサラッと済ませちゃうのも味気ないしさ、せっかくなら掛け声を掛けながら更新しようか?」


「掛け声?」


「定番のやつで、『はい、チーズ』とか――」


「はっ」


「…………」


 ナナさんに嘲笑ちょうしょうされた……。

 なんでだ……。いかんのか? チーズはもう死語なんか……?


「じゃあ、えぇと……更新」


 これ以上嘲笑されるのはイヤなので、特別な掛け声は使わず、『更新』とだけ言葉を発してギルドカードに魔力を流した。


 さてさて、何やら若干水をさされた感じにはなってしまったが、肝心の結果はどうなのか。

 僕はパネルから顔を戻し、ギルドカードに視線を落とす――


「おぉ! 見てよナナさん!」


「どれどれ――お、ちゃんとパネルも写っていますね」


 なんとなんと、実験成功だ。パネルから顔を出した状態の僕が、しっかりギルドカードの写し画にも印刷されていた。


「いやー、できるもんだねぇ」


「マスターの計算通りとなりましたね。さすがですマスター」


「いやいや、それほどでもないよナナさん」


「こうしてしっかりパネルとマスターのお顔が――ですが、若干表情が曇っていますね」


「…………」


 まぁナナさんから嘲笑をくらった直後だったからね……。

 そのせいでセルジャンパネルから顔を出す僕の表情は、若干しょんぼりしたものになっていた。


「撮り直そうかな……。撮影自体はすぐ終わるし」


「そうしますか? 今度は『はい、チーズ』と言ってもらって構いませんよ?」


 別にそれが言えなかったから表情が曇ったわけではない。





 next chapter:顔出しセルジャンパネルと、顔だけセルジャンパネルと、セルジャン本人と

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