第519話 顔出しセルジャンパネル


 ミコトさんに神像を届けた際、ダンジョンの新エリアに関する相談をミコトさんに持ちかける流れとなった。

 そして、そこでミコトさんから提案されたアイデアが――


「海ですか」


「海だねぇ」


 海があったらいいなと、そんなことをミコトさんは言っていた。

 そして自宅に戻ってきてから、ダンジョンの共同オーナーであるナナさんとも、その案について共有していた。情報共有は大事。なにせ共同オーナーなので。


「それと温泉ですか」


「そうだね、温泉入りたいって言ってたね」


「良いですねぇ。温泉は良い案だと思います」


 他にも砂漠とか沼地とか火山とか、ある意味ダンジョンっぽいエリアの提案もしてくれたけど、巨大フィールドタイプのエリアと考えると、ひとまずここは娯楽性を求めたいところではある。

 その点で、海やら温泉やらは良い案だと思える。ナナさんも太鼓判を押してくれている。


「私的には――そろそろ新宿を作ってもいいのかと思うのですが」


「新宿?」


「遺都シンジュクです。なにせ世界樹様の迷宮なので」


「……パクリじゃないか」


「ダンジョンの奥深くにて、突如現れる廃墟と化した近代都市……。結構な衝撃展開を演出できるのではないでしょうか?」


「んー……」


 そりゃあ確かに衝撃の展開っぽい感じはするけど……捏造ねつぞうもいいとこだ。

 しかも誰もわからんからね。そんな廃墟を見せられても、それが新宿だと言われても、みんななんのこっちゃわからん。衝撃の受け方が微妙に異なっちゃう感じがする。


「あー、でも町を作ったらどうかって話はしていたね」


「町ですか?」


「廃墟じゃなくて普通の町。ダンジョン内に人が住める町を作ったらどうかって」


「ほうほう。なるほどなるほど」


 まぁさすがに町なんて僕達だけでは作れないので、場所を用意するだけなのだけど、そういう目的のエリアを提供して、それでだんだん建造物が増えていったり、住人が増えていったりしたら――うん、楽しいね。想像するだけで楽しい。わくわくする。


 あとはそうだな。氷のエリアとか、洞窟のエリアとか、乗ることができる雲で構成された空のエリアとか、アスレチック施設を揃えた遊べるエリアなんかをミコトさんは提案してくれた。


 それと……カジノエリアか。

 まぁカジノエリアの関しては、本当にそんなエリアを作っちゃって大丈夫なのか、ちょっぴり心配になってしまったりもするのだけれど……兎にも角にも、ミコトさんはいろんなアイデアを提供してくれた。感謝である。それは本当に感謝。


「でもさ……これでいいのかなって気もしちゃうんだよね」


「はい? 何がですか?」


「今回のミコトさんもそうだし、少し前にも世界樹の枝の使い道についてユグドラシルさんに意見を求めたりしたけれど、そんなふうに誰かに意見を求めて、それをそのまま参考にしちゃうのは、ちょっとどうなのかなって……」


「えぇと……何かまずいのですか? ミコト様もユグドラシル様も事情を知っているのですから、そのお二方から話を聞くことに問題はないと思いますが」


「んー、なんかズルい気がしちゃうんだよね……。禁じ手的な印象を持っちゃうんだ」


「そうなのですか……?」


 作り手として、作者として、それでいいのかって葛藤かっとうがあったりもするのだよ……。

 こういうのは僕自身が考えないとダメなんじゃないかなって……。


「ですが仕方ないじゃないですか。マスターはもうネタ切れなのですから」


「ヘイ」


 なんてことを言うんだナナさん。違うというのに。それは違う。絶対に違う。

 というか、ダメだからね? それは言っちゃダメなことなんだ。もちろん実際にはネタ切れなんかじゃないけれど、もしも本当にネタ切れなのだとしたら、そこはもう何も言わずにそっとしておいてくれ。


「まぁまぁ、いいじゃないですか。マスターの意地なのか矜持きょうじなのかは知りませんが、そんなこだわりはどうでもいいですよ。より良いものができるならば、どんどん意見を募って取り入れていくべきだと私は考えます」


「んー……。まぁそうかもねぇ」


 サラッと僕の矜持がどうでもいいもの扱いされてしまったが、確かにナナさんの言う通りなのかもしれない。良い作品を作るためには、無駄なプライドだったか……。

 というか、せっかくお願いしてアイデアを頂戴したのに、後から悩むのもおかしな話だよね。


 ――よしよし、開き直っていけ。これからも広くアイデアを募集して、感謝しながら参考にさせていただこう。

 というわけで皆様ありがとうございました。また何かありましたら、何卒よろしくお願いいたします。


「ところでマスター」


「うん?」


「先ほどから作っているそれは、いったいなんなのでしょう?」


「ふむ」


 実は今、木工作業中だったりもした。

 ナナさんと話しながら、ギコギコと木の板をカットしていたのだ。


「これはだね…………ん、そうだな、完成してからにしようか。たぶん明後日くらいには完成すると思うから、そのときにお披露目して説明するよ」


「はぁ、そうなのですか」


 そうなのですよ。まぁ勿体つけるわけではないのだけれど、ひとまず明後日をお楽しみに。



 ◇



 明後日である。

 ナナさんに約束してから二日が経過した。


「というわけで、ほぼ完成したよ」


「おめでとうございますマスター」


「ありがとうナナさん」


「……で、それはなんなのですか?」


「ふむ」


 まぁこの段階ではまだわからないか。今の段階では――ちょっと不思議なシルエットの立て看板と言ったところだろう。

 ほぼ完成なだけで、完成ではなかった。もう一手間加えて、ようやく完成だ。


「最後に一手間、僕のスキルアーツを使用する作業が残っていたね」


「ほう。マスターのスキルアーツというと――『ニス塗布』ですか?」


「お、正解だよナナさん。よくわかったね」


「それはわかりますとも。マスターといえば『ニス塗布』です。むしろ『ニス塗布』がマスターの本体と言っても過言ではないです」


「…………」


 過言じゃない? さすがにちょっと過言ではないかな?

 ……まぁいいや、それだけ僕の『ニス塗布』がすごいアーツだとナナさんも認めてくれているのだろう。そう思うことにしよう。


「さておき、ナナさんが予想した通りだね。この看板だかパネルだかに『ニス塗布』を使用することで、この作品はようやく完成するのだよ」


「なるほど、そうなのですね」


「……たぶん完成するのだよ」


「はい? たぶん?」


「なにせ僕も初めて作る物なので、成功するかどうかはちょっとわからなかったりする」


「はぁ……」


「とりあえずやってみよう。ではでは――」


 僕はパネルに手を置き、頭にイメージを思い浮かべる。できるかぎり鮮明にイメージ。鮮明に――父の姿をイメージする。

 そしてそのイメージを、呪文とともにパネルへと――


「『ニス塗布』」


「おぉぉ……?」


「お、できた。ちゃんとできたね」


 おー、完成だ。リアルな父の姿を形どった看板――セルジャンパネルが完成した。


「これはまた……なんでしょう。なんと言ったらいいものか……」


「すごいでしょう?」


「すごいと言えばすごいですが……。アクリルスタンド的な物ですか? お祖父様の等身大木製アクリルスタンド?」


「むむ……? なるほど、確かにそうだね。今の段階だとそう呼べるかもね」


 木製なのにアクリルって部分は少々矛盾しているが、現段階ではその名称が適切かもしれない。


「でも正確にはちょっと違うんだ。実はね、まだこれで完成したわけじゃなくて、さらに一手間加えることで――」


「完成したと最初に言っておきながら、それからずいぶんと手間暇を加えているのですが」


「……あれ?」



 ◇



 確かにナナさんの言う通りだった。微妙に手間のかかる作業がまだまだ残っていた……。


 でもまぁ、これで本当の本当に完成だ。セルジャンパネルの顔部分――父の顔部分を、余裕を持って大きく丸くくり抜いたところで、よくやく全工程が終了。


 そうして完成したのが――


「顔出しパネルですか……?」


「おお、ご名答。さすがはナナさん」


「ええはい、ありがとうございます……」


 何やら微妙に引き気味というか呆れ気味のナナさん。

 せっかくだからと父の顔面部分を綺麗にくり抜いたのだけど、そうして副次的に生まれた板状の父の顔面に、若干引いているのかもしれない。

 あと、『こいつは何を作っているんだ』という、僕に対するいつものシンプルな呆れなのかもしれない。


「なんというか、もういろいろと突っ込み所しかないのですが……ひとまず一点だけ確認してもよろしいでしょうか」


「ん? なんだろう?」


「これは、パネルの後ろから顔を出すのですよね?」


「まぁ顔出しパネルだからね」


「顔を出して……どうするのですか?」


「どうする?」


 んん? どうする? どうするってのは、なんだろう?

 そりゃあ顔出しパネルなのだから、顔を出して、記念に写真でも撮るのだろう。


「記念に写真を――――ハッ」


「気付きましたかマスター」


「写真が……。写真機が……」


「ですよね。この世界に――まだ写真機はありませんよね」


「おおぉぉぉ……」


 なんという盲点。うっかりだ。完全にうっかりしていた……。

 そっか、そうだな。確かになかったか……。あー、えぇと……どうしよっか?





 next chapter:はい、チーズ

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