第480話 これはルーレットですか?
「横にすると、何やら不思議な感覚を覚える」
「ほう」
ジャイロかな? たぶんジャイロ効果というやつだろう。
ユグドラシルさんが回転するハンドスピナーを左右に傾けながら、ジャイロ効果を感じている。
「ところで、これもお主がいた世界にあった物なのじゃろう?」
「そうですね。前世で流行っていた物です」
まぁ正確にはちょっと別の物なんだけどね。
前世のハンドスピナーは、ベアリング機構で回る物だと思う。ハンドスピナーといえばボールベアリング。そんなイメージがある。
だがしかし、僕のハンドスピナーは違う。
ニスだ。滑るニスを『ニス塗布』で生み出して、回転軸に塗布している。ベアリングではなく、『ニス塗布』の力技で回るハンドスピナーとなっている。
ちなみに、ゆくゆくはベアリング機構を搭載し、さらには滑るニスも塗布し、最強のハンドスピナーを作ってみたいと計画しているわけだが……。
でもそれだとダメなんかね? ベアリングって、むしろ滑っちゃいけないような気もする。中のボールが転がることで回転する物だから、滑るニスを使ったら逆に回らなくなったりする?
「む。待て、流行っていたじゃと?」
「え? ああはい、結構な流行っぷりでした」
「これがか……?」
「これがです。大流行です」
「これが大流行とは……」
あんまり納得していない様子のユグドラシルさん。
「まぁみんな一回触ってすぐに飽きたのか、流行も一瞬で過ぎ去りましたが」
「ふむ。なるほど」
深く納得している様子のユグドラシルさん。
「そうじゃのう。楽しみ方も、それほど多くあるようにも見えんからのう」
「ですねぇ」
「それでも、無理矢理にでも何か考えるなら、例えば――」
ユグドラシルさんは少しだけ悩む素振りを見せてから――
「こうかのう」
「ほうほう」
ユグドラシルさんは手のひらを上に向けて、人差し指の腹にハンドスピナーを乗せた。
なるほど。つまむのではなく、指一本でハンドスピナーを支えて回す技か。……まぁこれを技と呼ぶのは、いささか大げさな表現かもしれないけれど。
「それで――こう」
「お? おおぉ?」
ユグドラシルさんは人差し指をちょこんと動かし、乗っていたハンドスピナーを浮かせ、中指にパスした。
ハンドスピナーは人差し指から中指に移動して、今度は中指の腹で回っている。
なんてことだ。これは……技だ。トリックだ。ハンドスピナーにも、トリックがあったのか……。
「すごいですユグドラシルさん」
「ん? んー、まぁ、それほどでもないが」
ユグドラシルさんは少し自慢げな表情を見せてから、指先を器用に動かしハンドスピナーを操る。戻ったり進んだり、ハンドスピナーはスイスイとそれぞれの指を行き来する。
すごいなぁ。こうして見ていると、なんかもう普通にジャグリングだね。
「まさかハンドスピナーでこんなことができるとは……。さすがですユグドラシルさん」
「うむ」
「もしよろしければ、こちらのハンドスピナーをユグドラシルさんにプレゼントしますよ?」
「いや、別にそれは……」
……別に欲しくはないそうだ。一応トリックめいたことはできるけど、ユグドラシルさん的にそれほど熱くなれるものではないらしい。
指の腹でハンドスピナーを回している様子は、そこそこ楽しげに見えるけどねぇ。
「あ、腹で回すといえば――」
「うん? 腹で回す……?」
「最近、ミコトさんもフラフープを始めたようです」
ふとそんなことを思い出した。やはりフラフープといえばユグドラシルさんなわけだが、最近フラフープ愛好家が一人増えたのだ。それがミコトさん。
「ほー、ミコトがフラフープか」
「まぁミコトさんの場合は、純粋にフラフープを楽しむというよりは……痩せるためにやっているようですが」
僕が旅行をしている最中に、ミコトさんはちょっぴり太って標準体型になってしまった。
現在ダイエット中で、走ったり戦闘したりしているのだが、その中でフラフープに目を付けたらしい。『フラフープは有酸素運動だし、腰回りの筋肉も鍛えられそうだ』と、最近はくるくる回している。
「そういえば少し太ったのう、あやつ……」
「……ユグドラシルさんも気付きましたか」
「うむ。じわじわと太っていくのが確認できたので、少し気を付けた方がいいのではないかと、わしからもそれとなく伝えたのじゃが……あんまり伝わらんかったようじゃ」
「そうですか……」
太ることを知らずに今まで生きてきたミコトさんなもので……。
ユグドラシルさんのありがたい注意喚起も、ミコトさんには響かなかったようだ。
でもまぁ、今は頑張っている。ユグドラシルさんやナナさんからのやんわりとした注意は響かなかったが、ディースさんからの痛烈な忠告により、ミコトさんは自分を見つめ直すことができた。
走ったり戦闘したりフラフープを回したり、それからダンジョンの湖エリアで泳いでいたりもするそうだ。『トード水着は露出が少なくて済むのが良いね』とも言っていた。
……まぁ僕としてはそのセリフにいろいろ思うところはあるけれど、着用している本人が良いと言っているのだから、僕は何も言えない。
さておき、そんな感じでミコトさんは一生懸命運動して痩せる方針らしい。ダイエットの方法はもっぱら運動で、食事制限はしないとのことだ。……んー、大丈夫なのかね。今からちょっと心配。
◇
「想像以上に難しいんですが……」
試しに僕もハンドスピナーのトリックにチャレンジしてみたのだが……普通に難しい。
というか、指一本で支えるだけでもなんかちょっと難しい。ジャイロだ。ジャイロ効果が邪魔してくる。妙にゆらゆら揺れて落ちそうになる。
そんな状態で指から指へパスしようというのだから、そりゃあ難しい。着地に失敗して、ハンドスピナーがすっ飛んでいく。
だがしかし、ここで諦めるわけにはいかない。
これでも僕は『器用さ』極振り仕様なんだ。これができなくてどうする。ここでできなければ、いったい今までなんのために極振りしてきたのか。
「うむ。頑張るのじゃ」
「ありがとうございます。それにしても、案外楽しめるものですね。こんな物を作ったところで、どうせすぐに飽きるだろうと思っていたのですが、ユグドラシルさんのおかげで楽しめています」
「そうか。ならばよいのじゃが……何故そんな物を作ったのかという疑問もちょっと湧くのう」
まぁすぐ飽きるに決まっているものを作ろうとは、あんまり思わんよね。
「実はですね、世界旅行中に似たような物を作ったんですよ」
「ふむ。似たような物?」
「あー、じゃあちょっと待っていてください、実物を持ってきます」
少しユグドラシルさんに待ってもらい、旅行で使ったマジックバッグを持って戻ってきた。そしてバッグをテーブルに置き、開け口を広げて手を突っ込む。
そこから取り出したるは――
「木工シリーズ第九十二弾『チートルーレット』であります」
「ふむ?」
「ちなみにこちら、見ての通り結構な大きさでして、そのとき使っていたマジックバッグには入らず、わざわざラフトの町で開け口の大きなマジックバッグを探して購入したという逸話もございます」
「そうなのか……」
正直そこまでして持って帰る必要性も感じず、普通に廃棄してしまおうかとも思った。
とはいえ、なにせ『チートルーレット』の名前を付けちゃったもので、だったらまぁ、一応はちゃんと持って帰らないといけないかなって……。
そんなこんなで村まで運んできたアレク製チートルーレット。バッグから取り出した台座部分とボード部分を組み立てて、部屋に設置した。
「それで、チートルーレットと言ったか? それは確か、お主が天界でやっているものじゃろう?」
「そうですそうです。そのチートルーレットを真似て作ったのがこちらです」
まぁ本物のチートっぷりに比べると、比べることすらおこがましい代物ではあるんだけどさ。
「ふーむ。これがルーレットか。そういえば前に、作ってみるとお主も言っておったな」
「おや? そうでしたっけ?」
「うむ。天界のルーレットについてお主に聞いていたときじゃ。お主から『ルーレットはこの世界にあるのか?』と聞かれ、『ないなら今度作ってみる』などと言っておった」
「あー、確かにそんなことを言ったような?」
だいぶ前の話だな。ユグドラシルさんにチートルーレットの説明をしていて、そんな流れになった気がする。
じゃあ良かったかもね。僕が天界でどんなことをしているのか、こうしてユグドラシルさんにわかりやすく説明できる。
「というわけで、なんやかんやありまして、今回そのルーレットを…………あれ?」
「うん?」
「これはルーレットなんですか?」
「……うん?」
「ルーレットって……なんですかね?」
「どうしたアレク、何を言っておるのじゃ? やはり疲れておるのか……?」
ユグドラシルさんが困惑している。困惑しながら、僕を気遣ってくれる。
確かに言動自体はだいぶ
でもなんというか……ふと疑問が浮かんだんだ。
そもそもルーレットって、これじゃなくない? あれでしょ? カジノとかでやるやつでしょ? ディーラーが球を投げて、円盤の上を転がって、それで抽選するやつ。それがルーレットでしょうよ。
じゃあこれは何? このアレク製チートルーレットは……これはルーレットなの? これもルーレットでいいの?
「うーむ、つまりルーレットとは……? もしかして、ゲーム名だったり……」
「ベッドで休むかアレク?」
「え? ……あ、違うんですよユグドラシルさん。そういうわけじゃないんですよ」
「しかし……」
「つまりですね。僕が何を言いたいかというと――おそらくルーレットとは、そのゲームそのものを示すものなんじゃないでしょうか? 元々は別にルーレットがあったわけですが、きっとあのルーレットも正確な名前はルーレットではなく、そしてこのルーレットも当然ルーレットではない。しかし元のルーレットから派生して、なんとなくルーレットもルーレットもルーレットではないのにルーレットと呼ばれるようになったんじゃないかって、僕はそう予想するのですが――」
「もういい。休めアレク」
「あれ?」
え、なんで?
あ、待ってユグドラシルさん。大丈夫です。僕は元気なので、ベッドに押し込もうとしないでください。
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