第479話 木工シリーズ第九十四弾『ハンドスピナー』
「むーん。むーん」
世界旅行から
今日も今日とて、僕は自室のベッドでゴロゴロしていた。
「やっぱさー、旅の疲れとかあるのかしらね。ようやく実家に帰ってきてホッとして、それで溜まっていた疲れがドッと出ちゃうとか、そういうことがあるのかしら?」
誰に向けての言い訳なのかはわからないが、そんな独り言をつぶやきながら、僕はベッドでゴロンゴロンしていた。
それでも凱旋してすぐは頑張っていたんだけどねぇ。一応みんなに帰郷の挨拶だけはしたのだ。帰ってきたことを伝え、お土産を配って回った。
そういった挨拶回りも一段落して、今は一人で
「おーい、アレクよー」
「はーい。開いていますよー」
このまま昼寝でもしようかと思い始めていたところで、部屋を訪ねる誰かの声が聞こえた。
というか、この声は――
「うむ。久しぶりじゃな」
「おお、やはりユグドラシルさんでしたか。お久しぶりです」
ユグドラシルさんだ。我らエルフの神、世界樹ユグドラシルさんが遊びに来てくれた。
「連絡を聞いてくれたんですね?」
「連絡? あー、連絡か。連絡のう……」
「おや?」
何やら微妙な反応を見せるユグドラシルさん。
なんだろう? 僕からの連絡を受けて、それで遊びに来てくれたんじゃないの?
……というか、まさかここで引っ掛かるとは思わなかった。
なんてことはない会話の取っ掛かりのつもりだったのに、まさか取っ掛かりで引っ掛かるとは……。
「えっと……村に戻ってきて、ひとまずユグドラシルさんにも知らせておこうと、いつものように村の教会で通話の魔道具を借りたのですが」
「うむ、そうじゃな。そうらしいのう」
「それで教会の本部に通話を繋げて、伝言を――」
「そこじゃ」
「はい?」
「アレクは伝言を――頼んではおらんらしい」
「頼んでおらん……?」
え、どういうこと? 教会に行ったのも確かで、通話の魔道具を借りたのも確かで、伝言を頼もうとしたのも確かで――でも頼んでおらんらしい。
じゃあ何? 僕は何をしていたの……?
「通話を受けた者が言うには、人界の旅から戻ったアレクという少年から通話があり、軽く世間話をして――それだけで通話が終わったらしい」
「それだけ……? え、ユグドラシルさんへの伝言は……」
「頼まれなかったそうじゃ」
「なんと……」
何をしているんだアレク少年……。
うっかりだな。うっかり忘れちゃったか……。
うーむ。通話に出てくれたのは、いつもの『もしもしの人』だったんだけど、そこで軽く話し込んで、それだけで満足しちゃって、伝言を忘れたまま通話を終えて帰ってしまったらしい。
まぁ教会ではたまにやっちゃうムーブなんだよね。教会でローデットさんとお喋りして、お金は払ったのに鑑定は忘れて帰るとか、たまによくやる。
「で、その通話を受けた者も、ただの世間話の通話かと一瞬思ったらしいのじゃが――アレクの帰還は、毎回わしに伝えていたことを思い出し、一応報告して、それでわしまで連絡が回ってきたというわけじゃ」
「あー、そうなんですね」
そうかそうか。気を利かせて、一応ユグドラシルさんへ知らせてくれたのか。ありがとう教会本部の人。
それはそうと――ちょっといいことを聞いたぞ?
教会本部の人は、僕の通話を『ただの世間話の通話』かと思ったらしい。
ただの世間話の通話……。いいのかな? そんなのも許される? 案外そんなんで掛けちゃってもいい感じなのかな?
「というわけで、いろいろあったがこうしてお主の家を訪ねてきたわけじゃ」
「いやはや、申し訳ありません。お手数おかけしました」
「構わん。兎にも角にも、こうしてお主も無事に帰ってきて再会できた。何よりじゃ」
「ああはい、ありがとうございますユグドラシルさん」
うんうん。ありがたいし嬉しいね。みんな僕のことを待っていてくれて、僕の帰りを喜んでくれる。
僕には帰れるところがあるんだ。こんな嬉しいことは――
「ところで――何をしておるのじゃお主は」
「はい?」
「そろそろ起きよ。わしじゃぞ?」
「あ、すみません」
実は今の今まで、ベッドでゴロゴロしながらユグドラシルさんと会話していた僕だったりする。
これはいかん。世界樹ユグドラシルさんを前にして、あまりに不敬。
「まぁ、体調が優れぬといった理由があるのならば、そのままでよいが」
ユグドラシルさん優しい。
さすがは慈愛の女神ユグドラシルさん。
「いえ、別に体調が悪いわけではないんですけどね。ただ、なんとなく疲れが溜まっているような気がして……」
「そうか……まぁそうじゃな。今回の旅が六ヶ月、いつもの旅に比べ、結構な長旅じゃ。疲労が蓄積していてもおかしくはないかもしれん」
「そうなんですかねぇ」
ユグドラシルさんにそう言われると、なんかそんな気がしてくる。
やっぱなー、やっぱユグドラシルさんはちゃんとわかってくれる。
そうなのよ、長旅なのよ。六ヶ月にも及ぶ過酷な長旅。そりゃあ疲労も溜まるはずだ。
当然ながら、旅の間は今みたいに休んでいる暇もなかったわけで――
「……あれ?」
「む?」
……結構休んでいたような気もする。
むしろ、旅の最中からこんな感じだったんじゃないか? 移動中はともかく、カークおじさん宅やラフトの町の宿に泊まっているときとかは、終始こんな感じでダラダラしていたような……。
もしかして……逆か? 旅の間にダラダラしすぎて、それでサボり癖がついてしまったのか?
「……起きますね」
「どうした? 無理をするな、休んでいて構わんぞ?」
ユグドラシルさん優しい。
その優しさに、ついつい甘えてしまいたくなる。
だがしかし、どうやら僕はあんまり疲れていなかったことが発覚してしまったわけで、そうなると寝てばかりもいられない。
なんだったら、帰郷してしばらくはだいぶ元気だったしね。みんなへの挨拶回りをしていたときは、元気に楽しく精力的に活動していた。
……あるいは、それが終わって手持ち
「ご心配いただき、ありがとうございます。ですが案外大丈夫そうです。むしろ僕は元気なのかもしれません」
「どういう変わりようじゃ……。まぁ、元気ならばそれでよい」
「ありがとうございます。ではでは、ユグドラシルさんも椅子へどうぞ」
「うむ」
そうしてユグドラシルさんにも椅子へ座るよう勧め、二人でテーブルに着いた。
すると――
「む? これはなんじゃ?」
「ああ、それですか」
テーブルに置かれていた道具について、ユグドラシルさんが僕に尋ねてきた。
中心部分から三枚の丸っこい羽が放射状に生えている、手のひらサイズの木工作品。
「それはですね――木工シリーズ第九十四弾『ハンドスピナー』です」
「ふむ。ハンドスピナーか」
「ハンドスピナーです」
といっても、当然名前だけでは理解できるはずもなく、説明が必要だ。
……しかし、いったいどう説明したものか。
普通に説明したところで、『え、つまり……なんなのじゃ?』と言われかねない代物なのだが……。
「んー、
「うむ。頼む」
「こうして中央の軸を、親指と人差し指で挟んでから、周りの羽を――回転させます」
「おお、回るのか」
「回るんです」
「結構な勢いじゃな。止まる気配を見せん。それで、それからどうするのじゃ?」
「以上です」
「え?」
まぁこれだけなんだよね。指でつまんで羽を回す。それだけの玩具である。
「ですがユグドラシルさん、これを見てどう思いますか?」
「どう? どうと言われても……」
「ちょっと自分でも回したくなってきませんか?」
「む……。それはまぁ、確かに……」
「ふふふ、ではどうぞ」
「うむ……」
そうなのよ。なんか一回試しに自分でもやりたくなるのよね。
それで前世では、僕も一個買ってしまった記憶がある。
というわけで僕は回していたハンドスピナーの回転を止め、ユグドラシルさんに手渡した。
ユグドラシルさんは受け取ったハンドスピナーを指でつまみ、逆の手で羽を弾いて回転させた。
「ふむ」
「どうでしょう? 楽しんでいただけてますか?」
「む……。それは……まだちょっとわからんかもしれん」
「なるほど」
ユグドラシルさん優しい。
おそらくだが――たぶん別に楽しくはない。楽しさは感じられないが、作った僕を気遣って、そう言ってくれているのだろう。
そうなのよ。買ったはいいものの、実際やってみると特に楽しいわけでもなく、特別興奮するものでもなく、普通に五分で飽きる代物なのよ……。
「うーむ……。つまりお主は、これを回すか、ベッドで横になるかの日々を送っていたわけか?」
「え? あー、まぁそうですかね」
「やはり疲れておるのではないか……?」
「そんなこともないんですけど……」
まぁ確かにそんな心配をされても仕方のない日々な気もするけれど……。
ちなみに、それの同時進行で、ベッドで横になりながら回したりしていると、うっかり顔面に落とすことがあり、結構危険だったりもする。
next chapter:これはルーレットですか?
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