第476話 勇者セルジャンと勇者スカーレットさん


 ――兼業けんぎょう

 父は兼業畜産農家であった。つまりは、狩人兼畜産農家。


 ついでに言えば、村長も兼任である。つまりは、村長兼狩人兼畜産農家。

 もっと言えば勇者であり、剣聖でもあるわけで、つまりは――勇者兼剣聖兼村長兼狩人兼畜産農家。


 そんなことを考えながら、『他になんかあったっけか? 他にもっと役職は……』と探しているうちに――ふと、思い出したことがある。


 そうだそうだ、勇者だ。

 ちょっと話は変わるが、勇者といえば――


「ねぇ父」


「ん?」


「今回の旅で、人界の勇者様に会ったよ。勇者様が旅に同行してくれたんだ。――ひょっとして、もう父も知っているかな?」


 スカーレットさん同行の件はジスレアさんが母に伝えていたので、そこから父へ伝わったかもしれない。


「うん。ミリアムから聞いたよ。ジスレアさんが頼んだんだって?」


「そうそう。それこそがジスレアさんの秘策で、旅の同行者として勇者スカーレットさんを……というか、『スカーレットさん』で通じるよね?」


 スカーレットさんが、いつからスカーレットさんを名乗り始めたのかわからんのだけど、父と出会った頃にはもうスカーレットさんだったのだろうか?

 実は改名がつい最近のことだったりしたら、父は『スカーレットさん』と聞いてもわからない可能性があったりして?


「えっと、どういうこと?」


「ほら、スカーレットさんの名前って、本名じゃないらしいから」


「……え?」


「え?」


「本名じゃないの……?」


「違うらしいけど……」


 ……まさか、知らなかった?


「個性を出すために髪を赤く染めて、赤いグローブをはめて、『スカーレット』と名乗っているらしいんだけど……」


 そんな感じで、キャラ作りとしていろいろやっているらしい。

 そう聞いた僕は、父も髪を緑に染めて、緑のタイツを履いて、『エメラルドグリーン』と名乗ったらどうかと思ったりもしたわけだが――


 さておき、とりあえず父はそれどころじゃなさそうだ。どうやらスカーレットさんの髪もグローブも名前のことも知らなかったようで、目を白黒させている。


「そうなんだ。全然知らなかったな……。なんだろう。地味にショック……」


「父……」


 合同でパーティを組んだこともあると聞いたし、そこそこ付き合いも長いらしいし……そんな仲間から本名を知らされず、本名ではないことすら知らされなかったとしたら、それはちょっとショックよね……。


「そうか、偽名だったんだ……」


「偽名というか、勇者ネームらしいけど」


「……何それ?」


「ちょっとわかんない」


「何それ……」


 よくわかんないけど、きっと勇者として活動するために必要なネームだったんだろう。たぶん。


「……でもまぁ、僕が悪いのかもね」


「うん? 父が?」


「正直僕は、みんなとあんまり馴染めなかった気がするし……。というより、馴染もうとする努力が足りなかったのかな? だから知らないのは、むしろ僕のせいかなって……」


 あー、確かにそんな話も聞いたな。合同パーティでの活動中、周りが女性ばかりで父は少し居心地が悪そうだったと聞いた記憶がある。


「ちょっとした休憩の間なんかにも、僕はみんなの輪に混ざることもできなくて……」


「そっか……」


「それで一人、なんとなく剣の整備を始めてみたり……」


「…………」


 学校の休み時間に寝たフリをする人みたいだな……。

 なんだかとても切なくなる……。


「あ、でもスカーレットさんは父に会いたがっていたよ?」


「そうなの? そっか、スカーレットさんがそう思ってくれていたのなら、ちょっと救われるかな」


 スカーレットさんも、『久々にミリアムやリザベルト、もしくはセルジャンに会いたい』と言っていた。

 微妙に父の優先度が低そうではあったが、ちゃんと会いたがっていたのだ。


「だからせっかくだし、スカーレットさんには父の仮面――セルジャン面を見せてあげたんだ」


「…………あれを?」


「うん。あれを」


「僕の顔をそのまま剥ぎ取ったかのような、あの仮面を?」


「そこまでおどろおどろしい仮面のつもりはないのだけど……」


 でもまぁ、表現としてはわかりやすいか。


「あんなの見せられても、スカーレットさんだって困っただろうに……」


「大喜びだったよ?」


「そうなんだ……」


 大層な喜びようだった。喜びすぎて効きすぎて、『もう二度と見せないでほしい』と懇願こんがんされたほどだ。

 ……まぁ振り返ってみると、父の言う通り、スカーレットさんも困っていたことは困っていたかもしれない。


「しかしこう聞くと、やっぱりハーレムパーティではなかったんだねぇ」


「え? ハーレム?」


「自分の周りに見目麗しい女性ばかりを集めてはべらせて好き勝手振る舞っていたとか、そんな感じのことはなかったんだね」


「そんなことしないよ……」


「だよね。もちろん僕も父を信じていたんだけど、人界ではそんな噂が広まっていたらしいから」


「はぁ!?」


 カークおじさんがそんなことを言っていた。森の勇者には、そんな残念な噂もあると聞かされてしまったのだ。


「待ってアレク、何それ? 本当なの? 僕のそんな噂が……?」


「安心して父」


「……え? 何を? 何をどう安心したらいいの?」


「父は母一筋だって、僕はちゃんと伝えたから」


「あ、そうなんだ? それは、うん、もちろんそうだよ。もちろん僕は――」


「母の尻に敷かれていると伝えたから」


「…………」


 カークおじさんにもしっかりそう伝えておいた。だから安心してほしい父よ。


「……ちょっとわからないな。どうしたらいいのかわからない。どうしようもない女好きって噂と、奥さんの尻に敷かれているって噂。どっちがいいのか、僕にはわからない」


 確かにちょっと理不尽な二択かもしれない。どっちもあんまり広めてほしい噂ではないかもしれない。


「どっちかって言ったら、尻に敷かれている方がいいのかな……?」


「まぁ、どうしようもない女好きよりはいいんじゃない?」


「……というか、普通に真面目な男性だと広めてくれたら嬉しいんだけど?」


 それはまぁ、確かに。





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