第474話 総集編10 ――レリーナノート


 凱旋がいせん直後、なんやかんやでレリーナちゃんのお宅へ寄ることとなった。

 そして今僕の目の前には、紙とペンを用意して準備万端のレリーナちゃんと、その隣にディアナちゃん。


 何やら取り調べを受けているような錯覚におちいる。

 ……というか、実際に取り調べなのでは?


「じゃあお兄ちゃん、聞かせてくれるかな?」


「うん、人だよね。僕が出会った人というと……」


 さて、いったい誰から紹介したものか。

 ちょっと人選に気を付けた方がよさそうよね。なるべく当たり障りのない人を挙げたい。レリーナちゃんの反感を買ったり、不興ふきょうを買ったりしない人物を紹介したいところだが……。


 そう考えて、僕が挙げた一人目の名前は――


「カークおじさん――」


「その人は別にいい」


「…………」


 カークおじさんは別にいいらしい。

 ずいぶんとバッサリ切り捨てられたな……。


 まぁ確かにカークおじさんは今回の旅で初めて会ったわけでもないし、レリーナちゃんにも以前話した人物な気もする。

 でもさ、今回もだいぶお世話になったのよ? 二ヶ月半もの間、文句ひとつ言わずに僕達を居候いそうろうさせてくれて、おそらく旅先で会った人の中では、一番お世話になったであろう人なのに……。


「もしもお兄ちゃんが、そのおじさんに特別な感情を抱いているとかだったら、話は変わってくるけど」


「すごく感謝はしているけど、そういった感情はないかな……」


「そう? じゃあその人はいいから、別の人を教えて?」


 いきなり結構な疑いを掛けられてしまった。さすがにカークおじさんをそういう目で見たことはないよ……。


 さて、それじゃあ別の人を紹介しようかねぇ……。

 やっぱりまず紹介すべき人は――スカーレットさん?


 スカーレットさんだろうなぁ。スカーレットさんなわけだが……できるだけレリーナちゃんを刺激しないよう、そこは注意して紹介しよう。


「実は今回、ある人が僕の旅に協力してくれたんだ。それがなんと――人界の勇者様」


「え、何それ? 人界の勇者?」


「そうなんだよディアナちゃん。その人に手伝ってもらうことが、ジスレアさんの秘策らしくて――」


「――待ってお兄ちゃん、その人の名前は? 性別は? 年齢は?」


「…………」


 レリーナちゃんの詰め方がえぐい。

 いきなり核心に迫ってきよる。


「えぇと、スカーレットさんって言う女性なんだけど……」


「そうなんだ」


 僕の言葉を聞いてから、レリーナちゃんは紙に『スカーレット』と書き込んだ。

 怖いなぁ……。もしかして書かれた人がデスるノートとかじゃないよね……?


 でもまぁ、あのノートは顔がわからないと効果を発揮しないんだっけか?

 そんなことを考えながらレリーナちゃんを見ていると、レリーナちゃんはスカーレットさんの名前の隣に、シャッシャッとバツ印を書き込んだ。


「なんかダメなん?」


「ダメだと思う。たぶん危険」


「ふーん?」


 そんな会話を交わすレリーナちゃんとディアナちゃん。

 どうやらレリーナちゃん判断では、スカーレットさんはアウト判定らしい。


 アウトかぁ。年齢を聞かれたとき、『高齢のおばあちゃん』とでも伝えておけばセーフだっただろうか……?

 だがしかし、それを言うと僕がスカーレットさんにぶん殴られてしまう危険性が……。


「じゃあお兄ちゃん、次」


「次か……。次に会った人は、ラフトの町の門番さんとか――あ、でもその人は前回の旅でも会った人か」


「うん。ケイトとかいう女だね?」


「…………」


 口調が刺々とげとげしいなレリーナちゃん……。


「ん、なんかこの紙に書いてある。こっちにもバッテン付いてる」


「そうなんだ……」


 レリーナちゃんのメモを眺めていたディアナちゃんから報告があった。

 どうやらケイトさんのことは、すでにメモってあったらしい。


「『ラフトの町、門番』『ケイト』『メス犬』って書いてある」


「…………」


 どれだけ敵意むき出しなのか……。


「てーか、この村の人達の名前も書いてあるねこれ」


「あー、そうなんだ……」


「結婚してない人は、大体バッテン付いてる」


「…………」


 それは……どうなの? ヤキモチ焼きのレリーナちゃんに問題があるのか、僕の方に問題があるのか、少々議論が分かれるところだ。


「それよりお兄ちゃん、次」


「あ、うん、次か……」


 ふうむ。ここらでちょっと試してみようか。

 ちょいとレリーナちゃんを試させてもらおう――


「それでラフトの町に入って、宿を借りたんだ。一件良い宿屋さんがあってね。設備も整っていたし、綺麗に清掃されていたし――何よりそこで働く女性がとても感じの良い人で、料理も上手で、とても良い宿だったね」


「そうなんだ?」


「ラフトの町の人は、みんな親切だった印象があるかな? 宿の人もそうだし、ギルドの受付員さんもみんな真面目で丁寧で――特に素材を納品する部署の人とか、すごい良くしてもらった記憶があるよ」


「へー」


 てな話をしてみた。何やら思わせぶりな話をしてみた。

 実際には宿屋の女性はオーナー夫妻の奥さんだったり、ギルドの人はヒゲの受付さんだったりするわけだが――


 はてさて、これでどうなるのか。レリーナちゃんはどういった判定を下すのか。


「ねぇレリーナ、今のは? 宿屋とかギルドの人はいいの?」


「たぶん大丈夫」


「あれ? そうなん?」


「これといって怪しい関係ではなさそう」


 おぉう。バレてる。試しにフェイクの情報を混ぜたつもりが、全部見破られていた。

 やるなぁレリーナちゃん。何気にチェックが早くて正確。


 ……というか、よくよく考えると見破られてよかったな。

 うっかり自分の首を絞めるところだった。何故僕はこんな無茶な実験をしてしまったのか……。


「ところでお兄ちゃん。ギルドのことなんだけど」


「あ、うん。僕は冒険者として数々の冒険をしてきたからね。例えばテンペストボアや邪竜の群れなんかを――」


「ギルドってことは、他にも冒険者が大勢いるんだよね?」


「へ? あー、そうね。それはまぁ……」


「仲良くなった人とかいた?」


「えっと、どうかな……。いたと言えば、いたような……」


「いたんだ?」


「一人お世話になった人が……」


「名前は?」


「クリスティーナさん……」


「そう」


 ポツリとつぶやいてから、レリーナちゃんは紙にクリスティーナさんの名前を記し、シャッシャッとバツ印を書き込んだ。

 ……なんだか矢継ぎ早に詰められて、あっさり全部自白してしまった。


「他はどう? 他にはどこか行かなかった?」


「他って言われても……」


「例えば材木屋とか教会とか診療所とか。村に居た頃から、お兄ちゃんはその辺りの施設が好きだったよね?」


「えぇと、まぁそうなのかな……? とりあえず診療所は行かなかったけど」


「ああ、勘違い女がいるから」


「うん。……その呼び方はどうかと思うけどね?」


 相変わらずジスレアさんに対するあたりが強い……。


「教会はどう? 教会にも行った?」


「あー、何度か行ったかな。会うのは神父のおじさんや、お婆さんばかりだったけど」


「そうなんだ」


 レリーナちゃんはそうつぶやいてから、『教会』と紙に書き、隣にバツ印をつけた。

 ……何故だ!


「なんでバツなん? アレクはお婆さんにまで手を出そうとしてんの?」


「若い女がいたはず。そうでしょお兄ちゃん」


「…………」


 ……鋭すぎない? さっきの会話でそこまでわかっちゃうの? あまりにも敏感すぎて敏腕すぎるでしょうよ……。

 というか、何気にディアナちゃんの疑いもひどい。


「それでお兄ちゃん、どうなの? 教会に若い女がいた?」


「……エルザちゃんかな」


「エルザね」


 カリカリと紙に名前を書き込んでいくレリーナちゃん。


 むぅ。結局全部喋ってしまった……。今回の旅で出会った人達のことを全部喋らされてしまった。レリーナちゃんの厳しい追及の前に、僕は為す術もなかった。

 しかし、そのメモはなんなんだろう。どういう用途で使うつもりなのだろう……。


「他は?」


「もういないよ。レリーナちゃんが気になるような人は、もういないはず」


「本当に? 武器屋とか防具屋とか、雑貨屋とか布屋とかにも行かなかった?」


「それは行ったけど、別に報告するような人は――」


「布屋? 布屋の反応が怪しかった」


「……え?」


 ……そうなの?

 えっと、それは普通にわかんない。僕に自覚もなかった。布屋? 布屋だと……?


「布屋について、話を聞かせて?」


「それは別にいいけど……。夫婦で布屋さんを営んでいるお店だよ。ラフトの町ペナントをいっぱい作ってもらったんだ。――あ、よければ二人にもプレゼントするね」


「そうなの? ありがとうお兄ちゃん」


「アタシは別にいらないかな」


 なんとも両極端なレリーナちゃんとディアナちゃんの反応。

 そういえばディアナちゃんは、ペナントにあんまり興味ないんだっけか……。


「ペナントはいっぱい作ったから、それで布屋さんにも何度か足を運んだけど、これといって特には……」


「布屋にいるのは、その夫婦だけ? 働いている従業員とか、夫婦に娘がいたりしない?」


「まだ若い娘さんがいるけど――」


「その娘かな?」


「はぁ!?」


 ちょ、え、待ってレリーナちゃん! その娘さんなの!? その娘さんが怪しいと睨んでいるの!?

 でもその娘さんは――十歳の女の子だよ!?


 若い娘さんというより、幼い娘さんだ……。その娘さんがアウト判定……?

 そんなのもう――僕がアウトだ! 人としてこれ以上ないほどのアウト!!


「でもわかんないなー。違うかもしれない。セーフな気もする」


「セーフだよ! それは絶対にセーフだとも! セーフだと言っておくれよレリーナちゃん……」


「んー。とりあえず三角にしておくね? もしかしたら将来的にはバツになるかもしれない」


「むむ……?」


 将来的に……?

 それはまぁ、将来的にはわからんけども……。





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