第473話 アレクシス誘拐事件


 六ヶ月の世界旅行を終えた僕は、メイユ村に凱旋がいせんした。

 それから村の中を進み、レリーナちゃんに挨拶をしようか迷っていたところ――


 ――事件が起こった。

 アレクシス誘拐事件である!


 隣を歩いていたヘズラト君が驚いた様子を見せ、何事かと思った次の瞬間――目の前にレリーナちゃんがいたのだ。


 突然現れて、僕に抱きついてきたレリーナちゃん。

 それだけならば、ちょっと過剰な愛情表現と言えなくもないが……。


 ……あれはもう抱きつくっていうか、普通にタックルだったな。

 レリーナちゃんは僕にタックルをくらわせて、そのまま僕を担ぎ上げた。レリーナちゃん、やたらとパワフル。


 そして僕は、そのままどこかへ連れていかれそうになったわけだが――


「何してんのレリーナ……」


「んー、んー」


 ディアナちゃんである。

 犯行現場を目撃したディアナちゃんが、僕を助けてくれた。


 なんでも二人はレリーナちゃんのお家で遊んでいて、これから一緒に出かける予定だったそうだ。

 そこへ僕が通りかかり、レリーナちゃんは我を忘れて僕に突貫。暴走したレリーナちゃんをディアナちゃんが止める。――そういう流れになったらしい。


 だからまぁ、正確には未遂みすいだね。誘拐未遂事件。

 いやはや、未遂とはいえ、なかなかに刺激的な再会となってしまった。


「んー、んー」


「大丈夫、レリーナちゃん?」


「大丈夫じゃないでしょ。無言で走り出して、いきなりアレクを担ぎ上げてどっか行こうとしているんだから、どう考えても危なすぎでしょ」


「んー、んー」


 なんかレリーナちゃんが『んー』しか言わなくなってしまったので、『大丈夫?』と声を掛けたのだが、『レリーナは大丈夫ではない』とのディアナちゃんからの返答。

 なんとも言えない。否定もしづらい。


 まぁディアナちゃんの言うこともわかる。こうしてディアナちゃんが見ている前だというのに、いきなり何をやっているんだレリーナちゃん。

 というか、いったい僕をどこへ連れていこうとしたのか。なんか村の外へ向かう様子を見せたことに、そこはかとない恐怖を覚える。


「てーか、帰ってたんだ?」


「あ、うん。ちょうど今さっき」


「ふーん? 今回ずいぶん長くなかった? こんなに長いなら、手紙くらい出せばいいのに」


「……そうだね。ごめんね」


 実は出したんだけどね……。

 そのうちディアナちゃんにも届くはずだよ……。


「まぁいいや。おかえりアレク」


「うん。ただいまディアナちゃん」


 そうして僕とディアナちゃんが挨拶をしていると――


「んー、んー」


「あ、うん。レリーナちゃんも、ただいま」


「んー」


 レリーナちゃんも挨拶したかったのだろう。僕に抱きついて頭をぐりぐりと押し付けてきた。

 何やらこうしていると、庇護ひごよくをかき立てられる可愛らしい幼馴染ムーブのようにも思えるが……。


 でもつい先程は、むしろ僕の方が襲いかかるレリーナちゃんから庇護される立場であったわけで……。

 なんだったら今の抱きつきも、また誘拐未遂かと勘違いしてしまったほどである……。



 ◇



「改めて、おかえりなさいお兄ちゃん」


「うん。ただいまレリーナちゃん」


 ようやくレリーナちゃんがまともな言葉を話せるまでに回復したので、僕達は場所を移動し、レリーナちゃんのお家までやってきた。


「六ヶ月ぶりだねお兄ちゃん」


「あー、そうだねぇ。なんだかんだでそれくらい掛かっちゃったみたいだねぇ」


「正確には、六ヶ月と八日ぶりだね」


「そうなんだ? よく覚えているなぁレリーナちゃん」


「えへへ」


「…………」


 はにかんで笑みをこぼすレリーナちゃんと、微妙に引いているディアナちゃん。


 うん。まぁ僕は引かない。引かないとも。

 もしかしたらレリーナちゃんは、僕との再会を指折り数えて待っていたのかもしれない。そう考えると、僕まで引くことはできない。


「それより、お話を聞かせてよお兄ちゃん」


「話? 話って言うと――」


「旅でのお話。どんな旅だったか、私にも聞かせてよ」


「あー、アタシも聞きたい。六ヶ月も何してたの?」


 ふむ。ここ六ヶ月の出来事か。

 とりあえず普通に旅をしてきたわけで、移動したり、野営したり、村や町を訪れていたりと、そんな感じの世界旅行ではあった。


 とはいえだ。とはいえ実際のところ、六ヶ月のうち二ヶ月半は――カークおじさんのお家にお邪魔していた。

 行きが二ヶ月で、帰りが二週間。合計で二ヶ月半はカークおじさん宅でだらだらと過ごしていた。計算してみてびっくりしたわ。どんだけだ。


 まぁスカーレットさん待ちの期間があったので、仕方ない面もあるのだけど……さておき、これをそのまま二人に伝えるのはよろしくないだろう。

『一番近くの村に、二ヶ月半滞在しました』は、あんまり伝えない方がいい。そんなものは世界旅行ではないと言われてしまう。


「えーと、そうだな、旅の話となると……まぁ冒険者ギルドかな。僕は冒険者として数々の冒険をしてきたんだ。例えば、町の近くに現れたテンペストボアなんかを――」


「あ、待ってお兄ちゃん。その前に、旅で出会った人達のことを聞きたいな」


「人の話? あ、うん。それはいいけど――」


「ありがとうお兄ちゃん。じゃあちょっと待っていてね?」


「うん?」


 僕が答えると、レリーナちゃんはそそくさと準備を始めた。


「どうぞ、お兄ちゃん」


「……うん」


 ……その紙とペンは何?

 何やらテーブルに紙とペンを用意し、準備万端のレリーナちゃんだが、いったいこれから何を始めようというのか……。

 出会った人の話を聞きたいとのことだが、果たして……。





 next chapter:総集編10 ――レリーナノート

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