第472話 凱旋


 結局、カークおじさん宅には二週間ほど滞在させてもらった。

 相変わらず妙に落ち着くお宅で、実家のような安心感を存分に味わった。旅の疲れも癒えるというものだ。


 まぁ、もうすぐ本当の実家に帰るのだから、その安心感はそこで味わえという話ではあるのだが……。

 とはいえせっかくなので、きっちり二週間滞在して無駄にリフレッシュしてから、カークおじさんに感謝しつつ僕達はカーク村を出発した。


 そして、それからさらに二週間ほど掛けて――僕達は故郷の村まで戻ってきた。


「おぉ、見えてきましたね」


「見えてきた」


「キー」


 ようやく到着。我らが故郷、メイユ村。

 なんだかんだで今回の旅が――六ヶ月かな? たぶん六ヶ月間旅をしてきたはずだ。

 つまりメイユ村に戻るのも六ヶ月ぶり。六ヶ月ぶりに、故郷の地を踏むことができる。


「――ときにジスレアさん」


「うん?」


「こうして僕達は村まで帰ってきたわけですが――手紙はどうなりましたかね?」


 手紙――ジスレアさん達がテンペストボアと戦っている最中、メイユ村とルクミーヌ村の人達に向けて僕が書いた手紙。


 結局その後すぐ村へ帰ることが決まってしまい、どうしたものかと迷ったものの、とりあえずはラフトの町から配達してもらうよう依頼したのだが……果たしてあの手紙はどうなったのだろう。


「もう村へ着きましたかね?」


「まだだと思う」


「……むむ、そうですか」


 そうか、まだか……。結局手紙が届くよりも先に帰ってきてしまったか……。


「手紙を出してから一ヶ月以上経ちましたが、まだ着かないんですねぇ」


「仕方がない。進むルートも違うことだし」


「ふーむ」


 普通の人族は決まったルートでしかエルフの森へ入れないと聞くし、たぶん結構な遠回りをしているんだろう。

 ……おそらく僕の手紙は、僕よりも壮大な旅をしてからメイユ村までたどり着くのだと思われる。


 いやはや、果たしていつ届くのだろうか。……そしてその際、僕はどんな反応をしたらいいものか。


 もしかしたら届くまでに、もう二、三ヶ月掛かったりするのかね?

 三ヶ月後に『僕は今、冒険者として頑張っています!』などと記された手紙が、みんなの元へ届くのだろうか……。

 どうなのだそれは。村には三ヶ月前から実家でダラダラしている僕がいたりするのだぞ。


「ちなみにその手紙――私の分は?」


「え? ……いや、書いてないですけど」


「……そう」


 微妙に不満げなジスレアさん。

 そう言われましても、ジスレアさんとはずっと一緒にいましたし、あの手紙は故郷にいる人達へ送った手紙ですし……。


「えぇと……ではせっかくですし、ジスレアさんにも手紙を書きましょうか。家に帰ったら書いて、みんなへの手紙が到着したタイミングで、ジスレアさんにも渡しますね」


「ん、ありがとう。私だけ手紙が届かないというのも、少し寂しい気がした」


 ふむふむ。そのくらいはお安い御用だ。それでジスレアさんが喜んでくれるというのなら、いくらでも書くともさ。


 じゃあついでに、ナナさんへの手紙も書こうかね。ナナさんとは毎日Dメールでやり取りをしていたので、わざわざ手紙を出すこともないかと思っていたのだ。

 しかしナナさんもジスレアさんと同じように、ひょっとすると寂しい思いをするかもしれない。そうならないために、ナナさんにも手紙を書いておこうじゃないか。


 そうだな、とりあえずは――


『今は冒険者として頑張っています! パーティとかも結成しました! そして僕達のパーティが、テンペストボアをやっつけたのです!』


 ――とでも書いておこうか。

 うん。嘘は言っていない。一応は嘘ではない。


「ところでアレク、ちょっと気になったんだけど」


「はい? なんですか?」


「もうそろそろ――仮面を外してもいいと思う」


「え? あっ……」


 お、おぉぉ……。忘れていた。もうすぐ村だというのに、うっかり外すのを忘れていた……。

 人界にいるときは付けっぱなしだったもので、もはや仮面状態にすっかり馴染んでしまっていた。もはや仮面は顔の一部くらいの感覚でいた……。


 ……というかジスレアさんもジスレアさんで、もうちょっと早く言ってくれてもよくないですか?

 もうエルフの森に入って一週間近く経つのですよ? この一週間、ただただ無駄になんの意味もなく仮面着用で過ごしてしまったじゃないですか……。



 ◇



 ――メイユ村到着。

 かれこれ六ヶ月。六ヶ月ぶりに、僕達はメイユ村へと帰還した。


凱旋がいせん。凱旋というやつだよヘズラト君」


「キー」


 メイユ村に到着した僕は、ひとまずジスレアさんのお家まで一緒に進み、あらん限りの感謝を伝えてからジスレアさんと別れ、そして今はヘズラト君と村の中を歩いていた。


「キー」


「ふっふっふっ、ありがとうヘズラト君。でもさ、ヘズラト君の助けがあったからこそ旅を続けられたわけで――むしろヘズラト君こそが旅の功労者。ヘズラト君も凱旋だ」


「キー」


「いやいや、そんなそんな。ヘズラト君こそ」


「キー、キー」


 てな感じで、僕達は互いに互いを褒め合いながら、胸を張って堂々と村の中を歩く。

 なにせ凱旋。なにせ六ヶ月。世界旅行の記録もぶっちぎりで更新である。


 そしてこちらに気付いた村の人達も、僕達の帰りを喜んでくれている。

 村の中を歩いていても、みんなが話し掛けてくれる。


「……それにしても」


「キー?」


「まさかみんなが僕の世界旅行期間で賭けをしていたとは……」


「キー……」


 僕がいつ帰ってくるかで、賭けをしていた人達がいるらしい。

 話し掛けてきた人達の中に、冗談っぽくそのことを伝えてくる人がいたのだ。


「……まぁいいんだけどね。それくらい構わないさ。別にそんなことで怒ったりはしないとも」


「キー」


「だがしかし……何故損をした人達ばかりなのか」


「キー……」


 なんでみんな負けばっかなの? そんなに僕が早く帰ってくると思ったの?

 なんでも話によると、僕が旅立ち、賭けが開始されてからたった二日目で、早くも負けが確定した者が数多く出現したとか……。


 ……まぁ確かにたった二日で終わることも多かった世界旅行だし、妥当な予想なのかもしれないけれどさ。

 というか、そんなんばっかりだったからこそ、僕達は今回の六ヶ月で凱旋気分を味わっているのかね……。二日で終わったときなんかは、こそこそと隠れながら自宅へ逃げ帰ったしな……。


「……まぁいいや。とりあえず帰ろう」


「キー」


 帰ろう。帰って家族と再会しよう。

 そして、一応みんなが賭けをしていなかったかどうか聞いておこう。賭けていたのなら、何日で帰ってくると予想したのかも一応問い詰めておこう。


「さてヘズラト君、もうすぐ家に…………む? むむむ」


「キー?」


「むーん……」


 ちょいと思うことがあって、ふと立ち止まってしまった。

 そんな僕をヘズラト君が不思議そうに見ている。


 さてさて、このまま真っ直ぐ進めば僕の自宅だ。六ヶ月ぶりに家族との再会である。

 そして、ここを右に曲がって少し進めば――レリーナちゃんのお家がある。


 六ヶ月ぶり。六ヶ月ぶりのレリーナちゃんがそこに……。


「ねぇヘズラト君」


「キー?」


「レリーナちゃんに挨拶してこようか?」


「…………」


 おぉ……。あの聡明なヘズラト君が言い淀んでおる……。

 かのヘズラト君からしても、頭を悩ます難問であるか……。


 まぁ考え込んじゃう気持ちもちょっとわかるけどねぇ……。でも、ここは普通に挨拶しておいた方がいいような気もするんだ。

 確かに六ヶ月ぶりなわけで、レリーナちゃんの反応は予想できない。こんなにも長い期間帰ってこなかったことに、ちょっぴりお怒りなレリーナちゃんがいる可能性も否定できない。


 でもさ、だからこそこちらから出向くべきなんじゃないかな? まずこちらから出向き、誠意を示す。そういう行動こそが必要なのではないだろうか。

 村に到着してすぐ会いに来たとわかれば、レリーナちゃんも喜んでくれるはずだ。この上ない誠意となってくれることだろう。


 そうじゃないのかな? どう? どう思う? 違う? やっぱり話とか通じない? とりあえず先送りにして、自宅に戻った方がいい……?


 わかんないなー。やっぱり会いにいくのが正解な気もするんだけど。

 それに僕だって久しぶりに会いたいしさ。……レリーナちゃんが普通の状態なら、久々に会いたい。


「うん。そうだね。やっぱりここは――」


「キー!?」


「え?」


 改めてヘズラト君に考えを伝えようとした瞬間、突然ヘズラト君が驚いたような声を上げた。

 どうしたのかと疑問に思ったのもつかの間、僕は――


「え、あっ……。レリ――」


 あ……。

 あー…………。


 ……………………。





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