第453話 アルティメット・ヘズラトボンバーズ解散の危機


「もうヘズラト君だけだな! 私に優しくしてくれるのは、ヘズラト君だけだ!」


 おぉ……。スカーレットさんがねてしまわれた……。


「ちょっと間違えただけなのに、この仕打ち! 二人ともあまりにひどい! ひどいと思わないかヘズラト君!」


「キー……」


 スカーレットさんはヘズラト君に抱き付いて、おんおんなげいている。

 ジスレアさんはさておき、僕の方は笑わないよう耐えたつもりだったんだけどな……。


 そんな感じで『スカーレットさんタンポポ事件』により、当の本人は心に深い傷を負ってしまった。

 タンポポなぁ……。まぁタンポポも一応は薬草と言えないこともないよね。なんか漢方薬っぽい使い方もできたと思うし、たぶん体に良いものなんだろう。知らんけど。


 とはいえ、タンポポはタンポポだから……。

 この世界で薬草といえば、もっとファンタジーな代物だ。怪我とかも一瞬で治る。切り傷や擦り傷や打撲も治る。骨折ですら治る。

 だがしかし、たぶんタンポポで骨折は治らない。そう考えると、やっぱりタンポポはタンポポなんだろうなって……。


 まぁそれはそうと、スカーレットさんをなんとかせねば。


「その、すみませんでしたスカーレットさん」


「む?」


「スカーレットさんをおとしめるような意図はなかったのですが、ご不快な思いをさせてしまったこと、深くおびします」


「むーん……」


 もうここは謝ろう。せっかく探そうと頑張ってくれたスカーレットさんを傷付けてしまったのは事実。ここは誠心誠意をもって謝罪しよう。


「……うん。まぁ私も、ちょっとからかわれたくらいで大人気なかったかもしれない。私の方こそすまなかった」


「いえ、とんでもないです」


「それじゃあもう一度探そうか。次はしっかり薬草を探し出して、名誉を回復したい所存だ」


 おぉ、あっという間に立ち直った。しかもなんか前向きだ。

 この辺り、さすがは勇者スカーレットさんと言ったところか。


「しかしだねアレク君。肝心の薬草採取について、やはりまだ少し不安が残る」


「あー、そうですね。それはまぁ……」


「次間違えて、再び『それはタンポポです』と言われたら、私はもう立ち直れないぞ?」


 そこは二回も間違わないでほしいのですが……。

 というか二回連続でタンポポを提示してきたら、それはもうギャグだろう……。


「それはタンポポです……」


 隣のジスレアさんがポツリとつぶやいてから、顔を手で覆ってうつむいた。


 ……やっぱりツボなんだな。もうそのフレーズが面白くて仕方ないんだろう。

 またしてもジスレアさんがフヒューフヒュー言い出してしまったので、僕はそっと位置を移動し、ジスレアさんがスカーレットさんから見えないように隠した。


「えぇと……それにしても、いったいどうやって探しましょうか」


「というかだね、アレク君はわからないのか?」


「僕ですか? ええまぁ、僕もちょっと自信がなくて……」


 僕も薬草を使ったことはあるし、地元では救助ゴーレムなんてものも開発して、薬草を分けてもらったこともある。だがしかし実際に探すとなると、これがなかなか……。

 結構普通の草なんだよね。言われなきゃわからないくらい普通の草だった気がする。だもんで、この原っぱから薬草を探せと言われても、どうしたらいいものか……。


 失敗したなぁ。もっとちゃんと準備しておけばよかった。しっかり調べておけばよかった。そもそも僕がやりたいと言い出した薬草採取なんだから、僕こそ理解しておくべきだった。

 だというのに、たぶん誰かしらわかるだろうと、特に深く考えずにここまで来てしまった……。


「うーむ。一体どうしたら――」


「キー」


「え? あ、そうなの? そうか、なるほど」


 なるほどなるほど、それは良い案だ。さすがはヘズラト君。


「ん? ヘズラト君はなんて?」


「実際の薬草を見ながら探せばいいと、ヘズラト君が提案してくれました」


「ほほう?」


「今も持っているそうです」


 僕がヘズラト君の言葉を翻訳したところで、ヘズラト君は自分のマジックバッグをあさり、薬草らしき物を取り出してくれた。


「……そういえばこの間、一緒に町を散策しているときに、雑貨屋さんに寄りたいとヘズラト君から言われたな。もしかしてそのときに?」


「そうみたいです。見付けられるか自信がなかったので、見本として買ったそうです。できるだけ新しい物を選んで買ったとのことですが」


「そうだったのか……。やるなぁヘズラト君」


 本当にねぇ。いやはや、さすがはヘズラト君だ。やることなすことさすがすぎる。ヘズラト君が優秀すぎて頼りになりすぎる。


 さてさて、それでヘズラト君が用意してくれた薬草だが――


「あー、そうでしたね。確かこんな感じでした」


「ふむ。このくらいのサイズか」


「葉っぱは対に生えていて、ちょっと細長い感じですか。先は丸まっていますね」


 草丈は二十センチほど。伸びたくきに、そんな葉っぱが等間隔で並んでいる。

 しかし……やっぱり見た目はただの草にしか見えんな。うっかり原っぱに落としたら、探すのに苦労しそう。


「では、これに近い草を探してみますか」


「そうしよう。……というかアレク君、あれじゃないか?」


「はい?」


「あの草」


 そう言ってスカーレットさんが指差した草。

 とりあえず近付き、しゃがみ込んで確認してみるが――似てるな。

 色合いとか葉っぱの作りとか、ヘズラト君が持ってきた薬草とだいぶ似ている。


「なんかそれっぽく見えますね」


「そうだろう? うんうん、そうなのだよ」


 これで名誉挽回が成ったかと、スカーレットさんもウキウキしている。


「ですがスカーレットさん、この草――至る所に生えていますが?」


「ふむ……」


 同じ種類と思われる草が、結構生えている。隣にも生えているし、その隣にも生えている。あっちにもこっちにも生えている。


「これは、どう考えたらいいのでしょう……?」


「……全部薬草なのだろうか?」


「どうなんでしょう……」


 こんなにいっぱい生えているものなの? そういうものなの?

 ……でもこれで違う物だとしたら、それはちょっと大変だぞ。見分けられる自信がない。たぶんニラとスイセンくらい似ている。


「とりあえず――かじってみる?」


「えぇ……?」


 ジスレアさんが、ちょっとアレな提案をしてきた。

 もしかしたらそれでわかるかもしれないけど、さすがにそれは……。スイセンのことを想像したばかりなので、余計に躊躇ちゅうちょしてしまう。


「お腹壊したりしませんかね……?」


「大丈夫。魔法で治せる」


「うーん……」


 回復魔法で癒すことを前提に薬草を探すってのも、なんかいろいろ間違っている気がする……。


「それじゃあこれを引き抜いて、そのままギルドに納品してみる?」


「あぁそうですね、そうしましょうか」


 納品したらわかることだ。試しに持って行ってみようか。


「……待ってくれアレク君」


「はい?」


「これをギルドに納品して……もしも薬草じゃなかったら、どうなるんだ?」


 薬草じゃなかったら? えっと、どうなるんだって聞かれても、別にどうにもならないと思うけど……。


「もし違っていたら、係の人に『それはただの草です』と言われてしまうのだろう?」


「あー……」


 まぁそうなるか。これがただの草だったらそう言われる。『ただの草です』と指摘され、納品は拒否されるだろう。


「私はイヤだ。あんな屈辱を味わうのは、もうたくさんだ」


「そうですか……」


「どうするんだ、もしも係の人に『それはオオイヌノフグリです』とか言われたら……」


「…………」


 確かにかなり恥ずかしい思いをしそうだけど……とりあえずオオイヌノフグリとは似ていない草だし、それは言われない気がする。

 というかね、女性がオオイヌノフグリとかあんまり言わない方が……。


「それはオオイヌノフグリです……」


 あぁ、まただ。またジスレアさんがツボに入っている。

 もうこの言い回しがダメなんだな。問答無用でツボなんだな。


 仕方ないので僕は再びそっと移動し、フヒューフヒュー言っているジスレアさんを隠そうと――


「さっきから、バレているぞジスレア!」


 おお、バレていた。


「陰で私のことを笑っていただろう!」


「え? あ、いえ、別にそういうことでは……」


 確かに陰で笑っていたかもしれないけど、それはちょっと意味が違うような……。


「やっぱりヘズラト君だけだな! もうみんな信用できない! 私に優しくしてくれるのはヘズラト君だけだ!」


「キー……」


 こうしてスカーレットさんは再びヘズラト君に抱きついて、おんおんと嘆き始めてしまった。


 なんという地獄絵図だろうか……。嘆くスカーレットさん、どうしたものかと困るヘズラト君、陰で顔を隠して震えるジスレアさん、立ち尽くす僕……。

 ああもう滅茶苦茶だ。チームがバラバラじゃないか……。





 next chapter:本物のボッチ

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