第452話 それはタンポポです
冒険者としての第一歩を踏み出さんとする僕は、アルティメット・ヘズラトボンバーズの仲間と共に、町の検問までやってきた。
「あら、久しぶりね」
「はい、お久しぶりですケイトさん」
というわけで、検問にはケイトさんがいた。
久々……。まぁそうね、だいぶ久々なのよね……。
「今まで見なかった気がするけど、もしかして、あれから町の外に出るのは初めて?」
「そうなります。二週間ぶりですね。……まぁその、いろいろと準備をしていまして」
「準備?」
「ギルドで登録して冒険者になったんですよ。それで、そのための準備をいろいろと……」
まぁ間違いではないはずだ。主に時間が掛かったのは鑑定とパーティ名だったけど、どちらも冒険者として活動する上で欠かせない準備だった。そう言っても間違いではないはず。きっと、たぶん、おそらく。
「じゃあ今日が初めての冒険者活動なのね。外へは狩りに?」
「あ、いえ、とりあえず薬草採取をしてこようかなと」
「薬草採取……?」
「やっぱり最初は薬草採取かと」
「薬草採取で……準備が二週間も必要なの?」
「ええまぁ……」
というか、薬草採取の準備自体は何一つしていなかったりするのだけど。
「……まぁいいわ。それじゃあ気を付けていってらっしゃい。冒険者としての第一歩、頑張ってね」
「――第一歩」
「え?」
「そう、アレクは冒険者としての第一歩を踏み出したところ。――だけどまだ踏みしめてはいない。そこは注意して」
「どうしたの急に……」
唐突にジスレアさんがカットインしてきて、冒険者としての第一歩に関する注意を
なんだかジスレアさんは、第一歩に関してやたら厳しいな……。
「えぇと、よくわからないのだけど……とりあえずチェックをするから、鑑定かギルドカードの提示をお願い。冒険者になったのなら、ギルドカードかしらね?」
「あぁはい、わかりました。ではでは――」
僕は自分のマジックバッグに手を伸ばし、ギルドカードを取り出す。そしてカードをケイトさんに提示した。
「……何これ」
「ギルドカードですが」
「そうじゃなくて……写し画の目の部分。なんなの?」
「……ジスレアさんから、やはり隠した方がいいと言われまして」
結構な美人さんに写ってしまっている僕の写し画。できるだけ隠した方がいいと言われ、その方法を模索した結果――目の部分を黒い太線で隠した。
Fランクのギルドカードは木製なため、『ニス塗布』で塗ってみたのだ。とりあえずこれならば、美人さんっぷりは発揮されないだろう。
けどまぁ、まるっきり容疑者だか犯罪者っぽくなっちゃっているよね……。
やっぱりもうちょっと他の方法も模索したいなぁ……。
◇
ケイトさんはしばし迷ったものの、『目は隠れているけど、本人だと確認することはできるし……』と、犯罪者ふうギルドカードの提示で検問を通過することを認めてくれた。
それからスカーレットさんがカードの名前部分を手で隠して怒られて、ジスレアさんがカードの写し画部分を手で隠して怒られて、ヘズラト君だけきちんとカードを提示して褒められて……。
そんなことがありつつも、僕達アルティメット・ヘズラトボンバーズの面々は検問を通過。ラフトの町を出発し、町の近くの平原を歩いていた。
「ふむふむ、この辺りでいいんじゃないですかね」
「そうだね。ここならありそうだ」
ちょうど良さげな原っぱにたどり着いた。
おそらくここなら薬草も生えていることだろう。
「じゃあ早速――」
「キー」
「ん? あ、そうなんだ」
みんなで手分けして探そうかといったところで――ヘズラト君が、あることを僕に伝えてきた。
「どうかした?」
「ヘズラト君は薬草採取に自信がないらしいです。どれが薬草なのか、よくわからないとのことです」
ちょっと申し訳なさそうに、ヘズラト君がそんなことを申告してきた。
まぁまぁ、気にすることはないさヘズラト君。わからないのなら仕方がない。これから覚えていけばいいだけだ。
と、いうよりもだね――
「それを言うなら、僕もわからないですね」
「私もわからないな」
「私も」
…………。
…………え?
え、あれ? ヘズラト君がわからなくて、僕もわからなくて、スカーレットさんもジスレアさんもわからないの……?
「あの……みんなわからないんですか? 四人全員?」
「どうやらそのようだ……」
「なんと……」
思わず全員で互いに顔を見合わせてしまった。みんながみんな困惑している。
まさか、四人いて四人ともわからないとは……。誰もわからないのに、そのまま薬草採取に出掛けてしまっていたとは……。
「ジスレアもわからないのか? ジスレアはそういうのが専門だろう?」
「どういうこと?」
「怪我を治すのは得意分野だろうに」
うん、確かにそんな印象がある。なんと言ってもジスレアさんは美人女医さんだ。美人女医さんならば、むしろ薬草に関してはプロフェッショナルなんじゃないかっていう――
「ちょっと待ってほしい。確かに私は怪我や病気を治すのが得意だけど、それらは全部魔法でやってきた」
「む、そう言われてみると、確かに……」
「私は生まれたときから回復魔法を所持していた。そして、ずっと回復魔法を使ってきた。だから私は薬草を使ったことがない。むしろ私は、一番薬草に詳しくない。その自信がある」
そんなことに自信を持たれても……。
でもまぁ、言っていることはわかるな。結構な説得力だ。そりゃあ確かに薬草を使う機会もなければ、薬草を覚える機会もないだろう。
「スカーレットの方こそわからない? 今まで薬草を使ったことは数多くあるはず」
「んー、それはそうなんだけど……」
「長い人生の中で、数多く」
「ぶん殴るぞジスレア」
軽くジスレアさんを
「どうなんだろう。なにせ私も薬草採取の経験はないからな……」
「ないんですか?」
「ないなぁ」
「……冒険者って、まずは薬草採取から始まるものだと思っていたのですが」
「それはどこの常識だアレク君……」
違うのか……。僕が昔暮らしていた世界では、そんな常識があったような気がしたのだけど……。
「んー、しかしわからないな。どれもただの草にしか見えない」
「どうにか探せないですかね。今まで使ってきた薬草を思い出しながら、どうにかこうにか」
「思い出せって言われてもな…………ん? これとか?」
そう言って、おもむろにスカーレットさんが指差した草花。
しかしスカーレットさん……。それは、その草は――
「それはタンポポです」
「…………」
何故それが薬草だと思ったのか……。
花の状態ならまだしも、綿毛状態のタンポポを見て薬草とは……。
「タンポポ……。うん、タンポポか……。そうか、じゃあ違うな。タンポポだしな……」
あ、なんか照れている。
スカーレットさんにしては珍しい反応だ。顔を赤らめ、照れながら『タンポポタンポポ』とつぶやいている。
「なんというか、タンポポは私も知っている。むしろ、私が知っている数少ない草花だと思う。だから当然これが薬草ではないことも知っている。しかしながらアレク君に『思い出して』と言われ、私はどうにか記憶の中にある草花を思い出そうとしたんだ。そこでタンポポを見付けてしまったもので、なんとなくタンポポをみんなに提示してしまい――」
いかん。焦りながら釈明するスカーレットさんが、ちょっと面白くなってきてしまった。
しかしここで笑うのはまずい。下手したらぶん殴られてしまう。
それに、ちゃんと探そうとしてくれたスカーレットさんにも申し訳ない。笑ってはいけない。さすがにここで笑うことは許されない。耐えろアレク。
「……なんかアレク君笑っていないか?」
「いいえ、とんでもない」
「そうか……。でもジスレアは笑っているな」
隣を見ると、顔を手で押さえてしゃがみ込んで『フヒューフヒュー』と言っているジスレアさんが目に入った。
いかん。ツボに入ってしまったらしい。ツボに入ったときのジスレアさんのリアクションだ。
「フヒュー、それは……『それはタンポポです』……」
なんてことだ。僕のツッコミも含めてツボに入ってしまったらしい。
というか、隣で笑うのをやめてほしい。こっちまで耐えられなくなる。
「それはタンポポです……」
やめてジスレアさん!
next chapter:アルティメット・ヘズラトボンバーズ解散の危機
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