第442話 地獄の反復横跳び――その成果


 なんだかなぁ……。この町に来てからというもの、何やらおかしな性癖に目覚めつつある気がする。

 女性にもてあそばれたり、いじられたりすると、妙な興奮を覚える体になってしまったような……。


 恐ろしい町だよここは。さすが町。さすが都会。真面目で誠実な若者を、あっという間に狂わせてしまう……。

 主にクリスティーナさんとエルザちゃんの影響なのだけど、この二人とは合計で三回しか会っていないというのに、もうこれだもんな……。


 確かにこの旅は、世界を巡り世界を知るための旅ではあったけれど……これはちょっと意味が違う。そういう意味で、新しい世界を知りたかったわけではない。


「どうかした?」


「いえ、なんでもありません」


 さすがに面と向かって本人に、『エルザちゃんのおかげで、新たな性癖を獲得しました』とは言えない。

 というか、そのことについて僕自身まだあんまり認めたくない。認めたらまずい気がする。


「とりあえずそういうわけで、明日からは冒険者活動を頑張ろうと思います」


「ええそうね、頑張りなさい」


「ありがとうございます。心を入れ替えて頑張ります」


「良い心掛けね」


「心機一転。――そう、あるいは新年を迎えたかのような心境で、挑もうと思います」


「新年……?」


 新年。まぁ今とか全然新年ではないのだけど、とりあえずはそんな意気込みで、どうにか元の真面目で誠実な若者に戻りたいと願う僕であった。


「それでですね、冒険者活動に力を入れるにあたり、おそらくは教会に通うペースも落ちるかと」


「そうなのね? まぁ、むしろ今までのペースがおかしいわよね。毎日だもの」


「次に教会に来るのは、おそらく二週間ほど後になるかと」


「ずいぶんと具体的に予定を立てるのね……。わかったわ。二週間後、アレクが成長して教会に戻ってくるのを楽しみにしているわ」


「ありがとうございます」


「二週間後、Eランクくらいには上がっているかしら?」


「…………」


 どうだろう……。ちょっとわかんないな。何事も予定通りにいかないのが僕だから……。

 現に今も、鑑定するだけなのに一週間も掛かってしまっている状況があるわけで――


「――あ、そうだ、鑑定。ちょっと鑑定をさせていただきたいのですが」


 そうだそうだ、鑑定だ。そもそもは、それが本来の目的だったはずだ。

 そしてその鑑定が終わらなかったばっかりに、冒険者活動がとどこおっていたんだ。


 ……よかったなぁ。ここで思い出せて、本当によかった。

 うっかり忘れたままなら、下手をすると、また明日教会に来る羽目になっていたかもしれない。この流れで翌日に出戻りは、さすがに気まずすぎる。


「鑑定ね。いいわ。じゃあこっち」


「あ、はい」


 エルザちゃんに誘導されて、礼拝堂の奥へと進む。

 そしてそのまま扉一つを隔てた部屋へと案内された。


「えっと、ここは?」


「応接室ね」


「応接室ですか……。なんだかずいぶん整頓されていますね」


「そりゃあ応接室だもの」


 僕が知っている教会の応接室は、あんまり整頓されていなかったけれど……。

 脱ぎ散らかした衣類やら飲みかけのカップやら就寝用の毛布やら、私物が散乱していたけれども……。


「座っていいわよ?」


「ありがとうございます。失礼します」


 エルザちゃんに促され、ソファーに腰掛ける。


「ちょっと待っていてね――はい、これ」


「なるほど……」


 エルザちゃんが、扉付きの収納棚にきちんと保管されていた鑑定用の水晶を取り出し、テーブルに置いてくれた。

 ……僕が知っている教会の鑑定用水晶は、応接室の棚の上とかに出しっぱなしだったな。


「あ、ではこちらを」


「ん?」


「鑑定代です。お納めください」


「そう。じゃあ遠慮なく」


「あ、ついでにこちらも」


「ん?」


「いつものお布施です」


「そう。……いいのかしら?」


「遠慮なくどうぞ。さぁさぁ」


「え、ええ、それじゃあ」


 僕の熱意に軽く引き気味な様子のエルザちゃんではあったが、どうにか鑑定代とお布施を受け取ってもらえた。


 ……これいいな。鑑定代にプラスしてお布施ってプランはありだな。

 何故今まで気付かなかったのか。とりあえずメイユ村に帰ったときも、教会ではこれをやってみよう。


「じゃあどうぞ。使い方はわかるわよね?」


「はい、大丈夫です。――あ、その前にちょっと待ってください」


 エルザちゃんに少し待ってもらい、僕はマジックバッグからメモを取り出した。

 前回鑑定したときの結果を記したメモだ。


 この中で大事なのが――レベルと能力値。

 メモによると、前回鑑定時のレベルと能力値が――



 レベル:30


 筋力値 21

 魔力値 17

 生命力 11

 器用さ 39

 素早さ 6



 ――こうである。

 これが、三ヶ月前に鑑定したときの結果だ。


 そしてその後、僕はチートルーレットで『レベル5アップボーナス』を獲得し、レベルが35に上がった。

 なので、鑑定結果でもレベル35と表示されるはずだが、その上で重要なのが――能力値。


 天界にて『レベル5アップボーナス』の薬を受け取った際、僕は思ったのだ――素早い動きをしながらレベルアップしたら、きっと『素早さ』が上がるはずだと。

 そうして行った実験が、500ミリリットルの薬を飲みながらの反復横跳びである。


 僕の計算通りなら、レベルが5上がることで得られる能力値は、すべて『素早さ』に割り振られるはず。つまりは『素早さ』が15上昇しているはず。僕の『素早さ』は21まで上昇しているはず。


 『素早さ』21。素晴らしい。夢のような『素早さ』だ。

 今回の鑑定では、実際に鑑定結果でも『素早さ』21を確認できるかどうか調べることが、最も重要な目的となっている。


「……と言ってもなぁ」


「ん? どうかした? その紙は何?」


「あ、えぇと、前回鑑定したときのメモなんです。前回から、どれくらい上がっているかなと」


「ふーん?」


 でも正直、僕の実感はないんだよね……。

 『素早さ』21の実感もないし、この実験中のディースさんは始終無言だったし、レリーナちゃんからも『素早さ』1くらいの上昇だと予想されていたし……。


 やっぱ上がってないのかなぁ。レリーナちゃんの言う通り、1つ上がっただけで、『素早さ』7なのかなぁ……。


「どうしたの? 鑑定しないの?」


「なんだか勇気が出ません……」


「……勇気?」


「鑑定する勇気が……」


「鑑定に勇気って必要だったかしら……」


 鑑定するのが怖い。あんなにも頑張ったのに、ダメだったらどうしよう。

 なまじ鑑定まで時間が掛かっただけに、なんだか結果を知るのが怖くなってしまった……。


「んー……。もしよろしければ、応援していただけますか?」


「応援って、何をよ」


「良い鑑定結果が出るよう、応援を……」


「今応援してもしょうがないでしょ……」


 それはまぁそうなんだけどさ。今から結果が変わるわけでもないしさ……。でもなぁ……。


「でも、やっぱり怖いので励ましていただけると……。あるいは僕に、気合いを入れてくれませんか?」


「なんで鑑定でそんなことを……。何? 頬っぺたにビンタでもしろって?」


「もしくは…………尻尾でツンツンしていただけると」


 ……いや、違うよ?

 これは違うから。これはただ単に気合いを入れてもらうためだから。そういうんじゃないから。確かに目覚めかけている僕ではあるけれど、今回は真面目に――――おぉう。


 いつの間にか後ろに回っていたエルザちゃんに、背中をつつかれてしまった。


「ありがとうございます。気合いが入りました」


「そう……。よくわからないけど、それなら良かったわ」


「気合い十分でやる気十分です。なんか興奮してきました」


「だからそういう効果はないというのに」


 ともあれ、エルザちゃんのありがたい応援だ。

 エルザちゃんに背中を押され――というか背中をつつかれて、まさしく文字通り応援を背に受けて奮い立つ僕。


「それではいよいよ、始めたいと思います」


「はいはい」


「では――鑑定します!」


 さぁいくぞ! いざ鑑定だ!

 『素早さ』7なのか、『素早さ』21なのか! 結果はどうなのか! いざ――!



 名前:アレクシス

 種族:エルフ 年齢:18 性別:男

 職業:木工師

 レベル:35(↑5)


 筋力値 24(↑3)

 魔力値 20(↑3)

 生命力 13(↑2)

 器用さ 45(↑6)

 素早さ 7(↑1)


 スキル

 剣Lv1 槌Lv1 弓Lv1 火魔法Lv1 木工Lv2 召喚Lv1 ダンジョンLv1


 スキルアーツ

 パリイ(剣Lv1) パワーアタック(槌Lv1) パラライズアロー(弓Lv1) ニス塗布(木工Lv1) レンタルスキル(召喚Lv1) ヒカリゴケ(ダンジョンLv1)


 複合スキルアーツ

 光るパリイ(剣) 光るパワーアタック(槌) 光るパラライズアロー(弓)


 称号

 剣聖と賢者の息子 ダンジョンマスター エルフの至宝 ポケットティッシュ(New)



 ――ポケットティッシュってなんじゃあ!





 next chapter:総集編7 ――謎しかない鑑定結果

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る