第441話 毎日教会の創造神像の胸を眺めに来る、冒険者活動をしたことがないのに冒険者を自称する、頑なに半ズボンを履き続ける仮面の変態


 初めてラフトの町の教会を訪れてから――八日。


 今日で八日目。

 ――八日連続の来店である。


 さすがにここまで教会をリピる人は、なかなかいないんじゃあなかろうか。教会の人もビックリだろう。

 というか僕もビックリだ。ルーレット直前で教会通いが連日続くことはメイユ村でもあったが、まさかこの町の教会でもこんなことになろうとは……。


 それもこれも、エルザちゃんと会えないのが原因である。

 昨日までの一週間で――


 おじさん、おじさん、お婆さん、おじさん、エルザちゃん、おじさん、おじさん。


 ――というローテーションであった。

 この順番で、教会の人が僕に対応してくれた。


「やっぱり五日目だよねー。五日目で鑑定しておけばなー」


 せっかくエルザちゃんと会えたというのに、そのことに満足して、うっかり鑑定せずに帰宅してしまった。痛恨である。アレク痛恨。


「次はいつ会えるのだろう……。これまでの傾向から言えば、今日明日がお婆さんおじさんで、その次の日?」


 あるいは、一週間単位で出勤日が決められていたりするのかな……。

 そうなると、また五日目とかになったりして……。


 そんなことを考えながら、僕が教会内を歩いていると――


「あら。今日もいるのね」


「え? ――あっ! エルザちゃん!」


 エルザちゃんだ! なんと予想外! 今日エルザちゃんと再会できた!


「本当によく来るわね。昨日も一昨日も来たのでしょう?」


「ええはい。あいにくとエルザちゃんはお休みだったのか、会うことはできませんでしたけど」


「いたわよ?」


「え?」


「普通に教会で仕事をしたりサボったりしていたわね」


「えぇ? でも僕は、神父さんとしか会いませんでしたよ?」


「私はずっと礼拝堂にいるわけでもないから、そういうこともあるでしょ」


「あー、そうでしたか……」


 ……ってことは、タイミングだったんだな。

 前回も今回も、エルザちゃんが礼拝堂に出てきたタイミングで、偶然僕が教会に入ってきたってことなのか。


 うーむ。エルザちゃんの出勤日が案外多そうだって部分では朗報だけど、その偶然を狙わなきゃいけないのはちょっと大変そう。

 やっぱなー。教会のシステムがなー。どうにか指名制度やらチェンジシステムを導入してくれんもんかねぇ……。


「それで確か――アレクだったかしら?」


「あ、そうです、アレクです。覚えていただいて光栄です」


「創造神像の胸を毎日眺めに来る半ズボンを履いた仮面の変態を、覚えないわけがないでしょう?」


「…………」


 その覚えられ方は、あんまり嬉しくないな……。


「逆に言うと、もしもあなたが仮面を外して長ズボンを履いたなら、私はもうわからないでしょうね。アレクをアレクと認識できないと思うわ」


「そうですか……」


 どうやらエルザちゃんは、僕のことを仮面と半ズボンで認識しているらしい……。


「そもそも、その仮面はなんなの?」


「あれ? 言ってませんでしたっけ?」


「聞いてないわ」


 そうだったっけか?

 というか、それもまたすごい話だな。仮面を付けている理由も聞かずに、仮面の男と今まで普通に会話してくれていたとは、なかなかに豪胆だなエルザちゃん。


「で、なんなの?」


「ええはい、この仮面は――いわば防具なのです」


「防具?」


「頭部を守る防具です。――なにせ僕は冒険者なので」


 確かクリスティーナさんにもそんなふうに説明した記憶がある。

 とりあえずラフトの町では、この説明で通そうかなって思ったりして。


「冒険者である以上、モンスターと戦うことも多いですからね。そのための防具、そのための仮面なのです」


「……あんまり守られてなくない?」


「まぁ、そう言われるとそうなのですが」


「守れる面積も少ないし、大して強度もないんじゃない? これは木製でしょ?」


「おぉう」


 エルザちゃんが、僕の仮面にビシビシとデコピンを繰り出してきた。


「ええはい、大した防御力はないでしょうね――ただの木なら」


「ん? どういうこと?」


「もしもこれが――世界樹で作られた仮面だとしたら、どうです?」


 非常に軽くて硬くて、それでいてどことなく温かみを感じさせる世界樹の枝。この枝を用いて作った仮面だとしたら――それはそれは結構な防具になるのではないかい?


「世界樹って……あなた達の神様のことよね?」


「そうです。その世界樹様の枝を、知人からいくつか譲ってもらったんです」


 知人というか、本人だが。


「じゃあアレクの仮面は、その世界樹とやらで作った仮面なの?」


「まぁこれは普通の木で作った仮面ですが」


「…………」


「あぁ、すみませんすみません」


 エルザちゃんが、先ほどよりも強めのデコピンを無言で繰り出してきた。


「今作っている最中なのですよ。強度としては申し分ない枝なのですが、それだけに加工も大変でして……」


 作ろうと決めたのも最近なもので、完成まではまだまだ掛かりそうな現状。


「結局、現時点で仮面を付けていることの説明になっていない気もするけど……じゃあ半ズボンの方はなんなの?」


「はい? なんなのと言われましても……。こっちは別に理由とかないのですが……」


「趣味なの?」


「趣味……? まぁ、そうなんですかね……」


 もうずっと半ズボンだからな……。もう半ズボンじゃないと落ち着かない。

 そうなると、やっぱりこれは僕の趣味嗜好しこうということになるのだろうか……。


「いくらアレクが半ズボン愛好家なのだとしても、冒険者なら長ズボンを履いた方がよくない?」


「あー。それは確かにそうなんですけどね」


 というか森を移動することが多いエルフなら、半ズボンとか絶対ダメだよね。実際僕も草とかで足を切っちゃうことが普通にあるし。


「冒険者活動にも支障がでるんじゃないの?」


「そうですかねぇ……」


「そういえば、アレクのランクは?」


「はい?」


「冒険者ランク。どのくらいなのかしら?」


「…………」


 おぉ……。ここでその質問が来たか……。

 正直あんまり言いたくない。とはいえ、ここで嘘をつくのもなんだかな……。


「えっと、とりあえず今のところは……Fランク、ですかね。なんというか、現時点ではそうなっている感じでしょうか。その、今はまだ……」


「そう、Fランク……」


「待ってください。違うんです」


 聞いてください。別に違くもないけど、僕の言い訳を聞いてください。


「実はまだ、冒険者になってから一週間しか経っていないんです。一週間前に冒険者になったばかりで、まだなんの活動もしていないんです」


「そうなの?」


「そうなんです」


「だとしたら――それで冒険者を名乗るのはどうかと思うわ」


「…………」


 エルザちゃんにとても痛いところを突かれてしまった。その通りである。『なにせ僕は冒険者なので』とか、自信満々で言える立場ではなかった。


「毎日毎日創造神像のでかい胸を眺めている暇があるのなら、ちゃんと冒険者として頑張りなさい」


「別に僕は胸を眺めていたわけでは――あ、ちょ、やめてください」


「えいえい」


「あぁ、そんな……」


 エルザちゃんが、スペード尻尾で僕の脇腹を突いてきた。

 あれだ、催淫さいいん効果があるやつだ。エルザちゃんはないと言っていたが、そんなはずはない。何故なら僕はこんなにも興奮している。


「そして、ちゃんと活動しやすい格好をしなさい。木の仮面で顔を隠す前に、長ズボンを履いて足を隠しなさい」


「それは……。あぁ……」


 なんかちょっと上手いことを言いながら、今度は僕のひざ小僧こぞうをエルザちゃんが尻尾でツンツンしてきた。

 まさかの膝小僧。なんということだ。むしろ僕は、このときのために今まで半ズボンを履いていた……?


「うぅ……。ありがとうございます……」


「何がよ」


 あ、いかん。つい感謝を捧げてしまった。


「えぇと……確かにそうなんですよね。僕もそろそろ活動しなきゃいけないとは思っていたんです」


「あら? ちゃんと説得が伝わったようね。さすがは私だわ」


「ええはい、ありがとうございました」


「こんな変態をも更生させることができるなんて、大したものね私は。修道女の鏡だわ」


「…………」


 自分で言うのもなんだけど、むしろ僕の変態度は上がってしまったような気がする。





 next chapter:地獄の反復横跳び――その成果

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る