第418話 いざ、ラフトの町2


 なんやかんやありつつ、旅は続く。

 カーク村を出発した僕達アレクパーティ一行は、ラフトの町を目指して進んでいた。


 そしてその道中、ヨーム村にて――


「なぁアレク君」


「なんですかスカーレットさん?」


「ヨームおじさんはいないのかな?」


「……ヨームおじさん?」


「この村におけるカークおじさん的な存在の人は、いないのかな?」


「あんな親切なおじさん、そうそういやしませんて……」


「そうか……」


「まぁもしかしたら探せばいるかもしれないですけどね。この村にもそんな奇特な人が」


「今から探したりする?」


「しませんよ……」



 ◇



 ――ローナ村にて。


「やっぱりローナおじさんはいないのか」


「いないですってば」


「ローナおばさんでもいいのだが?」


「どっちもいませんて……」


「むーん」



 ◇


 ――スリポファルア村にて。


「スリポファルアおじさんは――」


「いないですよ……」


「もしくはスリポファルアおばさん――」


「ですから、いないんですよ……」


「あるいはスリポファルアお姉さんとか――」


「いてほしい」


「……うん?」



 ◇



 なんやかんやありつつ、旅は続く。

 僕達アレクパーティ一行は、ラフトの町の近郊きんこうまでやってきた。


「案外サクッと着いたね」


「そうですねぇ」


 前方に、ラフトの町を囲む壁が見えてきた。もうすぐ到着だ。


 確かにスカーレットさんの言う通り、カーク村を出発してからの旅は順調で、案外サクッとここまで来られた。

 出発直後には、僕の素顔だったり、ダンジョンの説明だったり、父の牧場だったりと、妙にゴタゴタしていた感はあったが……とりあえず旅自体は順調だったはずである。


「カーク村を出発してから、二週間で到着か」


「順調な旅路でしたね」


「てっきり各村々で、毎回二週間くらい滞在するものかと思っていた」


「さすがにそれは……」


 どれだけのんびりとした旅路なのだ……。

 というかひょっとして、スカーレットさんが各村々でおじさんの存在を聞いてきたのは、そういう狙いがあったからなのだろうか……。


「さて、いよいよ町に到着。いよいよスカーレットの出番」


「うんうん。任せてくれたまえよ」


「期待している。今日この日のためにスカーレットには来てもらった。是非ともここで、何がなんでも絶対に確実に成果を上げてほしい」


「うんうん。あんまりプレッシャーをかけないでくれるかな?」


 ジスレアさんの圧に、スカーレットさんがたじろいでいる……。


 いやはや、どうなるかねぇ。

 初めてこの町に来て、検問で追い払われたあの日から――なんだかんだで一年半。一年半ぶりとなるラフトの町チャレンジだ。


 今回は覆面を仮面に変え、人界の勇者様という秘策も用意した。

 ここまで準備したのだから、どうにか入れてもらいたいところではあるが――


 ……改めて考えると、一年半あったら、もうちょっと他に手段を考えられた気がしないでもない。

 いや、なんといっても人界の勇者様だし、それは確かにすごいよ? すごいけど、もうちょっと他にやれることがあったような気が……。


「あ、そうだ。アレク君、ちょっと仮面を借りてもいいかな?」


「仮面? 仮面というと……セルジャン面?」


「違うよ……」


 違うらしい。スカーレットさんはセルジャン面を大層気に入ってくれたので、てっきりそれのことかと思った。


「あるいは僕が装着して、その状態で検問を抜ける作戦かと思いました」


「さすがに無理だろう……」


 勇者スカーレットさんという秘策に続き、森の勇者セルジャン仮面という奇策。

 遠目に見たら違和感もないだろうし、案外検問をすり抜けられたり……うん、まぁ無理か。


「というか、あの仮面はもう出さないでほしいし、もう被らないでほしい」


 セルジャン面を見だだけで笑い転げてしまったスカーレットさんだったが、その様子を見ていて、ほんのちょっぴりイタズラ心が僕に芽生えてしまったのだ。

 それで僕はスカーレットさんの前で――実際にセルジャン面を装着してみた。


「だいぶ楽しんでいただけたようですが?」


「楽しいといえば楽しいのかもしれないけどね……。あまりにも楽しすぎて、あれはもうダメなんだ……」


 セルジャン面を装着した僕を見たスカーレットさんは、ひーひー言いながらヨタヨタと逃げ出してしまうほどであった。

 その歩みは、もはや千鳥足レベルで、僕でも追いつけそうな速度ではあったが……さすがに追いかけるのはやめておいた。そこはぐっと我慢した。


 そんな感じで、どうにもセルジャン面はスカーレットさんに効きすぎるらしい。


「もうセルジャン本人を見だだけで笑いだしてしまいそうだ」


「それはなんとも……」


「むしろセルジャンのことを『例の仮面の人だ』と思ってしまうかもしれない」


 だいぶ効いているなぁ。そこまでのインパクトがあったか……。

 というか、父がだいぶ不憫ふびん……。


 しかしこうなると――セルジャン落としの方もスカーレットさんに見せたくなってきたね。

 失敗したなぁ。何故僕はセルジャン落としを旅に持ってこなかったのか。今ほどセルジャン落としが必要とされる場面なんてないというのに。


「それでアレク君。その仮面ではなくて、あっちの方だ。例の赤いやつ」


「赤いやつ? えっと、赤いやつというと……」


「あの赤い仮面。確か――ドミノマスクだっけ?」


「あぁ、そっちですか」


 赤いやつと言われて、つい三倍速い人の仮面を連想してしまった。

 スカーレットさんが言っているのは三倍のそれではなく、赤のドミノマスク。現在僕が装着している白のドミノマスクとは、色違いの仮面である。


「ちょっと待っていてくださいね? んー……これですか?」


「そうそう」


 とりあえず言われるがまま、マジックバッグから赤ドミノを取り出した。


 ちなみにこの赤ドミノ、元々は黒色のドミノマスクだった物だが、色自体は『ニス塗布』で簡単に変えられるため、赤色に塗り直したのである。

 それというのも、僕がドミノマスクのスペアを所持していて、さらにはカラーリングも自由自在なのだと知ったスカーレットさんが――


『なら赤がいい。私は赤色が欲しい』


 ――なんてことを言い出したからである。

 そんな経緯で塗り直された赤ドミノ。気に入ったのか、時々スカーレットさんも着用している。


「じゃあちょっと貸してくれるかな?」


「あ、はい。どうぞ」


「ありがとうアレク君。えぇと、『ニス塗布』は――あ、うん。大丈夫そうかな」


 わりと繰り返しの着脱もできる『ニス塗布』の接着用ニス。塗り直さなくても大丈夫なそうで、スカーレットさんはそのままぺたりと自分の顔に赤ドミノを装着した。


「どうかなアレク君」


「よくお似合いです。やはりスカーレットさんは赤が似合いますね」


「はっはっはっ、ありがとうアレク君」


 というわけで求められるがまま仮面を渡し、求められるがままに服屋さんの決まり文句みたいなことを言ってしまった僕であったが……。

 そもそもの話として、何故このタイミングで赤ドミノを……?


「スカーレット、急にどうしたの?」


「まぁ聞いてくれジスレア。この仮面を装着したことで、私とアレク君はお揃いの格好となった。勇者と同じ格好だ。であれば、アレク君の仮面に文句を言う人はおるまい」


 んん? いや、おらんか……? えぇ? どうなんだろう……。


「でもやっぱり怪しいから、ここは普通の格好でいた方がいいような気もするけど……」


「それだとアレク君だけが怪しくなってしまうだろう? 私も仮面でいることで、逆にアレク君があんまり怪しくならないという寸法だよ」


「なるほど……」


 なるほどて……。

 それで納得できるの? 納得できる理由だったの……?


 というか、日常的に仮面を装着している僕を前にして、あんま怪しい怪しい言わんでほしいのだけど。


「よし、それじゃあ検問に向けて出発しようじゃあないか」


「そうですか……。では、とりあえず行ってみますか……」


 いろいろと疑問だったり不安だったりは残るけれど……。

 ……まぁスカーレットさんの場合は、何かあったら仮面を外せばいいだけだしな。とりあえずはこの状態で行ってみようか。


「キー」


「ん? あ、そうだね。そうしようか」


 再び進みだそうとしたところで、ヘズラト君から指摘があった。

 確かにこのままヘズラト君に騎乗状態で進むのは得策じゃない。ひとまずヘズラト君は送還させてもらって、僕も歩きで向かおうか。


 そう思って、僕がヘズラト君から降りたところ――


「よっと」


「キ、キー」


「えぇ……?」


 僕がヘズラト君から降りたその瞬間、空いたヘズラト君の背中に、何故かスカーレットさんが颯爽さっそうと乗り込んだ。


 さっきからスカーレットさんの自由っぷりがすごい……。今度はいったいなんだというのだ。


「あ、ごめん、なんかいつもの癖で」


「あぁ、そうでしたか」


 確かによく見る光景ではある。

 ヘズラト君とたわむれるのが好きなスカーレットさんだが、移動中は僕がヘズラト君を独占しているので、いつも羨ましがられているのだ。


 そんなスカーレットさんは、隙さえあればヘズラト君を僕から奪おうと機会を伺っている。

 移動時の休息だったり、移動が終わって夜営の準備に入ったタイミングなどで、僕がヘズラト君から降りると、すぐにその席を確保しようと動く。どうやら今回も、その癖が出てしまったらしい。


「まぁいいか。せっかくだし、このまま行こう」


「え?」


 え、ヘズラト君に乗ったまま? 乗ったまま検問?


「やっぱりカーク村のときみたいに、この町の人達もヘズラト君と親しくしてほしいじゃないか」


「え? あ、はい、それはまぁ……」


「そう考えると、今はチャンスだと思う。『突如現れた撲殺勇者スカーレット。そして、彼女を乗せる愛らしい召喚獣。あれはいったい!?』――そんな感じで、みんなの興味を引けると思う」


「はぁ……」


 わかるようなわからないような……。というか、よくわからないって感想の方がだいぶ強めではあるが……。

 そりゃあまぁ、ヘズラト君がみんなから愛されたらいいなって僕も思うよ? そう願う気持ちは僕も一緒だけど……。


 でもだからって、その状態で検問へ向かうの……?

 顔に仮面を貼り付け、ヘズラト君に騎乗した状態で、検問にカチコミをかけようっていうの……?


「さぁ行こう。――いざ、ラフトの町」


 当のスカーレットさんだけはノリノリである。

 大丈夫かな……。さすがにそんな怪しい格好じゃ、問答無用で詰所に連行されちゃいそうだけど……。


 ……うん。怪しい。どう考えても怪しすぎる風体。

 まぁその怪しすぎる格好は、平常時の僕と同じスタイルなわけで、そう考えると、なんとも言えないものがあるよね……。





 next chapter:勇者の威光2

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