第417話 スカーレットさんとセルジャン面


 人と一緒にいるのに、スマホばかり触っているのはあんまりよくないよね。


 うん。あんまりよくない。あんまり良い印象はもたれないと思う。

 なんでも研究によると、会話時にスマホを触るどころかテーブルに置いておくだけで、その人の会話に魅力がなくなるらしいですよ?


 そういうわけで、僕も人前ではダンジョンメニューを触らないようにしている。

 たぶんダンジョンメニューもスマホも似たようなものだろう。四六時中、暇さえあればメニューをいじっているような人は、どうやったって魅力が――

 ……まぁダンジョンメニューの場合は、はたから見ると虚空こくうをさわさわしている不審者の動きになってしまうので、魅力の低下どころの話ではないのだけれど。


 とにかくだ、以上の理由から、例えダンジョンメニューのことを知っているジスレアさんとスカーレットさんの前でも、僕は極力ダンジョンメニューを触らないことに決めた。

 僕がダンジョンメニューを開くのは一日のうちに二回だけ。朝と夜の二回だけとしたのだ。


「それで、こうして今朝もダンジョンの状況やDメールのチェックをしていたわけですが――」


「ふむ」


「ナナさんから、新たな牧場情報が届きました」


「ほほう?」


 隣でお茶を飲んでいたスカーレットさんにも、最新の牧場ニュースをお届けすることにした。


「どうやらさくと小屋を作ることに決めたらしいです」


「柵かー。まぁ牧場ならそれはあった方がいいよね」


「ですねぇ」


 むしろ、柵がない牧場とかありえるのだろうか? あんまりない気がする。


「あるいは柵くらい最初から備え付けておいてもよかったんですけどね、その中にニワトリを放す感じで」


「そうしなかったのは、何か理由があるのかな?」


「んー、全てがしっかりきっちり準備万端整えられた牧場ってのも、なんだか面白みがないかと思いまして。せっかくなら、自分で一から始めた方が楽しいかなと」


 そんな理由があって、基本的には何も用意しなかった。

 そもそも僕達の知識では、そこまで完璧な牧場を準備することもできなかったって部分もあるけれど。


 あとはまぁ、自力で柵や小屋を作ることになるなら――きっとフルールさんの出番がくるかなって。

 美人建築士にして美人大工職人のフルールさんに依頼することになって、フルールさんにお金が渡るかなって。


 けどなー、よくよく考えると、それだと僕がお金を渡すことにはならないんだよね。

 むぅ。そこはどうにかならんものか。どうにか上手いこと、僕の貯金から柵や小屋の建築費を支払う流れにならんものか……。


「でも柵がなかったということは、今までニワトリは自由に歩き回っていたのかな?」


「あー、そうみたいですね。……なんでも父の牧場作業は、広大な牧場エリアのどこかにいるニワトリを捜索することから始まったらしいです」


「それは……確かに柵が必要そうだね」


 直径五キロの牧場エリアを捜索は、かなり大変な作業だっただろうなぁ……。

 ニワトリ達も最初は放牧された地点からあまり動かなかったらしいのだが、だんだんと慣れてきたのか、徐々に活動範囲を広げていき、ナナさんもダンジョンメニューで確認しないと見付けられないほど自由に動き回っていたらしい。


「で、あとは小屋か」


「ニワトリが住みやすい小屋をいろいろと考えているみたいです」


「ふーむ。確かにそういったことをいろいろ検討して設備を整えていくのも、なんとなく楽しそうではある」


「そうですよね。父もそうだと良いのですが」


 そんな感じで牧場運営を楽しんでくれていると、僕も嬉しいのだけど……。


「ふと思ったんだけど……ミリアムはどうなんだろう?」


「母ですか?」


「うん。セルジャンがいきなり牧場を始めることになって、ミリアム的にはどうなのかなって」


「あー……」


 まぁ自分の夫がいきなり畜産農家に転職とか、それは確かに一大事ではあるな……。


 ……しかも現状だと、家畜はニワトリが二羽いるだけだ。

 いきなり仕事を辞めて、『これからは二羽のニワトリを育てて生きていく』なんて言われたら、もはや家庭崩壊の危機だろう。離婚の危機すらありそうだ。


「でもまぁ、母も納得しているんじゃないですか? さすがに父も、母に断りもなくそんなことを始めるとは思えませんし」


「そうか、それもそうかな。やっぱりそこはちゃんとミリアムの許可を取っているか」


「おそらくはそうだと思います」


「まぁセルジャンは昔からミリアムの尻に敷かれていたしなぁ」


「…………」

 

 その言い方はなんとも……。

 なんとも言えない。どうにもコメントしづらい。


「んー。なんだか会いたくなってきたな。こうしてミリアムやセルジャンのことを話していたら、久々に会いたくなってきた。リザベルトにも会いたい」


「そういえば、しばらく会っていないんでしたっけ?」


「会ってないなー。ずいぶん会ってない。やっぱり私も私で忙しいからね。なにせ私は――勇者だから」


「なるほど。さすがです勇者様」


「はっはっはっ。ありがとうアレク君」


 スカーレットさんは時折こうやって勇者アピールをしてくるので、そのときは素直に褒めるようにしている。


「それで、三人の方も結婚したり子供が産まれたりで、それからは忙しいのか、あんまり人界にも来ていないようだし……」


「あー、家庭ができると、そういうこともありますかね」


「むーん。なんだろうな。なんというか、ちょっと取り残された感がある。どことなく物悲しい」


 何やら少しばかしアンニュイな感じになってしまったスカーレットさん。

 なんとなく『行き遅れ』という単語が脳裏のうりをかすめたが、どう考えてもそれは口に出してはいけないワードだ。


「ところでスカーレットさん」


「うん?」


「父に会いたいとのことですが――」


「うん。久々にミリアムやリザベルト、もしくはセルジャンに会いたい」


 ……微妙に父の優先度が低そうである。


「残念ながら母やリザベルトさんは無理ですが――あるいは父ならば、久々に顔を合わせることができるかもです」


「……うん?」


 顔を合わせるだけならば、可能だったりもする。

 遠く離れたメイユ村にいる父を用意することはできないけれど――父の顔だけならば、用意することができる。


 そう――セルジャン面だ。



 ◇



 セルジャン面。名前の通り、父の顔を模したお面である。リアル系『ニス塗布』を用いて作った、とてもリアルな父のお面だ。


 世界旅行に向けて、今まで僕はたくさんの仮面を作ってきたが、実はこのセルジャン面こそが記念すべき仮面シリーズの第一弾だったりする。

 ……改めて考えると、初手でセルジャン面の制作に着手した僕は結構イカれているな。


 さて、そんなセルジャン面だが、一応持ってきてはみたものの、結局旅で使うこともなくマジックバッグにしまわれっぱなしだった。

 今回はそのお面を、満を持してスカーレットさんに披露してみたわけだが――


「そろそろ出発したいのだけど、スカーレットはまだダメなの?」


「……ダメっぽいです」


 ジスレアさんの問いかけに、僕はそう返した。

 まだダメっぽい。かなりダメな感じだ……。


 一応スカーレットさんの様子を確認してみると――


「ひー、ひー」


 スカーレットさんはセルジャン面を手にしたまま地面にうずくまって、ひーひーうなっている。

 相当ツボに入ってしまったらしく、呼吸困難に陥るくらい笑っている。


「えっと、大丈夫ですか?」


「ひー、ひっ、ひー」


 こんな感じで、ずっとぷるぷるしている。

 ……まぁだいぶ楽しんでくれているようだし、これならセルジャン面も本望だろう。


「……というかその仮面は、私からすると面白いというよりも、かなり不気味に見える」


「そうですねぇ。やっぱり顔面だけっていうのは、ちょっと怖いですからね……」


 忠実に父を再現しているので、とても整った顔の仮面ではあるんだけどね。

 うん。笑顔自体はとても良い笑顔なのだ。いつもの父の柔和にゅうわな笑顔。……それがまたシュールで怖いのだけど。


「実際に誰かが付けた状態だと、案外怖さがなくなったり、むしろちょっと面白くなったりします」


「そうなんだ……」


 そんな不思議なセルジャン面だが、とりあえずスカーレットさん的には素の状態でも面白いらしい。

 怖さやらシュールさよりも、面白さに振り切ってしまっているらしい。


「ひー、ひー……。やだもう、おなか痛い……」


 おぉう。スカーレットさんがだいぶ弱々しくなっている……。





 next chapter:いざ、ラフトの町2

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