第419話 勇者の威光2


「仮面を外して、その大ネズミから降りなさい」


「わ、私は勇者なんだが?」


「いいから降りなさい。そして外しなさい」


「むーん……」


 ……不発である。

 勇者の威光いこうが、不発に終わった……。


 ――というわけで、再びラフトの町の検問に挑んだ僕達であったが、門番のケイトさんによって、またしても突破をはばまれてしまった。

 やっぱり仮面状態でヘズラト君騎乗はやり過ぎだったかな……。


 案外上手くいく可能性もあるかと期待していたんだけどね。

 なにせヘズラト君は、とても愛嬌のあるモフモフだ。モフモフにメロメロになってしまい、ついつい甘い対応になっちゃう――そんな展開もありそうじゃない? むしろちょっとしたテンプレじゃない?


 ……だけどよくよく考えると、ケイトさんも獣人族だからな。

 本人のケモ耳とかシッポとかもモフモフだし、そこまでの効果なかったか……。


 まぁそんな感じで、スカーレットさんはケイトさんから『降りて仮面を取れ』という厳しい対応――あるいは、至って普通の対応を取られてしまった。

 スカーレットさんも伝家の宝刀『勇者なんだが?』を発動して、勇者の威光をチラつかせたのだが……それもあえなく不発。

 そうして僕達は、検問所の隣に併設された詰所つめしょへと連行された。


 まぁここからだ。ここから頑張ろう。ここからが本当の勝負。

 だいぶ出鼻をくじかれた感はあるが、どうにかこうにか巻き返して、検問を通してもらえるようケイトさんを説得しようじゃないか。


「さて、いったい何から聞けばいいのか……。もう聞きたいことがありすぎて、こちらとしても困ってしまうわね」


 ふむ。この言葉を聞く限り、もしかしたら僕達もケイトさんの出鼻をくじくことには成功したのかな? くじく意味があったかは定かじゃないが。


「とりあえず聞きたいのは――その大ネズミ」


「キー……」


「その大ネズミはなんなの?」


 まぁそこか。やっぱりそこは気になるわな。

 ちなみにヘズラト君も、こうして詰所に連行された。ヘズラト君が大人しくしていたからってこともあるのだろうけど、いきなり討伐されかかったりってこともなく、普通に連れてこられた。

 この辺り、効果は少ないながらも、やはりヘズラト君が愛嬌のあるモフモフだってことが影響したのだろうか?


「この子はヘズラトと言いまして、召喚獣です」


「そうなの、召喚獣……。まぁそうよね、普通のモンスターではないと思ったわ」


 それはそう。うちのヘズラト君を、そんじょそこらの大ネズミと一緒にしてもらっては困る。

 そして、そのヘズラト君だが――


「キー……」


「『この度は、多大なるご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませんでした』と、言っています……」


 陳謝ちんしゃである……。ヘズラト君が陳謝している……。

 こんな謝罪をヘズラト君にさせてしまい、むしろ僕達がヘズラト君に申し訳ない……。


 ヘズラト君自身は、『やっぱり止めた方が……』的なことを言ってはいたのだ。

 だというのにスカーレットさんがノリノリで、僕もそれに乗ってしまい、ヘズラト君を押し切るような形で検問に突撃して……そして迎撃されてしまった。

 もっとちゃんとヘズラト君の言うことを聞いておけばよかったな……。


「ずいぶん丁寧な大ネズミね。……というか、なんだか一番反省しているように見えるわ」


「キー……」


 ヘズラト君は真面目だからなぁ……。アレクパーティでも一番の常識人だと、もっぱらの噂だ。


「そもそもね、大ネズミだけならここまで大袈裟なことにはならなかったのよ」


「そうなんですか?」


「人を乗せているのだから、普通のモンスターではないことはわかったわ。――問題は、乗せている人も普通の人ではなかったからよ」


「と言うと?」


「なんなの? その仮面は」


 ふーむ……。やはりヘズラト君騎乗にプラスして、仮面状態だったのがまずかったか。

 怪しさに怪しさをかけ合わせてしまったのだから、そりゃあ検問側も結構な厳戒態勢を敷くわな。


「それなのだけど、アレク君が一人だけ仮面着用だと怪しまれるかと思い、それで私も仮面を付けてみたんだ」


「何を言っているのかわからないわ……。一人でも怪しいのだから、二人いたら二倍怪しいでしょうに……」


 ……全くもってその通りである。

 うん。それはそうなんだけどさ。でもほら、スカーレットさんは勇者様だからさ。勇者様と同じ格好に文句を言う人なんて、おらんやろっていう話で――


「私は勇者なんだが?」


 うん。そういうことだ。そういうことで、再び勇者の威光を振りかざすスカーレットさん。


「さっきから、なんなのよそれは……。そもそもあなたは本当に勇者なの?」


「ぬぅ」


 むしろ勇者であることを疑われてしまう始末。


「仕方ないな。そこまで言うのなら――私の素顔を見せよう」


 そう言って、スカーレットさんは顔に張り付いたままだった仮面を――あれだけケイトさんから外すように怒られても、断固として拒否していた仮面を、ペリペリと剥がし始めた。


「これが私の素顔。これでわかっただろう? 私が――私こそが、撲殺勇者スカーレットさんだ!」


 剥がした仮面を手に、なんだか良い笑顔で自己紹介を始めるスカーレットさん。


 ……もしかして、これがしたかったのか?

 満を持して素顔をさらし、意気いき揚々ようようと勇者を名乗る。――この一連のイベントをやってみたくて、いろいろと準備していた可能性が……?


「勇者スカーレット……」


「そうとも」


「名前は知っているけど、さすがに顔は知らないわよ」


「むーん……」


 どうやらスカーレットさんが思い描いていた展開とは、少し違うものになってしまったようだ。


 まぁいくら有名人だからといって、テレビもネットもないこの世界で顔まで周知させるってのは、なかなかに難しいよね……。

 むしろ名前は知っていたというのだから、それだけでも大したものだと思う。


「じゃあ、ギルドカードを見てくれ……」


「あぁ、それは助かるわ。何はなくとも検問を通過したいのなら、カードの提示は義務だから」


「うん。ちょっと待っていてくれ」


 いろいろと失敗して少ししょんぼりしているスカーレットさんだが、気を取り直して自分のマジックバッグに手を伸ばし――黒いカードを取り出した。


「これが私のカードだ」


「それは……なるほど」


 ほうほう。あれがギルドカードか、実物を見るのは初めてだ。

 僕の位置からは表面おもてめんが見えないが、縦5センチ横8センチほどの黒いカードで、やはり免許証と似たサイズのようだ。


「……あなたが勇者だっていうことは、間違いなさそうね」


「はっはっはっ。ようやくわかってくれたか」


 どうやらカードには、ケイトさんを納得させられる情報がしっかり書き込まれていたらしい。どんな内容なのか、ちょっと気になる。


「あぁ、ちなみに――ジスレアは聖女だったりする」


「聖女?」


 おっと、スカーレットさんはここで畳み掛けるつもりのようだ。

 勇者の威光に続き、聖女の威光までをもケイトさんに浴びせ、これからの話し合いを優位に進める算段なのだろう。


「じゃあ私もカードを見せる。――これ」


「なるほど……」


 ジスレアさんもカードを取り出してケイトさんに提示した。

 スカーレットさんの物と同様に、免許証サイズの黒いカードだ。この色とサイズが、ギルドカードの基本なのかな?


「勇者と聖女。確かに本物のようね……」


「うんうん、そうなのだよ、勇者と聖女。そういうわけで――」


「それはいいのだけど――」


「うん?」


「何故名前を隠すの?」


「…………」


「名前の部分、指で隠しているでしょう? 何故隠すの?」


「…………」


 あー。そういえばそうだった。

 スカーレットさんの名前は、偽名なんだっけか……。


 ってことはつまり、ギルドカードにはスカーレットさんの本名が書かれている? それを見せまいと、指で巧みに隠している……?


「それから、ジスレアさん」


「ん?」


「何故顔を隠すの?」


「…………」


「カードの顔の部分、指で隠しているでしょう? 何故隠すの?」


「…………」


 そういえばそんなことを言っていたな……。

 前にジスレアさんが『ギルドカードの顔写真が、ちょっと変な顔をしているように思えて、あんまり見せたくない』――みたいな免許証あるあるを言っていた記憶がある。それで隠しているのか……。


「もうなんなの……? あなた達は全員、検問をなんだと思っているの……?」


 おぉう。ケイトさんがしおしおと項垂うなだれてしまった。ケモ耳も力なくペタンと項垂れている……。

 さすがに申し訳ない。アレクパーティのみんながみんなこんな感じで、さすがにちょっと申し訳ない……。





 next chapter:勇者の威光3

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