第413話 ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス・D・マクミラン・テテステテス・ヴァネッサ・アコ・マーセリット・エル・ローズマリー・山田2


「モンスターって、高いんですよ……」


 引き続き、僕とジスレアさんとスカーレットさんの三人でダンジョン話。

 少しないがしろにされているダンジョンの戦闘エリアについて、なんとなく言い訳めいた実情を二人に伝えた。


「ダンジョンポイント――ダンジョンを構築するには、それ専用の通貨みたいなものが必要なんですが、モンスターはそれが高いんです。高くて、あんまり買えないんです……」


 そんな理由で『世界樹様の迷宮』はモンスターが配置されているエリアが少なく、おまけに弱いモンスターしかいない。

 要するに――お金がないから買えないのだ。そういった、ちょっと悲しい事情があるのだ。


「そういうものなのか。私が知っているダンジョンは、普通にわらわら出てきた印象だけど……」


「あー、そうですね。普通はそうかもしれません。でも僕のダンジョンにいるモンスターは、すべて不殺モンスターなので」


 不殺モンスターじゃなければねぇ。そうしたらもっとモンスターをばんばん購入できて、もっとダンジョンをばんばん拡張できるのに。


「不殺モンスターって何?」


「へ? あぁ、そういえばジスレアさんにも言っていませんでしたっけ? あのダンジョンのモンスターは、相手が瀕死だと攻撃しなくなるんですよ」


「え、そうなの?」


「実はそうでした。すべてのモンスターが、そのように設定されています」


「トードとか、ホークとかも……?」


「不殺トードと不殺ホークですね。間違っても相手が死んじゃわないように動きます」


 まぁあのはと卑怯ひきょうだから、どんな手を使ってくるかわかったものではないけれど。

 それでも一応は不殺ホークなので、瀕死状態ならば攻撃を控えるはずだ。


「知らなかった……。というか、誰も知らないし気付かないと思う……」


「やっぱりそうですかねぇ……。誰からも気付かれていないようですが、そういうちょっと特殊なモンスターなんです。――なので高いんです。普通のモンスターより、だいぶお高いです。確か1-1の不殺大ネズミとか、ケルベロス以上に高いらしいですよ?」


「なんて無駄な……」


 無駄とまで言う……。

 でも僕としては、安全性にこだわりたかったんだ。安心安全なダンジョンを目指したかった。そのために必要な経費だと思ったんだ。


 ……まぁ確かに今のところは、無駄と言われても仕方のない現状ではある。

 安全のために用意した不殺モンスターの不殺機能や、救助ゴーレムの救助機能が発動した例もほぼない。


 一度、ジスレアさんにあおられたレリーナちゃんがブチギレて、それで僕が救助ゴーレムに救助されかけたことがあったくらいかな?

 あとはまぁ、僕が左ハムストリングの肉離れを起こして、救助ゴーレムから薬草を半分わけてもらったこともあったっけか。


 救助ゴーレムの活動はそれくらいで、不殺機能の方は今まで一度も発動していないはずだ。

 それ自体は喜ばしいことだとも思うんだけどね。


「とりあえずそんな感じで、僕はダンジョンマスターなんですよ」


「ふーむ。なるほどなぁ」


「でも一人でダンマスをやっているわけではなくて、共同でやっているんです」


「共同?」


「共同なのです」


 それがナナさん。あのダンジョンは、僕とナナさんが共同で管理するダンジョン。


 ということはつまり――もしもあのダンジョンに謎な仕様が多くて、無駄が多いのだとしたら、その責任の一端はナナさんにもあると思う。

 僕だけのせいじゃない。だって共同なのだから。責任も共有しようよナナさん。


「共同ってのはどういう――いや、そもそもアレク君がダンジョンマスターってのも、どういうことだろう。確かダンジョンマスターは、普通の人とは少し違った存在だと思ったけど? なんでもダンジョンが出来て、そのダンジョン自体が生み出す存在がダンジョンマスターだとか」


「あー、詳しいですねスカーレットさん」


「以前私も、別のダンジョンマスターに会ったことがあるんだ」


「え? あ、そうなんですか?」


 ほうほう。スカーレットさんは他のダンジョンマスターと知り合いなのか。

 さすがだ。さすがは勇者スカーレットさん。顔が広い。


「見た目は普通の人だったけどね。黒髪の女性だった」


「へぇ。そうなんですね」


 もしかして、ダンジョンマスターは黒髪って決まりでもあるのだろうか?

 あるいは髪型まで決められていて、スカーレットさんが会ったその人も、おかっぱだったりするのだろうか?


 僕も一度会って、ダンジョンマスター同士友好を深めてみたいところではあるが――それはさておき、その辺りの説明はどうしたものか。

 僕がダンジョンマスターになった経緯や、ナナさんの経緯は、どう説明したものか……。


「んー……。ジスレアさん、説明をお願いできますか?」


「え? 私が?」


「できたらお願いします」


「うん。別にいいけど……」


 というわけで、ジスレアさんにお願いした。

 僕が説明するには、ちょっと問題があったので、ここはジスレアさんを頼らせてもらった。


「アレクは世界樹様からダンジョンマスターになるよう勧められたらしい。アレクと世界樹様は、すごく仲が良いから」


「前提となるその事情に、まずびっくりしているのだが……? 世界樹様って、エルフの神様だろう? アレク君と仲が良いのか……?」


 あぁ、そういえばスカーレットさんには話したことがなかったか。

 うん。僕はユグドラシルさんと仲が良い。二週に一回は遊びに来てくれるくらい仲が良い。


「……まぁいいや。とりあえず本題ではないようだし、ひとまずそこは置いておくとして、ダンジョンマスターを勧められたっていうのは?」


「ダンジョンコアという物を貰ったらしい。それでアレクは村の近くにダンジョンを作った。その時点でアレクはダンジョンマスターになったそうなのだけど――そのときにダンジョンもまた、別のダンジョンマスターを生んだらしい」


「なるほど……。だからダンジョンマスターが二人。共同でダンジョンマスターなのか」


「そういうこと」


 ふむ。――そういうことなのか。


 ほぼ実話だな。世界樹様ではなくて、チートルーレットでダンジョンコアを貰ったってこと以外は、ほぼ実話だ。

 ……その辺り、どう話をでっち上げて説明したかを忘れてしまったため、ジスレアさんに説明をお願いしたのだ。


「それで、ダンジョンが生み出したダンジョンマスター、その子の名前が…………えぇと、なんだっけ?」


「えっ」


 え、それは……え? もしやジスレアさんは……ナナさんの名前を忘れちゃったの?

 それはまた、なんともナナさんが不憫ふびんな……。


 ……まぁ人の名前を忘れるどころか、人の名前を覚えることすらできない僕がとやかく言えたことではないな。

 とりあえずジスレアさんには正解を教えてあげよう。


「ナナさんですよ。名前はナナさんです」


「もちろんそれは知っている。そうじゃなくて、せっかくなら本名を紹介しようかと思った」


「本名ですか?」


「あの長い本名」


「えっ」


 ジスレアさんは、あの長い名前を全部伝えようとしたのか……。

 妙なところで律儀りちぎだなジスレアさん……。


「アレクは覚えている?」


「僕ですか? えぇと、どうですかね……。ナナ・アンブロティーヴィ……。えーっと、アンブロティーヴィ……」


「うん。私もそこまでは言える」


「あとはなんでしたっけね……。正直その部分と、最後の『山田』くらいしか記憶にないです」


「そうか……。私は途中の『テテステテス』くらいしか覚えていない」


 なんでその部分だけ……。

 まぁ確かにちょっと変わったリズムで、妙に耳に残る部分ではあるかもしれないけれど。


「仕方ないので、その部分だけでもまとめますか。というわけで――『ナナ・アンブロティーヴィ・テテステテス・山田』です」


「さっきから、二人がなんの話をしているのかよくわからない」


 ……それもそうか。というか僕達からしても、なんの話をしているんだって感じではある。


「本当はもっと長い名前の人なんですが、全部は覚えていないので、わかるところだけつなげた感じです」


「今の名前でも、相当長い名前だと思うけれど……」


 まぁねぇ。それは確かにそうかもしれない。

 とはいえ、『ナナ・アンブロティーヴィ・テテステテス・山田』だけなら、まだまだ短い名前と言えそうじゃない? 本当の名前と比べれば十分短くて、文字数稼ぎとは疑われないレベルでしょう?


 あるいは、これを二回くらいつなげて――ナナ・アンブロティーヴィ・テテステテス・山田・ナナ・アンブロティーヴィ・テテステテス・山田と言っても、まだまだ大丈夫なレベルだと思うの。


 三回は、さすがにまずいかな……。それはさすがにやりすぎかな……?

 ――でもこの際、やってしまおうか。ナナ・アンブロティーヴィ・テテステテス・山田・ナナ・アンブロティーヴィ・テテステテス・山田・ナナ・アンブロティーヴィ・テテステテス・山田。





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