第412話 地元でダンジョンやってます


「もう大丈夫だ!」


「はぁ……」


 もう大丈夫らしい。

 僕の素顔を見て、だいぶ危険な状態に陥ってしまった勇者スカーレットさんだが、もう大丈夫とのことだ。


 というか逆に言うと……今までは危険だったのか。

 もうあれから三日も経っているのだけど……。


 日中は仮面の着用、夜間はアイマスクの着用を徹底したことにより、危機は去ったのだと勘違いしていた。

 僕としては特に気にせず、今まで通り普通に接していたのだが……。


 あるいはこの三日間、実は密かに悶々もんもんとした日々をスカーレットさんは過ごしていたのだろうか……。


「ひとまずアレク君の素顔は忘れるように努め、アレク君のことはぼんやりとした仮面の子だと認識することで、私はイケメンを克服した」


「ぼんやりとした仮面の子……」


 ぼんやり仮面アレクとイケメンアレクを切り離して考えることで、スカーレットさんはイケメンに対応したらしい。

 その対応方法に、少し思うところがあるのだけど……というか、そもそもそれだとイケメンを克服したとは言えないような気がしないでもない。


「というわけで、もう大丈夫だアレク君」


「そうですか……。えぇと、さすがですスカーレットさん」


「ありがとうアレク君。まぁ私は勇者だからね。勇者の精神力をもってすれば、このくらい余裕だとも」


「さすがです勇者様」


「はっはっはっ」


 勇者の精神力がなければ耐えられないってのも、少し問題ではあるが……。


「――ところでアレク君、今日はちょっと暑くないかな?」


「はい? えっと、まぁそうですかね?」


「そうだよね、ちょっと暑いよね。暑いから――仮面を外してみたりしないかな?」


「…………」


 ダメじゃないか……。軽く依存症みたいのが出ちゃっているじゃないか……。

 勇者の精神力とはなんだったのか……。


「いけないアレク。スカーレットはまだ発情している」


「ち、違う。本当に今日はちょっと暑いから――」


「年甲斐もなく、発情している」


「ぶん殴るぞジスレア」


 そんなやり取りをしつつ、じゃれ合うスカーレットさんとジスレアさん。

 ……まぁ仲良いよね。むしろ仲が良い。最近はそんなふうに思えてきた。


「ところでですね、実はスカーレットさんにお話ししたいことがありまして」


「ん? 何かな、改まって」


 とりあえずは仮面をかぶっていれば大丈夫ということで、一応はスカーレットさんも落ち着いたらしい。

 そんなスカーレットさんへ、僕の方から伝えておきたいことがひとつある。


「えぇと、話すと長くなるのですが……」


「ふむふむ」


「かくかくしかじか」


「かくかくしかじかって何かな?」


 あ、ダメなのか。これって伝わらないのか。



 ◇



 かくかくしかじかはダメらしいので、改めてちゃんと説明した。


「ダンジョンマスター?」


「そうなんです。地元でダンジョンをやっています」


 何やら『地元で農業やっています』とか『地元で飲食やっています』みたいな言い回しになってしまったが、とりあえずそういうことだ。僕は地元でダンジョンを運営している。

 そのことをスカーレットさんにざっくりと説明した。


「ふーむ……。すごいなアレク君。『召喚』スキルだったりダンジョンマスターだったり、アレク君は珍しい技能をたくさん持っているね」


「いえ、そんなことは……」


 どっちもルーレット産の技能であり、別に僕がすごいわけではなかったりする。

 だもんで、そこを褒められると少し困ってしまう。


「アレク君が作ったダンジョンか。それは気になるね。どんな感じなんだろう?」


「そうですね、なんと言ったらいいか……。まぁいろいろと悩みつつ、試行しこう錯誤さくごしながら作っています」


 やっぱりスカーレットさんは、世界各地のダンジョンを巡ったりもしているのかねぇ。

 ひょっとするとスカーレットさんが体験してきたダンジョンと僕のダンジョンは、ちょっとおもむきが違うのかなって、そんなことも思ったり……。


「あのダンジョンは、私もよく行く」


「へぇ? だとすると、難易度は高めなのかな?」


 一流の冒険者であるジスレアさんが足繁あししげく通うダンジョン。そう考えると、高難易度ダンジョンだと予想するのも道理。

 だがしかし、あのダンジョンは難易度という面だけで見れば、決して高いとは言えないダンジョンであり……。


「何階層くらいで、どんなモンスターが出てくるのかな?」


「今は……六階層かな? 一階層に四つエリアがあるから、全二十四エリアのダンジョン」


「ふむふむ。エリア数自体はそこまで多くないね。モンスターは?」


「モンスター……。最深部では、ホークとか出ていたかな?」


「ホーク?」


「ホーク」


「ん? 普通のホーク?」


「普通のホーク」


「弱くない?」


「弱い」


 ……まぁ弱いな。

 僕とは軽く因縁いんねんがある鳩型はとがたモンスターのホークだが、実際には結構弱い。

 人が転んだ隙を突いてくる、とても卑怯なモンスターではあるが、戦闘力自体は決して高くない。


「そもそもあのダンジョンは、モンスターがあまりいない。全二十四エリアのうち、モンスターが出るエリアは半分」


 そうねぇ。巨大フィールドタイプのエリアと、ワープ装置があるエリアにはモンスターを配置していないため、ジスレアさんの言う通り、半分はモンスターが出ない平和なエリアだ。


「んん? それじゃあジスレアは、なんでそのダンジョンに行くんだ? 普通のホークと戦っても仕方がないだろう?」


「モンスターと戦うことが目的じゃない。――というかあのダンジョンは、その目的で作られていない」


 ……そんなことはないのだけど。

 僕とか普通にレベル上げで通ったりするし……。


「私はダンジョン内の森エリアへ、よく散歩にいく」


「森エリア?」


「森が広がっているエリア」


「え、でもエルフ界とか、ほとんど森だろう……?」


 あ、それね。僕も始めはそう思った。森エリアを作ったとナナさんから聞いて、『周りは森だらけなのに、何故わざわざ森のエリア?』みたいなことを思った。


 でも違う。それは違うんだスカーレットさん。外の森とは違う良さが、あの森エリアにはある。

 あのエリアは良いエリア。別荘を作ってしまうほどに良いエリア。


「モンスターの出ない穏やかな森を歩いていると、のんびりできる。春には綺麗な花も咲く。歩いているだけで楽しい」


「はー、そういうものなのか」


「他にも山登りができるエリアとか、水遊びや雪遊びができるエリア、農業ができるエリアとかもある」


「……農業?」


「そんなふうに、いろんな娯楽を提供してくれるダンジョン。とても良いダンジョン」


「正直聞いただけでは理解が及ばない部分もあるけれど……なるほど。確かに楽しそうだと思った。私も一度行ってみたいね」


「いつか来るといい。きっと楽しい」


 といった感じで、僕のダンジョンを絶賛してくれるジスレアさん。

 嬉しいね。そうまで褒めてくれるのは、本当に嬉しい。


 しかしながら、巨大フィールドエリア以外は全く評価されていないってのも、問題といえば問題か。

 今の話を聞く限り、ジスレアさんもモンスターが出る戦闘エリアへの関心とか全然なさげだし……。


 なんだかなぁ。不殺モンスターや救助ゴーレムの存在により、戦闘エリアでは安心安全な戦闘が可能で、おまけに巨大フィールドタイプの遊べるエリアも完備――ってのが、うちのダンジョンの売りだと思っていたのだけど……戦闘エリアは全然だな。


 まぁ仕方がないことではある。さっきスカーレットさんが言った通り、今更高レベル帯の人達がホークと戦っても仕方ないわけで……。

 つまりあれだ――ホークだ。ホークのせいだ。全部ホークが悪い。





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