第409話 瘴気


 ――ようやく旅が再開した。

 僕はどうにかスカーレットさんに退いてもらい、ヘズラト君に騎乗。手を振るカークおじさんに見送られながら、みんなと一緒にラフトの町を目指して進んでいた。


 そんな中、隣を歩くスカーレットさんと雑談を交わしていたのだけど――


「レッドドラゴンの強いやつなんだ」


「レッドドラゴンの強いやつ……」


 話題は、スカーレットさんがめている真っ赤な革のグローブについて。

 格好良い指抜きグローブが気になって、素材について尋ねてみたところ、『レッドドラゴンの強いやつ』との回答が得られた。


 レッドドラゴンの強いやつ。おそらくは、レッドドラゴンの上位種とかのことだろう。

 ボアの上位種であるワイルドボア。歩きキノコの上位種である走りキノコ。そんな感じでレッドドラゴンにも上位種がいて、そのことを言っているのだろう。


 なんだか想像もつかない世界だ。レッドドラゴンの時点で想像がつかないというのに、さらにその上とは……。

 どんな感じなんだろう。もはや考えるだけでちょっと怖い。


「あ、でもそれでグローブを作ったということは、それまではどうしていたんですか?」


「それまで?」


「例えば、そのレッドドラゴンの強いやつと戦っているときは、どんなグローブを使っていたんでしょうか?」


「素手だったかな?」


「…………」


 素手で殴り殺したらしい。レッドドラゴンの強いやつを、素手で……。


 ……まぁ、それでこそ撲殺勇者スカーレットさんなんだろうな。

 なんかもう、そんな芸当ができる人はグローブとかいらない気もするけど、一応は攻撃力がアップしたり、拳を保護できたりするのかな……。


 といった感じで、僕とスカーレットさんが取り留めのない会話をしていると――


「今日はここまでにしよう」


 ジスレアさんから、そんな宣言がなされた。

 今日はここまで。新生アレクパーティの初日は、ここで終了らしい。


 ――アレクパーティだ。

 勇者パーティとか聖女パーティとか大ネズミパーティとか、いろいろと候補はあったけれど――アレクパーティ。

 僕が旅をすることが目的のパーティなのだから、アレクパーティ。みんなには申し訳ないけれど、それでいかせてもらう。


「それじゃあ今日はここまでということで、今日もありがとうねヘズラト君」


「キー」


 ここまで乗せてくれたヘズラト君に感謝してから、僕はヘズラト君からサッと下乗した。

 さすがにスカーレットさんほどではないけれど、なかなか格好良く下乗できたはずだ。


「じゃあ私は夕食の準備を始める」


「僕はテントを建てますかね」


「私はヘズラト君と遊んでいようかな」


 …………。


 ……え?

 流れでサラッと言われて、一瞬反応できなかった。スカーレットさんは遊ぶつもりらしい……。

 というか、さっきの流れで『私は遊ぶ』と宣言できるスカーレットさんは、なんかむしろすごいな。


「まぁスカーレットに料理は期待していない」


「うん。私は料理があんまり得意じゃない。食べられないほどではないけれど、あんまり美味しくない料理しか作れない」


 なんとも反応に困る料理だね……。もっと漫画やアニメやラノベっぽく、とんでもない料理を生み出してしまうならまだしも、食べられないほどではないのか……。

 ……まぁ現実なんて、そんなもんか。


「そういうわけで、私にできることはない。だったらヘズラト君と遊んでいようかなって」


「そうですか……。じゃあヘズラト君、そういうことらしいんだけど」


「キ、キー」


 すでにスカーレットさんに抱きつかれているヘズラト君。もはや一緒に遊ぶ以外の選択肢もなさそうで、快く了承してくれた。


「ヘズラト君はなんて?」


「大丈夫みたいです。いつもは夕食前に帰ってもらっていたんですけど、今日はそういう流れでお願いしました」


「ん? 夕食前? ヘズラト君は夕食を食べないのかな?」


「ヘズラト君は大ネズミで、一応モンスターなので」


「あ、そうか」


 この世界のモンスターは食事をしないのだが、召喚獣のヘズラト君も一応はモンスターであり、やっぱり食事をしない。


 とはいえ、一緒に居てくれても問題はないはずだが……どうもヘズラト君は、気を遣ってくれているようなのだ。

 食事をしない自分がいたら、僕やジスレアさんが気を遣うんじゃないかと気を遣って、毎回夕食前には送還を願い出ているふしがある。そんな気遣いの達人、ヘズラト君である。


「うーん。ヘズラト君も食べたり飲んだりできたらいいのにね」


「そうですねぇ」


 それは僕も思う。まぁヘズラト君的には食べないことこそが普通の状態なわけで、案外羨ましいって感覚は持ちにくいのかもしれないけれど。


 そんなことを話しながら、なんとなくスカーレットさんと一緒にヘズラト君を撫でていると――


「キー」


「ん? あ、うん。それはまぁ…………え、そうなの?」


 ヘズラト君からの意外な告白。なんと、そんな感じなのか……。


「どうしたのかな?」


「なんでもヘズラト君が言うには、『一応、瘴気しょうきを食べています』とのことです」


 ――瘴気。この世界に漂っているとされる、ファンタジーな謎物質。

 その瘴気を、ヘズラト君は食べているらしい。


「瘴気? あ、そういえばモンスターって瘴気を…………え、でも、食べるの?」


「食べている感覚らしいです」


「そうなんだ……」


 モンスターが瘴気を吸収しているという話は、前に聞いたことがある。

 そもそも動物や植物が魔物化するのは、瘴気を吸収しすぎた結果なのだそうだ。そしてモンスターになってからも瘴気を吸収し続け、いずれは上位種に進化するとかなんとか。

 だがしかし、食事感覚だったとは知らなかったな……。


「キー」


「え、本当に……? そうか、それは確かに食事っぽい……」


「アレク君、アレク君」


「ああはい」


 またもやヘズラト君から衝撃の真実を聞かされた。

 その事実に僕が驚いていると、スカーレットさんに急かされたので、簡潔に通訳する。


「『一概に瘴気と言っても、場所や気候によって違いがあります。個人的に好みの瘴気や、少し苦手な瘴気もあったりします』――とのことです」


「え、本当に……?」


 僕と全く同じリアクションだなスカーレットさん。

 まぁ驚くよね。それを味と言っていいのかはわかんないけど、美味しい瘴気とか不味い瘴気とか、そんなのがあるんだね……。


「なるほどなぁ……。そういうことなら、もっと瘴気が濃い場所にヘズラト君を連れて行ってあげたいな。そうしたらヘズラト君も、美味しい瘴気をお腹いっぱい食べられるわけだ」


「あー、確かにそうですね。それこそレッドドラゴンの強いやつがいるような場所とか、とんでもないご馳走になるんじゃないですか?」


 正直そんな場所に行くのは怖いけど、ヘズラト君を連れて行ってあげたいという気持ち――ヘズラト君に喜んでもらいたいという気持ちは僕にもある。


 あ、あとあれ、瘴魔の刻。あのときにヘズラト君がいたらよかったのにね。

 あれも瘴気が濃くなっていたらしいし、ヘズラト君がいたら大喜びだっただろうに。


「キー」


「え?」


「キー」


「あ、すみません」


 ……ヘズラト君の言葉を聞き、思わず謝ってしまった。


 ヘズラト君いわく――


「『濃ければいいというものでもないです』――だそうです」


「あ、違うのか。奥が深いな……」


「そうみたいですね……」


 濃ければそれだけ美味いんだろう――そんなふうに短絡的に考えていた……。

 その考えを、ヘズラト君に軽くたしなめられてしまった。それは違うと、ぴしゃりと断じられてしまった……。


 瘴気の味について、一家言いっかげんあるような雰囲気のヘズラト君。

 案外ヘズラト君はグルメなのだろうか……。





 next chapter:せまい!

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