第410話 狭い!


 新生アレクパーティ。再出発初日の夜。

 テント設営が終わり、食事も終わり、シャワーも済ませ、就寝の時間となった。


 ――就寝である。

 そして――テントはひとつである。


 つまり僕達三人は、同じテントで寝ることとなる。

 いやはや、これはちょっとドキドキしてしまうね。美人に挟まれての就寝。ドキドキだ。

 というか、さすがに三人ではテントもちょっと狭めなので、それもまたドキドキ感を増幅してしまう。


「むむ! なんだか恥ずかしい!」


 というわけで、スカーレットさんも恥ずかしがっている。もじもじと照れくさそうにしている。


 まぁスカーレットさんが恥ずかしがっているのは、みんなで一緒に寝るからって理由ではないらしいのだけど……。

 スカーレットさんが恥ずかしがっている理由、それは――


「パジャマ姿を見られるのは、なんだか少し恥ずかしい!」


 ……との理由らしい。


 この言葉通り、スカーレットさんはパジャマを着ている。

 ゆったりとした薄いピンク色の長袖長ズボンの上下。スカーレットさんのパジャマらしい。


 というか、パジャマを着るのか……。

 野営だというのに、しっかりパジャマを着込むのか……。


「スカーレットは昔からそう。どんな危険な場所での野営も、寝るときは必ずパジャマを着ていた」


「そうなんですか……」


 それはまた、ずいぶんとこだわりが強いようで……。

 とりあえずこの辺りは危険な場所でもなく、出てくるモンスターも弱いものばかりなので、それくらいの余裕を見せても問題のない場所ではあるが……。


「どうにも恥ずかしいので、そう熱っぽい視線を送らないでくれたまえアレク君」


「はぁ……。すみません……」


 送ってたかな……?

 ……いや、なんだかんだスカーレットさんも美人さんなので、パジャマ姿でもじもじする美人さんがいたら、無意識のうちに熱っぽい視線を送っていてもおかしくはない。

 とはいえ、野営でパジャマっていうシュールさに、熱っぽい視線というよりかは、懐疑的な視線を送ってしまった気もするけど……。


「でもパジャマだと、急にモンスターが現れたとき大変だったりしませんか?」


「それは確かにそうだね。特に一人で旅をしているときとかは、やっぱりちょっと大変かな」


 一人旅でもパジャマなのか……。


「さすがに着替える暇がなくてね。なにせ私は索敵さくてきが苦手だから」


 それなのに、パジャマは着用したいのか……。


 さておき、今少し気になる発言があった。それは――スカーレットさんの索敵について。

 スカーレットさんは、索敵が苦手らしい。


 うん。それはたぶんそうなんだろうと思っていた。カーク村周辺で狩りをしたときも、索敵はカークおじさんに頼りっぱなしだったし。


「えっと、こんなことを聞いていいのかわかりませんが……どのくらい苦手なんですか?」


「ん? んー、そうだなぁ、大体……」


 そう呟きながら、スカーレットさんはおもむろにテントの入り口をめくって、辺りを見回す。

 そして、ある一点を指差した。


「あれ」


「はい? なんですか?」


「あの石」


「あぁはい。石がありますね。ちょっと大きめの石が」


 テントから四メートルほど先だろうか。石がある。


「私が索敵できるのは、あの距離くらい」


「えっ」


 えぇと、それはつまり、スカーレットさんの索敵可能範囲は……半径四メートルってこと?


 ……せまっ! 範囲狭っ! 狭いな! それは狭い!


 えぇ? ちょっとびっくりだ。まさか、そこまでしか索敵できないとは……。

 いや、『索敵』スキル未取得で、当たったり外れたりの『索敵』スキルレベル0の僕が偉そうに言える立場ではないけれど、それにしても驚いた。


「それは、大丈夫なんですか? それでいて一人旅でパジャマ着用とか、危なくないですか……?」


「結構大丈夫かな。どうしても気付くのが遅れて、ちょっと慌ただしい感じにはなっちゃうけど、普通に対応できる」


「そうなんですか……。寝ていてもですか?」


「急いで起きて、テントから出て、ぶん殴るくらいはできる」


「だいぶ慌ただしいですね……」


 でも、間に合うことは間に合うのか……。

 なるほどなぁ。拳ひとつであらゆる敵を撲殺するスカーレットさんだし、そこまで接近されていても、別に問題はないのか。


『拳の間合い(半径四メートル)までで十分。つーかこれが限界』


 ――なわけだ。


「まぁスカーレットさんは、その身一つで戦える人ですしね」


「うん。さすがに着替える暇もなくて、グローブを付けている余裕もないけど、素手でも全然大丈夫」


「全然大丈夫ですか……」


 哀れグローブ。哀れレッドドラゴンの強いやつで作ったグローブ。


「それはそうと――アレク君こそ、その格好で寝るつもりなのかな?」


「はい? 格好ですか?」


「その仮面」


 あー……。そうか、仮面か。

 カーク村にいるときから日中はずっと付けていて、もはや顔の一部と言っても過言ではない僕の白ドミノマスク。

 今現在も着用しているわけだが……はて、これはどうしたものかな。


「付けたまま寝るのかな? もしかしてアレク君は、カークおじさんと一緒に寝るときも付けていたのかな?」


「一緒に寝ていたわけではないですけどね……」


 その言い方は、ちょっと語弊ごへいがある。

 一緒の部屋では寝ていたが、一緒に寝ていたわけではない。


「とりあえずカークおじさんの部屋では――これを付けていました」


「ん、それは――」


「アイマスクです」


 アイマスク。メイユ村にいるとき、母に作ってもらった布製のアイマスクだ。

 人界では基本的に顔を隠す生活になるだろうと予想した僕は、ひょっとしたら必要になるかもと思い、母にお願いして作ってもらっていた。


 そんなアイマスクだが、カークおじさん宅滞在中、早速役に立った。

 これのおかげで、夜中起きたカークおじさんがうっかり僕の顔を見てしまい、朝まで硬直――なんてことにならずに済んだのだ。


「さすがに寝るときまで木製の仮面を付けたくないですからね。仮面を外して、こっちを付けていました」


「ふむ」


「では、ちょっと付け替えますね」


 僕は顔を見られないようスカーレットさんに背を向けてから、仮面を外そうとして――


「……え、なんですか?」


 何やら後ろから、スカーレットさんに肩をガシッと掴まれた。


「ときにアレク君。――そろそろいいんじゃないかな?」


「何がですか……?」


「そろそろ私に――素顔を見せてくれてもいいんじゃないかな?」





 next chapter:絶対イケメンなんかに、負けたりしない!!

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