第408話 さようならカークおじさん。ダメだったら、また一ヶ月後に逢いましょう
カーク村に到着してから――二ヶ月。
二ヶ月経過し、ようやく次の目的地に向けて出発する日がやってきた。
なんやかんや長いこと滞在していたもので、カーク村にも知り合いがそこそこできた。
今日はその人達と、お別れの挨拶なんぞをして過ごしていた。
「いやしかし、大人気ですねヘズラト君は」
適当に村の中を練り歩き、みんなに挨拶をして回っていたのだけど、カーク村の人達が別れを惜しんでいるのは、もっぱらヘズラト君だ。
ヘズラト君の周りにはすぐに住民が集まってきて、
「私は勇者なのになぁ……」
……隣ではスカーレットさんが、ヘズラト君の人気に嫉妬していた。
勇者様や聖女様よりも人気の大ネズミ君である。
あるいは僕達のパーティは、勇者パーティでも聖女パーティでもなく、ましてや木工師パーティであろうはずもなく――大ネズミパーティなのだろうか。
「まぁヘズラト君は賢くて可愛らしいですから、人気が出るのも頷けます」
「それを言ったら私だって、可愛らしい女の子の勇者なのに」
「あ、はい」
女の子……。
「……えぇと、もちろん勇者様に対する尊敬だったり憧れだったりはあると思うのですが、いかんせんスカーレットさんはこの村に来て日が浅いですし、まだ遠慮みたいなものがあるんじゃないかと」
「なるほど。やっぱり恐れ多いと思ってしまうものなのかな?」
「そういうものなんでしょう」
「ふむふむ。それなら仕方ないか」
「仕方ないのですよ」
といった感じで、それとなくスカーレットさんをフォローしてみた。
でも正直なところ、僕的にはスカーレットさんを恐れ多いと思ったことは、あんまりないかなって……。いや、うん、それはもちろん良い意味でね?
旅が始まったら、また違う印象をもつのかもしれないけど、とりあえず二週間一緒に生活をしてきた感じだと、恐れ多い感じもあんまりしなくて……。
それどころか、尊敬や憧れもあんまり……。いや、うん、良い意味で。
なんというか――良い意味で、親しみやすい性格をしていると思うんだ。
うん。親しみやすい勇者様。良い意味で。
◇
挨拶回りが終わった後、僕達は村の外れ――村を囲う木柵の前までやってきた。
二ヶ月間滞在していたカーク村とも、いよいよお別れである。
「……では、カークおじさん」
「ああ、なんだか寂しくなるな」
見送りに来てくれたカークおじさんとも、ここでお別れだ。
寂しいね、僕も寂しい。なにせこの二ヶ月は、カークおじさんと一緒に過ごした二ヶ月でもあった。
二ヶ月前に突然家に押しかけた僕達を、カークおじさんは暖かく迎えてくれた。
それから今日まで部屋を借してもらい、部屋が足りなくなったらカークおじさんの私室まで侵食して、毎日食事を作ってもらって、それでいて滞在期間も告げずに、ダラダラと二ヶ月間も……。
思い返せば、自宅前に無許可でテントを張ったり、メイユ村ペナントを押し付けたり、ヘズラト君の上に乗せて村を練り歩いてもらったりと、そんなこともあったっけかな……。
……家賃だけはしっかり払っていたとはいえ、ここまで好き勝手振る舞った僕達に対して、『寂しくなるな』と言ってくれるカークおじさんは、どれだけの聖人なのだろう。
「本当にお世話になりました。もう本当に……」
「いいさ、俺も楽しかった。元気でなアレク」
「はい、ありがとうございます」
そんな感じで、カークおじさんは最後まで優しかった。
優しいカークおじさんとお別れしたら、いよいよ旅も再開。
僕達は、これからラフトの町を目指して進むつもりだ。ラフトの町はカーク村から二週間ほどの距離にある。
というわけで――
「ダメだったら、一ヶ月くらいで帰ってきます」
「えぇと……。それは、なんと言ったらいいか……」
世界旅行の際、今まで僕はいろんな人に『では、また二年後に!』みたいな挨拶をしてきた。
しかし、いい加減そんなこと言える状況でもなくなってきた。今までが今までだったため、その言葉を信じてくれる人もだいぶ少なくなってしまっただろう。
正直僕自身、あんまり信じられなくなっている……。
というわけで、ダメだったら一ヶ月。
カーク村とラフトの町で、往復一ヶ月だ。ダメだったら一ヶ月ですぐに帰ってこよう。そして優しいカークおじさんに愚痴でも聞いてもらおうかね。
「とはいえだ、今回は勇者様もいるし大丈夫じゃないか?」
「……なるほど」
カークおじさんは、スカーレットさんに対する憧れや尊敬の念が深い。未だに深い。
ここしばらくの滞在で浅くなったりしないか心配していたのだけど、未だに深いらしい。
「カークおじさんの言う通りだ。何も心配することはない。さすがはカークおじさん。良いことを言う」
カークおじさんに慕われて、スカーレットさんはご満悦のご様子。
まぁねぇ。一応そのためのスカーレットさんなんだよね。旅が上手くいくよう、秘策としてジスレアさんが呼んだのがスカーレットさんなわけだ。
長い時間を掛けた秘策だし、準備をしてくれたジスレアさんのためにも、やる気満々のスカーレットさんのためにも、上手くいってほしい気持ちは僕にもあるが、果たしてどうなるか……。
「まぁ、とりあえず行ってきます。スカーレットさんに期待しつつ、とりあえず行ってきます」
「頑張ってな。時期はともかく、また会える日を楽しみにしているよ」
「ありがとうございます。――では、そろそろ出発します」
「ああ、それじゃあ、またなアレク」
僕はカークおじさんと握手をして、お別れの挨拶を交わす。
「今までありがとうカークおじさん、また」
「さらばだカークおじさん、いつかまた」
続いてジスレアさんとスカーレットさんも、カークおじさんとお別れの握手を交わす。
こうまで『カークおじさん、カークおじさん』と連呼されていることに関して、今更ながら申し訳ない気持ちになったりもする。
「キー」
「またな、ヘズラト。……ヘズラトはふかふかしてるなぁ」
最後にカークおじさんがヘズラト君と抱擁を交わしたところで、お別れも済んだ。
手を振るカークおじさんに見送られながら、僕らは木柵を超える。
さて、それじゃあいよいよ出発だ。
ずいぶん長いことのんびりしてしまったけれど、これからまた旅が始まる。
――僕達の冒険は、これからだ!
「じゃあ行こう。今回もよろしくね、ヘズ――」
いつものように、僕がヘズラト君の背中に乗せてもらおうとしたところ――
ヘズラト君には、すでにスカーレットさんが騎乗していた。
え、いや、ちょっと……。
そこ、僕の席なんですけど……。
「ダメだろうか?」
「ダメっていうか……」
「私もヘズラト君に乗って旅がしてみたい。ダメかな?」
「そう言われましても……」
えぇと……いや、別にいいけどね?
ちゃんと僕が歩くペースに合わせてくれるんだよね? 置いていったりしないよね?
その辺りが大丈夫なら、僕としてはヘズラト君の背中を譲っても構わない。
進むペースが多少遅くなってもいいのなら、僕は別に自分の足で歩いても――
「ダメ。それだとペースがあまりにも遅くなりすぎる」
「それはそうだけど……」
ダメらしい。ジスレアさん曰く、『多少の遅れ』ではなく、『あまりにも遅くなりすぎる』とのことだ。
それに対してスカーレットさんも、『それはそう』という見解らしい。
そこまでかな……。僕は別にそこまでだとは思わないけれど……。
「ふむ。――それならジスレアがアレク君を運べばいいんじゃないかな?」
「私?」
「ヘズラト君には私が乗るから、アレク君はジスレアに背負ってもらって、それで進めば――」
「それはダメだと、アレクに断られた」
「え? いや……え? 冗談のつもりだったんだけど、本気で検討していたのか……?」
……
うん。確かにジスレアさんは本気で検討している様子だった。本気で却下させてもらったけど。
「そういうわけで、ダメ。早くヘズラトから降りるように。どうしてもと言うのなら、私がスカーレットをおぶってもいい」
「それは意味がないだろう……」
「意味がない? 意味がないというのは、少し心外。私は『騎乗』スキルも持っているし、ヘズラトに負けていない」
「なんの話だ……。いったい何を張り合っているんだジスレア……」
といった具合に、出発直前にも関わらず、ジスレアさんとスカーレットさんが謎の話題でぐだぐだと揉め始めてしまった。何やら先行きがだいぶ不安である。
まいったな……。これから一緒に旅をする仲間なのだし、とりあえず二人には仲良くしてほしい。そして、とりあえず出発したい。
すぐそこで所在なさげに手を振り続けているカークおじさんにも悪いので、できたら早いとこ出発したい。
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