第406話 勇者の威光


 カークおじさん宅、リビングにて――


「そういえばアレ、どうします?」


「ん? あー、アレか……」


 ふと目に入った例のアレ――リアルディース神像について、カークおじさんに話を振ってみた。


 一週間前に完成し、カークおじさんにも披露ひろうしたディース神像だが、その直後にスカーレットさんが家に到着したため、なんとなく話題が流れ、そのままになっていた。

 ――そのままリビングの棚の上に放置されてしまっていた。


「もう置かれてから一週間ですか。だいぶ部屋にも馴染なじんできた感がありますが」


「アレに馴染まれても、なんだかな……」


 確かにインテリアにしては、ちょっと難ありなデザインな気がしないでもない。どうしても扇情せんじょうてきな見た目をしているからねぇ。


「……あれ? というか、一週間ですよね?」


「ん? そうだな、置かれてから一週間だな」


「ちょうどその日にスカーレットさんが来たので……つまりスカーレットさんが到着してから一週間ですよ?」


「まぁそうだな」


「旅の出発はどうなったんですか……?」


「それを俺に聞かれても……」


 なんだこれは。いったいどうなっているんだ。

 僕達はこの家で、秘策である勇者スカーレットさんの到着を待っていたはずだ。そして実際にスカーレットさんが到着したというのに……今はなんだ? なんの時間だ? 何をぼんやりと、いつの間にか一週間経過しちゃっているんだ?


「そりゃあ僕もこの家での生活に馴染んでしまい、『もうしばらく、このままダラダラしたいかな』なんてことを考えていたふしはありますが」


「そんなことを考えていたのか……。まぁ薄々察してはいたが……」


 バレていたらしい。――さておき、そうであるからこそ僕は危機感を覚えていたはずだ。

 このままでは、本当にもうしばらくダラダラしてしまう。そして『もう少し、もう少し』と、際限なくダラダラし続けてしまう危険性が……。


「まぁ俺としては構わないけどな。家がにぎやかになって楽しんでいるよ」


「そう言っていただけるのはありがたいですが……」


「それに勇者様が家に泊まってくれるなんて光栄なことだろ? 何度か狩りにも連れていってもらえたし、むしろ俺の方こそ感謝したいくらいだ」


「はぁ……」


 そうまで言われちゃうと、本当に居続けてしまいそうだ……。

 ある意味恐ろしい。恐るべしカークおじさんの優しさ。恐るべしカークおじさん宅の実家のような安心感……。

 もはや僕達三人は、カークおじさん宅から抜け出せなくなってしまいそうである……。


「……とりあえず、あとでジスレアさんとスカーレットさんと話して、スケジュールの確認をしておきます」


 思えばスカーレットさんの滞在は、『着いたばかりですぐに出発は大変だろう』ってところから始まった気がする。一応はその辺りのことも聞いておこう。

 一週間休んで、だいぶスカーレットさんも英気を養うことができたはずだ。基本的には家の中でゴロゴロしているだけのスカーレットさんだし、だいぶリフレッシュは済んだと思う。


「それはそれとして、それより今は――これです」


 僕は棚の上に置かれっぱなしだったディース神像を回収し、テーブルの上に置いた。


「適当に棚の上に放置ってのは、なんだか創造神様にも申し訳ない気がします」


「それはそうかもな」


 なにせ創造神様だからねぇ。そんなディースさんの神像を雑に扱うのも、あんまりよくない気がする。


「それっぽい神像専用の棚――神棚でも作りますか? 作りますよ?」


「うん?」


「あ、もちろんカークおじさんが許可してくれたらですけど、簡単な神棚を壁の上部辺りに――」


「いや、待ってくれアレク。そもそもその像は、俺の家に置くのか?」


「え? あっ……」


 ……そっか、そういえばそうだった。部屋にも馴染んでいたもので、もうすっかりカークおじさんの私物みたいな感覚でいた。

 よくよく考えると、別にそういうことでもなかった。プレゼントしたわけではなかった。


「では改めて――もしよければカークおじさんにプレゼントしますが?」


「ん? うーん……」


 ずずずいっとテーブルのディース神像をカークおじさん側に押し出すが――当のカークおじさんは微妙な顔をしている。


「ふむ。いりませんか?」


「創造神様の像をいらないって言うのも、なんだか罰当たりな気もするが……。とはいえ、これを家に飾るのは……」


「確かに見た目はだいぶ扇情的な像ですからね」


「創造神様の像を扇情的って言うのも、なんだか罰当たりな気もするが……。とはいえ、でもなぁ……」


 ふむ。どうしたものかな。カークおじさんはいらんと言う。

 それなら普通に僕が持っていてもいいのだけど……。


 でも、それよりは――


「でしたら、この村の教会に寄贈してきましょうか」


「……教会に?」


「ここの教会には神像もなかったことですし、ちょうど良さそうです。それにこの神像は、この村の木材を使って作った物ですからね」


 せっかくなので、カーク村で新たに木材を買ったのだ。

 前回この村に来たときも木材は買わせてもらったが、あれらはすでに全部使ってしまったので、今回新しく買ってきた。創造神様用ということで、お店にあった木材の中でも一番良い物を選んだ。


 僕が自分で選んだのだが、材木屋のおじさんも『お前さん、見た目は怪しいが目利きは確かだな』と褒めてくれた。

 見た目うんぬんはさておき、そこを褒められて嬉しかった記憶。


「カーク村の木材を用い、カーク村で作った創造神像。それならばカーク村に置かせてもらい、カーク村の人達に愛されてほしいと僕は思ったのですよ」


「なるほどなぁ。……でも、受け取ってもらえるかな?」


「はい? どういうことですか? そりゃあエルフが作った創造神像なんていう、ちょっと謎の代物ではありますが、再現度だけならどこの物にも負けていませんよ?」


「そうじゃなくて、なんというか見た目がな……」


 見た目……。見た目かぁ……。


「……なるほど、やはり教会でもそこがネックになってきますか」


「むしろ教会とか、一番そういうのを気にするだろ……」


 確かにそうかもしれない。確かに教会には少しそぐわない雰囲気の像かもしれない。

 ……まぁ置いてもらったら、男性の礼拝者とか微妙に増えそうな気がしないでもないけど。


 はて、どうしたものか。これだと教会は受け取ってくれず、飾ってもくれないかもしれない。

 どうしよう。何かないか、何か良い方法はないものか……。



 ◇



 いろいろと悩みつつ、僕はディース神像を抱えて教会へ行ってきたわけだが――


「勇者の威光いこうが示された」


「そうですねぇ……」


 教会からの帰り道、何やら自慢げにそんなことを言う勇者スカーレットさんに、僕は生返事を返した。


 カークおじさんの予想通り、やはり教会のお爺さんには渋られてしまった。

 まぁそうだわな。謎のエルフが持ってきた謎の像を突然教会に置けと言われても、そりゃあ教会だって困るし、そりゃあ拒否もする。


 一応はそれを見越していた僕は、秘策として――――勇者スカーレットさんに同行してもらった。


 そうして示された勇者の威光。

 スカーレットさんは教会のお爺さんに――


『私は勇者なんだが?』


 ――との言葉を掛けた。

 それに対し、お爺さんは――


『え? あ、いえ、その…………はい。そういうことでしたら……』


 といったやり取りがあり、教会はディース神像を受け入れてくれた。


「ちゃんと飾ってくれるそうだ。よかったねアレク君」


「はい……。ありがとうございます……」


 でもこれは、僕がお願いしたこととは微妙に違うのだけど……。

 ディース神像は、創造神様を忠実に再現した由緒正しき神像だと、そういうことを勇者様に証言してほしかっただけなんだ。


 僕は別に、こんな恫喝どうかつじみたやり方をするつもりはなかった……。





 next chapter:新生アレクパーティ、始動

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