第405話 ボクサー勇者


 狩りに向け、カーク村を出発した僕達四人パーティ。

 スカーレットさんを乗せたヘズラト君と、それを追って走る僕とカークおじさん。


 そして早々に僕の体力や脇腹が限界を迎え、へばったり、へたり込んだりしながらもモンスターを探し続け、しばらく彷徨さまよっていると――


「ん、いたな」


「おっと、どこかな?」


「え……? あ、えぇと、あっちの方角に」


「ふんふん。やるねカークおじさん」


「あ、はい。ありがとうございます」


 ――ふむ。微妙に気になるやり取りだったな。

 カークおじさんが索敵によってモンスターを発見したのだが、スカーレットさんはわからなかったらしい。

 超高ランク冒険者であるはずのスカーレットさんだけど、索敵は案外苦手なのだろうか?


 まぁ僕の索敵だって見当外れなことが多いし、実際今のモンスターもわからなかった。僕が偉そうなことを言える立場ではないのだけど、少し意外な場面であった。


 さておき、カークおじさんが指差した方角に向けて、目を凝らすと――


「『ベアー』ですね」


「おー、よく見えるな。さすがはエルフ」


「いえいえ、それほどでは」


 前方に見えるは、熊型のモンスター、ベアー。

 ……英語にしただけじゃないかと言われそうだが、そういう名前なのだから仕方がない。


「よしよし。それじゃあ私の出番だね」


 そう言って、スカーレットさんはヘズラト君から下乗した。

 くらに手をつき、両足を上に伸ばして逆立ち状態になってから、ヒラリとヘズラト君から下乗した。ヘズラト君はビックリしている。


 うぅむ、格好良い……。

 鞍馬あんばかな? どことなく鞍馬っぽい動きだった。鞍馬の降りる技みたいなやつ。非常に格好良い下乗の仕方だった。

 常日頃から格好良いヘズラト君の乗り降りを研究している僕からすると、見逃せないシーンであった。


 ……いやしかし、果たして今のを僕が真似できるだろうか?

 正直失敗する未来しか見えない。手を滑らせて背中から地面に叩きつけられるか、下手したら頭から地面に突き刺さる。

 高い『器用さ』でなんとかなるか……? でも、『素早さ』が足りなそうで……。


「それじゃあ、あの熊さんをやっつけてこよう」


「あ、はい。お願いします」


 鞍馬はさておき、いよいよスカーレットさんの戦闘シーンを拝めるらしい。

 スカーレットさんもやる気満々だ。握った両拳を顔の前に構え、勇ましいファイティングポーズをとっている。「シュッシュッ」と言いながら、えらく鋭いワンツーを放ったりもしている。


 なんだかこうして見ると、まんまボクサーだな。ボクサースタイル。ボクサー勇者。


「でも、どんな感じで倒そうか? バーッて行って、ドーンって一撃で倒すこともできるけど?」


「バーッて行ってドーンですか……」


 擬音だけで表現されてもな……。

 まぁなんとなくはわかるけれど。


「カークおじさんはどうですか?」


「んー、どうだろうな。正直なところ、勇者様の戦いが見られるというだけで、それだけで俺はもう……」


「なるほど」


 見られるだけで、カークおじさんはもうどうにかなってしまうらしい。


「では、僕の希望を話してもいいですか?」


「うんうん。なんだろう?」


「できたら、テクニカルな感じでお願いしたいです」


「テクニカル?」


「テクニカルな感じで、華麗な感じで」


「ふむふむ」


 せっかくなのでリクエストしてみた。

 華麗に格好良く戦ってもらいたい。蝶のように舞い、蜂のように刺してもらいたい。そんな戦いを見てみたい。


「なるほどなるほど。よし、それでいってみようか」


「よろしくお願いします」


「うんうん。任せてくれたまえ」


 そう言って、スカーレットさんは革グローブをめた両の拳をガシガシと合わせてから、意気いき揚々ようようとベアーへ向けて歩き始めた。


 そして僕とカークおじさんも、その後をそろそろと付いていく。


「ついにだな、アレク」


「そうですねぇ」


 集中しているスカーレットさんの邪魔にならないよう、こしょこしょと小声で会話を交わす僕とカークおじさん。


 それにしても、やっぱりちょっと心配になってしまう画だね。

 以前ユグドラシルさんがウルフを倒したときもそうだった。犬に向かっていく幼女の画には、どうしても心配を覚えてしまった僕だけど……熊に向かっていく女性の画も、なかなかに怖いものがある。


 そうこうしているうちに、ベアーはこちらを認識し――


「ぐるるー」


 後ろ足で立ち上がり、唸り声を上げるベアー。

 立ち上がった体長は150センチ程だろうか。そこまでの巨躯ではないが、なんせ見た目が熊なので、やっぱり怖い。


 ちなみにだが、ベアーは僕でも倒せるモンスターだ。弓ならば『パラライズアロー』で難なく封殺できるし、剣や槌でも一応は討伐できる。……でもやっぱり接近戦は怖い。熊なので。


 そんな感じで僕がハラハラしながら見ているうちに、スカーレットさんとベアーは、あと数歩で触れ合う距離まで近付いた。

 前足をもたげて、今にも鋭い爪で襲いかからんとするベアーと、顔をガードするように両手を構えるボクサースタイルのスカーレットさん。


 緊張感のある距離だ……。

 僕達が固唾かたずを飲んで様子を見守っていると――スカーレットさんが動いた。


 鋭く、それでいて軽やかな踏み込みだった。一瞬で距離を潰したスカーレットさんは、ベアーと肉薄する。

 単にスピードが速いってだけではなかった気がする。タイミングなのか呼吸なのか、動き自体は目で追える速度だったのに、気が付いたらベアーの目の前に出現していた。そんな不思議な錯覚を起こさせるステップだった。


 そうしてスカーレットさんはベアーに張り付いた。きっとこの間合いは、スカーレットさんの間合いなのだろう。スカーレットさんがなんでもできる間合い。

 その中で、スカーレットさんはどう攻めるのか。ジャブなのかフックなのかストレートなのか。


 数多あまたある選択肢の中で、スカーレットさんが選んだものは――


「よっと」


「えっ?」


 スカーレットさんは――左足でベアーの後ろ足を踏み付けた。

 まさかの選択。まさかの足による踏み付けであった。


 足を踏まれたベアーは、つんのめるように体を前に倒し、前足を地面に付いた。

 そして倒れ込むベアーをサイドステップでかわし、ベアーの横にポジションをとっていたスカーレットさんは――


「シュッ」


「えっ……」


 強烈な打ち下ろしの右ストレートを――――ベアーの後頭部に叩き込んだ。

 ベアーは断末魔の悲鳴すら上げず、べしゃりと地面に倒れ、動かなくなった。


「ふふーん。勝ち」


「…………」


 ……は、反則じゃないか!!


 踏みつけから後頭部! これ以上ないくらいの反則コンビネーション!!


「おぉぉ。すごかったなアレク、流れるような連続攻撃だった……」


「はぁ……」


 流れるような反則攻撃だった……。

 いきなり足を踏んで、倒れた相手の後頭部をぶん殴るとか……。なんというダーティファイト。一発でライセンスを剥奪されそうな二発であった……。


「アレク? どうした?」


「あー、でも、そうですよね。僕が間違っているんですよね……」


「うん?」


 ……そうだな。スカーレットさんは悪くない。

 実力差こそ桁違いだが、これは生死をかけた戦い。そこにルールなんてものは存在しない。

 であれば、足を使おうが、どこを殴ろうが、何も問題はない。


 というか、そもそもスカーレットさんはボクサーじゃなかった。

 なんとなくボクシングっぽいものを勝手に想像した僕が悪いのだ。


 ……勝手にボクシングを想像して、ボクシング中継を見ているような雰囲気に浸ってしまったのが失敗だったな。

 応援している選手が、突然とんでもない暴挙に出たような感覚に陥ってしまった。踏んで倒してラビットパンチだからな……。えらいびっくりして、むしろドン引きしてしまった……。





 next chapter:勇者の威光いこう

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