第397話 秘策


 カークおじさん宅に滞在してから、一ヶ月と二週間が経過した。


 もはやこの状況にも慣れてきてしまった。

 むしろ、『もうしばらくは、このままでいいかな……』とか、『もうちょっとだけ、だらだらしたいかな……』などと思うようになってきてしまった。


 だいぶアカン状態だ。自分でもアカンアカンとは思いつつも――やっぱりどうにも怠惰たいだな日々を過ごしてしまう。

 そんな感じで、今日も朝からのんびりと木工作業に勤しんでいた。


「ふむ。完成です」


「ん、おめでとう」


「ありがとうございます」


 同じ部屋でチクチクと編み物をしていたジスレアさんから祝福の言葉を受けた。


「どれどれ」


「ああはい、こんな感じに仕上がりました」


 今回僕が作った木工作品は、とある人形だ。

 僕は完成したばかりの人形を、ジスレアさんに見えるよう正面に置いた。


「……アレクはそういうのが好きなの?」


「違いますって……」


 胸の大きい人形を見て、そんな質問を投げかけてくるジスレアさん。

 そういえば、魔改造を施した新型母人形を初めて見せたときも、ジスレアさんにそんなことを言われた記憶があるな……。


「別に僕の趣味とかではなく、こういうものなんですよ。これが――人族の創造神そうぞうしんぞうなんです」


 人族の創造神像。つまりは――ディース神像だ。

 ディースさんをリアルに再現したために、胸部の厚みがえぐいことになってしまった。

 僕がどうこうしたわけではない。僕の趣味や嗜好しこうを反映したわけではなく、あくまで再現しただけなんだ。


 さておき、出来自体は良いと思う。初めて作ったにしては上出来だ。ディースさんも天界で喜んでいることだろう。


「創造神像……。うん、確かにこんな感じだった気もする。雰囲気は似てる」


「確かジスレアさんも人界で創造神像を見たことがあるんでしたっけ?」


「でも、ここまで大きくはなかった」


「あれ? そうなんですか?」


「人界の教会で初めて目にして、ありえないと思った。アレクの作った人形は、さらにそれを超えている。さらにありえない」


 そんなことを言われてもな……。実際こんなもんでしたよ?


 なんだろうね。人族の教会は逆サバでも読んだのだろうか?

 民が崇める像にしてはセンシティブすぎると、教会側で修正した可能性が?


「ふむ。ちょっと気になりますね。カークおじさんの意見を聞いてみましょうか」


「ん、そうしよう」


 というわけで僕はディース神像を抱え、ジスレアさんと一緒に部屋を出た。


 そして、リビングまでやってくると――


「カークおじさーん。ちょっと見てほしい物が…………なんの作業ですか?」


「ん?」


 カークおじさんが、細長い何かをザルに並べていた。なんだろうあれ。


「ああ、切った大根だな」


「大根」


 大根らしい。


「今日は天気もいいし、干そうかと思って」


「そうなんですか」


 切った大根を干すらしい。

 切り干し大根的なやつになるのだろうか。


「それで、二人とも何か用か?」


「ええはい。ちょっと見てもらいたい物がありまして」


「そうか。じゃあ干してくるから、少し待っていてくれ」


「はーい」


 そんな感じで、カークおじさんは大根が並べられたザルを抱えて外に出ていった。

 いやしかし、マメだなカークおじさん……。



 ◇



「これは……」


 戻ってきたカークおじさんに、ディース神像を見せてみた。


「すごいなアレク。木工技術が優れているのは知っていたが、これほどとは……」


「いやいや、それほどでもそれほどでも」


 褒められて、ちょっと気分がいい。


「暇なときにちょこちょこ作業を進めて、ようやく完成したんですよ」


「はー、大したもんだ」


「ありがとうございます」


 制作日数としては、大体一ヶ月くらいかな。暇な時間を見つけてはコツコツと作業を……まぁここ一ヶ月半ほど、僕には暇な時間しかなかったが。


「それで、カークおじさんはどう思った?」


「うん?」


「私としては――胸が大きすぎると思った」


「え? あー、えぇと……」


 もはや、ちょっとしたセクハラだな。


「この大きすぎる胸を見て、カークおじさんはどう思った?」


「…………」


 完全にセクハラだ。


「確かになんというか……結構なインパクトがあるかもな」


「ほら」


 今度は僕に向かって、『ほら見たことか』と何故か自慢げなジスレアさん。


「いやいや、そんなに問い詰めることもないだろうに」


「そうですよね、僕はただ――」


「まぁ、アレクもそういう年頃なんだろ」


 ……なんだそのフォローは。

 それは違う。それはいろいろ間違っている。そんな間違ったフォローは求めていない。


「そういう年頃?」


「たぶん年頃なんだ。きっと」


「でもアレクは、七歳くらいからこんな人形を作っていた」


「七歳……?」


「七歳の頃から、胸を大きくした自分の母親の人形を大量に作っていた」


「……やべぇなアレク」


 カークおじさんから、やべぇ奴を見る目を向けられてしまった。


「違うんですよ……。母の人形を大量に作ったのも、胸を大きくしたのも、母の希望なんですよ……」


「そんな母親がいるか……?」


 いるってばよ……。


「それでもってこの像は、モデルを忠実に再現しただけなんです」


「モデル? モデルがいるのか?」


「実はこちら、創造神様の像なのです」


「創造神様? ――あ、そうか、確かにこんな感じだったな。へー、なるほどなぁ」


「どうですかね? 比べてみて、結構違いますか?」


「ん? んー……」


 カークおじさんも人界の創造神像を見たことがあるらしいが、実際どうなのか。率直に言って、どんな印象を持ったのか。


「確かにちょっと違うかもな。俺にはそういった芸術的なセンスみたいのもないし上手いことは言えないが、以前教会で見た創造神様は……もうちょっと落ち着いた雰囲気だった気がする」


「なるほど……」


 現実のディースさんは、あんまり落ち着いた見た目はしていないんだけどねぇ。もはや暴力的とも言っていいようなスタイルだから……。


「実のところ、こっちの創造神像の方が正しいんですよね」


「うん? どういうことだ?」


「本物の創造神様の姿を、忠実に再現しているんです」


「本物を再現? 本物ってのはなんだ? まさか創造神様を実際に見たわけでもないだろうに――」


「いえ、実際に見て、話したこともあるんですよ――――ユグドラシルさんが」


 ユグドラシルさんである。

 もちろん僕はディースさんと何度も会って話したことがあるのだけれど、それを言うわけにもいかない。そこで思いついたのが――ユグドラシルさんだ。


 ユグドラシルさんもディースさんに会ったことがあるそうなので、『ユグドラシルさんから聞いた』ということにしてしまえば、僕が精巧せいこうなディース神像を作ってもおかしくはないと、そんなことを閃いたのである。


「ユグドラシルさん――世界樹様は創造神様と知己ちきの間柄なんだそうで、それで話を聞きながら再現したのが、こちらの創造神像です」


「へぁー……。なんだかすごい話だな……」


 そうねぇ。そう聞くと、なんか軽く神話の世界の話っぽい。


「あ、そうだ。ついでにニスも塗りましょうか」


「ん? あぁ、確かに木工作品なら、塗った方がいいかもな」


「では――『ニス塗布』」


「おおぉぉ……!?」


 ふふふ。驚いてる驚いてる。

 今回は普通のニスではなく、リアル系『ニス塗布』を唱えてみた。その結果、とてもリアルなディース神像が完成した。


「す、すごいなアレク。まるで生きているようだ」


「そうでしょうそうでしょう」


 褒められて気分がいい。

 まぁね。僕のニス塗布にかかれば、ざっとこんなもんよ。


「しかし、こう見ると……やっぱりちょっと扇情せんじょう的すぎやしないか?」


「……カークおじさんもそう思いますか?」


 まぁリアルのディースさんは、存在自体が扇情的だから……。


「というか、これが忠実に再現された創造神様なのか?」


「そうなりますね」


「そうか、創造神様は、こんな感じだったんだな……」


 自分の信仰する神様が、とても扇情的でセンシティブな存在だとわかったら、どんな気持ちなんだろう……。

 下手したら、カークおじさんの信仰心が揺らいでしまう可能性も? ……逆に信仰心が増す可能性もあるか?


 僕はどうだったかな? ミコトさんが地球の神様だとわかったとき、どうだったろう? 何を感じただろう?

 当時の状況が状況なだけに、そんなことを考える余裕もなかった気がするが……というか初めて会ったときのミコトさんは、今よりもう少しちゃんとしていたような……?


 と、そんな会話を僕らが交わしている最中――


「こんにちはー。ごめんくださーい」


 家の外から、訪問を告げる誰かの声が聞こえた。


「うん? 客か。すまんな、ちょっと出てくる」


「はーい」


 カークおじさんは立ち上がり、玄関へ向かった。


「はて、カークおじさんのお知り合いですかね?」


「…………」


 カークおじさんが部屋を出た後でジスレアさんに話を振ってみたのだけど――何やらジスレアさんは、真剣な顔で考え込んでいる。


「どうかしました?」


「今の声、もしかして……」


「はい?」


 声? 今来たお客さんの声?


 ふむ。とりあえず僕の印象としては、若い女性の声っぽく感じた。

 よく通る覇気のある声で、なんとなくだけど声の主は美人さんな気がする。そんな予感がする。

 ちょっとカークおじさんに付いていきたい衝動に駆られた僕がいたりもした。


 そんなこともあり、僕達も玄関の方へ耳を傾けていると――


「やぁやぁ。ここがカークおじさんのお宅かな?」


「…………」


 のっけから、なんとも言えないやり取りだな……。

 そりゃあ僕達からすると、ここはカークおじさんのお宅だけれども、『カークおじさん』って名前は、僕達が勝手にそう呼んでいるだけであって……。


 さて、カークおじさんはなんと返すのか……。


「うん? 違うのかな? 村の人にそう聞いたんだが」


「いや、それは…………あぁ、そうだな。その家だ」


 ……カークおじさんの葛藤かっとう諦観ていかんを感じた。

 しばし葛藤し、その後、話を進めるために仕方なく折れたのを感じた……。


 というか、カーク村の人達にも『カークおじさん』で通じるようになってしまったのか……。少し申し訳無さを覚える。


「――やっぱりだ」


「へ?」


 隣でポツリとつぶやいたジスレアさんの声。

 やっぱり? やっぱりとは、どういう?


「ようやく――秘策を披露するときがきた」


「え……」


「彼女こそが、秘策」


 秘策? え、今来た人が? その人が、秘策……?


「えっと、どういうことですか? ジスレアさんの秘策は、この家にあるって話でしたよね?」


「この家に来るよう、手筈てはずを整えた」


 んん……? えっと、それは微妙にニュアンスが違くない? 『この家にある』と『この家に来る』は、ちょっと違くない?


 あ、でも正確には『この家に用意した』とか言ってたっけか? ……それでも微妙にズレている気もするけど。


「しかしジスレアさん、その人が秘策とは、一体どういうことなのでしょう? そもそもどちら様なのですか? ひょっとして、なんかすごい人だったりするんですか?」


「勇者」


「はい?」


「人界の勇者」


「人界の……勇者?」





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