第396話 カークおじさん宅、滞在二ヶ月目


 カーク村に到着し、カークおじさんと再会を果たした僕らは、カークおじさん宅への宿泊許可をもらった。


 それから部屋の掃除をして宿泊の準備を整えてから、お風呂を借りて、さらには夕食をご馳走になった。

 そしてその席で、おもむろにジスレアさんが――


「今回私は、アレクの旅を成功させるために、別の角度で対策を考えた。アレクふうに言えば――秘策」


 ――てなことを言い出した。


「……それは、今までジスレアさんがずっと準備してくれていた、例のやつですか?」


「そう」


 ふむ、その話か……。

 ジスレアさんが、準備に準備を重ねて用意した秘策。その準備に時間が掛かったことで、旅の出発が一年延期になってしまったほどの秘策。


 もしや、ついにその詳細が聞けるのだろうか?

 ジスレアさんの秘策、その内容とは――


「その秘策を――この家に用意した」


「え?」


「え?」


「……え?」


 僕とカークおじさんは、二人揃って『え?』と声を漏らした。

 この家に秘策があると聞き、それに驚いた僕の声と、同様に驚いたカークおじさんの声。そして、カークおじさんまでもが驚いたことに驚いた僕の声だ。


「……カークおじさんも知らないんですか?」


「知らない……」


 知らないのか。カークおじさんは家主なのに……。

 つまりジスレアさんは、人様の家に無断で策を秘めたらしい。どうなのだそれは。


「それでジスレアさん、その秘策というのは――」


「ごめん、もう少し待ってほしい。もうちょっとだけ時間がほしい」


「そうですか……」


 その秘策待ちで一年の時間を要したわけだが、まだ足りんとは……。

 というか、この家にあるんじゃないの? まだなの? 何を待つの?


「そういうわけでカークおじさん、秘策が披露できるそのときまで、家に泊めてほしい」


「それは構わないが……それより秘策ってのはなんなんだ? 一体俺の家に何があるんだ?」


 まぁ気になるわな。そりゃあ気になる。


「それはまだ秘密」


「えぇ……」


 まぁそうだろうなぁ……。ジスレアさんがそう答えるであろうことは、僕には予想できていた。なにせこの一年、僕もそんなふうに焦らされ続けたのだから……。


「……えーと、そのうち俺にもちゃんと教えてくれるんだよな?」


「うん。そのうち」


「俺の家が、何かとんでもないことになったりしないよな?」


「大丈夫」


「そうか……。わかった、それならいい。さっきも言った通りだ。好きなだけ泊まってくれて構わない」


 カークおじさんは、なんて心が広いのだろう……。自宅に謎の策を仕込まれているというのに、それでも快く受け入れてくれるとは……。


 はてさて、そうなるとジスレアさんの秘策が発動するまで、僕達はカークおじさん宅に待機となるわけか。どのくらいかかるんやろね?

 つい今しがた『一週間以内に出発』という計画を立てたばかりなのだけど、どうなるんだろう? 予定通りいくだろうか? 下手すると、ちょっとオーバーしちゃったりするのかな? どうかな?



 ◇



 一ヶ月後。


「……いや、一ヶ月て」


「うん?」


「もう一ヶ月経っちゃいましたよ」


「あー、そうだなぁ」


「こんなに掛かるとは思っていませんでした」


「俺もだよ……」


 カークおじさん宅での秘策待ち。今日でちょうど一ヶ月だ。明日からは二ヶ月目に突入となる。


 まさかなぁ。まさかこれほどの長期滞在になるとは……。

 なんだったら、メイユ村を往復できるくらいの期間をカークおじさん宅で過ごしてしまった。


「どうやらこの状況は、ジスレアさんも想定外だったみたいですけどね」


「そうなのか?」


「少し前に聞いたら、あわあわしながら『ごめんアレク』と謝られたので、何かしら想定外の問題が起こっている模様です」


 そんな様子を見せられたら、僕としても追求しづらい。

 まぁ軽く『何かあったのですか?』とだけ聞いてみたところ、『それは言えない。まだ秘策も教えない』と、やっぱり妙にかたくななジスレアさんだったけれども。


「僕としては、少し心配になってしまいます」


「そうだな、確かに待たされる身としては――」


「ここまで引っ張って大丈夫なのでしょうか? 僕の期待もだいぶ大きくなってしまっています。そんじょそこらの秘策では驚かない危険性があります」


「どんな心配だ……」


 これほどの引き延ばし、もはやハードルが高すぎる。何を持ってこられても驚かないんじゃないかって、そんな心配をしてしまう。


「探し求めて、ようやく見つけた『大秘宝』、その正体は――『仲間との絆』だった! ……なんてことを今更言われても、困りますよね?」


「なんの話だ?」


「いやー、心配です。心配なのです。しかも秘策の披露がいつになるか、依然として未定のままですからね。今日で一ヶ月、明日からは二ヶ月目ですが……このまま三ヶ月、四ヶ月と延びる可能性すらあります」


「四ヶ月……。さすがにもうちょっと早く教えてほしいな……別に驚くような秘策でなくてもいいから」


 あるいはさらに半年、一年、二年と、まだまだ延びていってしまうことも――


「……ハッ!」


「うん?」


「もしや、これこそがジスレアさんの秘策なのでしょうか? このままカークおじさん宅へ二年滞在して、旅のノルマである二年をクリアするという……」


「えぇ……?」


 ひょっとして、そんな可能性もありえるか?

 二年後にジスレアさんから、『すでに秘策は発動している。アレクの旅は――すでに終わっている』とかいう、微妙に格好よさげなことを言われる可能性も……。


「というか、それで二年間旅したことになるのか?」


「え? なりますよね? そりゃあなりますとも」


「そうなのかな……」


 当然そうなるし、もちろん今までの滞在期間も記録に含まれている。

 ここへ来るまでに二週間、そしてここで一ヶ月の滞在。例え今すぐメイユ村に帰ったとしても、これから二週間掛かるわけで――トータル二ヶ月。

 とりあえず世界旅行の記録更新はほぼ間違いないと、その部分ではほくほくしている僕だ。


「それはそうと、申し訳ありません。まさかここまで滞在が延びるとは」


「あー、いや、それは構わない。なんだかんだにぎやかで楽しいもんだ。むしろ二人が出ていったら寂しくなりそうだ」


「それは、はい、僕も寂しくなりそうです。そう言っていただけるとありがたいです」


 この一ヶ月、確かに僕も楽しかった。

 のんびり村の中を散歩したり、村の周辺を散策したり、カークおじさんと一緒に狩りをしたこともあった。


 というか、今現在もカークおじさんと一緒に狩りをしてきた帰りだったりする。僕は大ネズミのヘズラト君に騎乗状態で、カークおじさんと一緒にカーク村を目指して帰宅中だ。


 そんな感じで、僕的には結構充実した一ヶ月だった気もする。


「それよりな、実は俺の方こそ申し訳ない気持ちになっているんだが……」


「はい? 何がですか?」


「家賃のことだ」


「家賃?」


 家賃。まぁ泊まらせてもらっている以上、家賃は払わねばならない。僕もカークおじさんに毎日決まった額を渡している。

 カークおじさんは男性なので、お金を渡すことに喜びを覚えたりはしないのだけど、それでもきちんと払っている。


「えっと、家賃がどうかしましたか? もしかして足りませんでしたか?」


「いや違う。逆だ。その逆」


「逆?」


「さすがに貰いすぎなんじゃないかと思ってな……」


「そうですか? そこまでの額ではないと思いますが」


 部屋を貸してもらって、毎日お風呂も貸してもらえて、食事も出てくる。

 施設の充実した旅館と言っても差し支えないカークおじさん宅であり、そう考えると、むしろリーズナブル。


「確かに大金ってほどの額ではないかもしれないが、それでも一ヶ月毎日だろう? もう結構な額になってしまっているんだ……」


「結構な額が貯まったのなら、それは良いことでは?」


「いやー、でもなぁ、なんかなぁ……」


 カークおじさんは、何やら微妙に後ろめたさや心苦しさを覚えるらしい。なんとも慎み深い。


「――よし、決めた。明日からは、今の半分で頼む」


「えぇ……?」


 家賃が来月から急に半額になるとか、聞いたことがないな……。


「それが飲めないようなら、追い出す」


「えぇ……?」


 家賃を払い過ぎて追い出されるとか、聞いたことがない……。


「そのくらい言わないと、アレクは払いそうだ」


「別に僕も無理矢理お金を渡そうとまでは思いませんが……」


 あるいは相手が女性だったならば、無理矢理にでも渡していたかもしれないけれど……。


「とにかく、そういうわけで頼むな?」


「はぁ……」


 ふーむ。二ヶ月目からは家賃半額か。もしかして、三ヶ月目からはさらにその半額とかになったりしない?

 いや、さすがにそれはいかんな。それはさすがに固辞しよう。そんな感じで減り続けたら、二年後にはどうなってしまうのか。


「キー」


「おっと、着きましたね」


 カークおじさんと雑談を交わしながら進んでいるうちに、カーク村に到着した。目の前には、もはや見慣れた三十センチの木柵。

 僕はヘズラト君から降りて、カークおじさんに声を掛ける。


「ではカークおじさん、お願いします」


「……またやるのか?」


「申し訳ありません。これもヘズラト君のためです」


「もう十分だと思うけどなぁ……」


 そう言いながらカークおじさんはヘズラト君の鞍に手を掛け、ヘズラト君に騎乗した。


「じゃあ、頼むなヘズラト」


「キー」


 そしてカークおじさんは、ヘズラト君に騎乗状態で村の中を進んでいく。


「今のところ作戦は上手くいっていると思われます。この調子で頑張りましょう」


「ああ……」


 カークおじさんによるヘズラト君騎乗。

 これが僕の考えた――『カークおじさんがヘズラト君に騎乗することで、カーク村の人達もヘズラト君に慣れ親しんでもらおう作戦』である。


 やはり僕としては、カーク村の人達にもヘズラト君との友好を深めてもらいたい。

 とはいえ、ヘズラト君はモンスター。一応はモンスター。もしかしたら村人に怖がられてしまうかもしれない。


 そこで考えたのが――カークおじさんだ。

 カーク村の村民であるカークおじさんが、親しげにヘズラト君と触れ合っている様子を見たら、他の村民の警戒心も薄れるのではないかと、そんなことを考えたのだ。

 そういうわけでカークおじさんには、ヘズラト君に騎乗状態で村の中を闊歩かっぽしてもらうようお願いしている。


 そうこうしているうちに、僕達は村の中心部まで進み――ヘズラト君を目にした村人が、わらわらと集まってきた。


 さすがはヘズラト君。人気者だ。

 集まった人達に対し、丁寧にお辞儀をしたり、大人しく撫でられたりと、存分に愛嬌あいきょうを振りまいている。


 そして、そんなヘズラト君の上で、どうしたらいいのか困っているカークおじさん……。

 頑張ってカークおじさん。この作戦の成否は、カークおじさんに掛かっている。


 まぁこの様子を見る限り、確かにヘズラト君はもう大丈夫な気がしないでもないけど……でもまぁ、念のためにもうちょっと続けてみよう。頑張ってカークおじさん。





 next chapter:秘策

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