第395話 メイユパン
「なっ、えぇ……? なんだこれ……」
カークおじさん宅の玄関前にテントを建て、一息ついて、そろそろ夕食の準備でも始めようかといったところで――困惑する誰かの声が聞こえてきた。
突如村内に出現したテントに戸惑うカーク村住民がまた現れたのかと思いきや、その声には聞き覚えがある気もする。
この声はひょっとして――
「カークおじさん!」
僕がテントからひょっこり顔を出して確認すると――そこにはカークおじさんが!
カークおじさんだ! カークおじさんが帰ってきた!
「……え、いや、誰だ?」
「あれ?」
いきなり『誰だ』と、カークおじさんから
なんだろう。想像していたのと違う。僕としては、もう少し感動的な再会になるかと思っていたのに……。
それどころか、軽く不審者を見るような視線すら向けられているような……。
「えっと、僕ですよ。……え、もしかして忘れちゃいました?」
「忘れるも何も、そんな仮面の男、俺は見たことが……」
あ、そうか。よく考えたら今の僕は仮面状態だった。カークおじさんが初めて見る仮面アレク状態だ。
なるほど、それではわからないのも仕方がない。
……というか、自宅前に無許可でテントを張る謎の仮面男とか、そりゃあ不審者扱いもされる。むしろ、どうやったって全面的に不審者だ。
「……あ、もしかしてアレクか?」
「おぉう」
自分のことを不審者だと認めた瞬間に、アレクだと気付かれてしまった。
気付いてくれたのは嬉しくもあるが、なんともやるせない気持ちにもなるな……。
◇
何はともあれ、カークおじさんと再会できた。
僕はカークおじさんに『今から夕食の予定なのですが、一緒にどうですか?』と誘ったところ、『とりあえず中に入ってくれ……』との返答を受けた。
なので僕とジスレアさんはテントを片付け、カークおじさん宅にお呼ばれする。
そうしてリビングに案内されたわけだが――
「実家のような安心感を覚えます」
「そうか……。えっと、それは喜んでいいのか……?」
相変わらず、カークおじさん宅は妙に居心地が良い。なんだかとても落ち着く。
「さて、一体何から聞けばいいものか……。とりあえず気になるのはその仮面なんだが――
「ええはい。さすがに覆面は――いえ、覆面も悪くはなかったと思いますが、いろいろと考えた結果、こちらの方がいいかなと」
覆面考案者のジスレアさんが隣にいるので、少し言葉を選びながら説明する。
「なるほどな、まぁいいんじゃないか? ……それでもまだまだ怪しいが」
「いろいろ作った仮面の中で、たぶんこれが一番怪しくない仮面なのですが」
「一体どんな仮面を作ったんだ……」
ふむ。せっかくだし、後でカークおじさんにも僕の仮面シリーズを見てもらおうかね。
なんならメガネバージョンのアレクも見てもらおうか? カークおじさんの反応を見て、メガネが有効かどうかチェックしてみよう。
「それで……二人は家の前で何をしていたんだ?」
「カークおじさんに会いに来たのですが、あいにくと留守だったようで――それで玄関前にテントを張りました。カークおじさんが帰ってきたとき、絶対に気付いてもらえるように」
「そりゃあ絶対気付くだろうけど……。相変わらずアレクは
テントを建てようと言い出したのは、僕じゃなくてジスレアさんなのだけど……。
そりゃあ確かに僕も二つ返事でテントの設営作業に入ったけれども。
「……まぁいいか。気付けてよかったよ。アレク達もここまで来てテント泊ってのもなんだしな。今日は泊まっていくんだろう?」
「泊めていただけるとありがたいです」
「ああ、もちろん構わない」
「ありがとうございます」
よかったよかった。やっぱりカーク村に来たからには、カークおじさんと会って、カークおじさん宅でしばらくのんびりしないとね。
「お礼というわけでもないのですが、よろしければこちらをどうぞ」
「ん? なんだ?」
「お
僕はマジックバッグからある物を取り出し、カークおじさんに手渡した。
「これは?」
「――メイユパンです」
メイユ村で作ってもらったパン。メイユパン。
「僕達の故郷であるメイユ村、その名が付けられたパンです」
「へー、メイユパンか、有名なのか?」
「…………」
「うん? どうした?」
有名なのかと聞かれたら、別に有名でもなんでもない。
村のパン屋さんに頼んで、日持ちしそうなパンをたくさん作ってもらっただけだ。そもそもメイユパンなる名前も、僕が今この場で付けた。
しかし、ここで『普通のパンです』と答えるわけにもいかない。そんなふうに答えたら、お土産を貰ったカークおじさんもがっかりしてしまう。
「えぇと、なんと言いますか――」
「メイユパンというのは初めて聞いた。有名なの?」
「…………」
僕が答えに
メイユ村に住むジスレアさんが知らないのなら、それはもうどうやっても有名ではないだろうに……。
「……あ、これってもしかして、『カークパン』と似た感じのやつか?」
「…………」
その通りである。似た感じでカークパンとかやっていたのだから、メイユパンだってやっていいだろって、そんな考えで作ったパンである。
「……まぁ、後で食べてみてください」
「ああ、わかった……」
なんでもない普通のパンだけど、試しに食べてみてくださいな。
「とりあえずカークおじさんには、あと三十個ほど渡しますね」
「……は?」
「知人のエルフから貰ったお土産だと言って、配ってくれて構いません」
「構いませんって……」
構いませんので、バンバン配ったってください。
「なんというか、ちょっと数を作りすぎましてね。これから僕も村の人にパンを配るつもりですが、だいぶ余りそうなんですよ」
この村の人達にはよくしてもらったので、何かお返しをしたいと思っていたのだ。それで用意したのが、このメイユパン。
とはいえ、そこまで親しい人ってのもあんまりいない。家を訪ねてお土産を渡せるほどの知人は、あんまりいないのよね。
そういうわけで、どうしても余るんだ。たくさん余りそうなので、たくさん貰ってくださいな。
「そういえばアレクは、パンを配り続ける一年を送っていたんだったか……」
「そういうわけでもないのですが……」
でもまぁ、今もこれからパンをばら撒こうとしているわけで、やっぱりここ一年の僕はそんな感じの日々だったのかな……。
「あ、ついでにこちらもどうぞ」
「うん? ……んん?」
「ペナントです。――メイユ村ペナント」
前回の世界旅行では人界のペナントをいろいろ作って帰ったのだが、どうせならとメイユ村のペナントも作ってみた。エルフっぽく緑色のペナントだ。
「あー、なんかあったな……。この村でもアレクはこんな物を作っていた気がする」
「どうぞ受け取ってください」
「ああ、ありがとう……」
多少困惑しながらも、カークおじさんはペナントを受け取ってくれた。
是非とも壁に貼り付けて、部屋を絶妙にダサい感じにしていただきたい。
「そもそもこれはなんなんだ? もしかしてエルフ界では流行っているのか?」
「……エルフの神、世界樹ユグドラシル様も愛用する代物です」
「え、そうなのか? そうか、実はすごい物なんだな……」
メイユ村にいるとき、ユグドラシルさんにも押し付けてみた。
とりあえず持って帰ってくれたが、実際に愛用しているかどうかは知らない。
ちなみに、ナナさんは愛用してくれている。
カーク村ペナント、ヨーム村ペナント、ローナ村ペナント、スリポファルア村ペナントに続き、五枚目のペナントだ。
……あ、それならルクミーヌ村ペナントも作ってナナさんに渡せばよかったか。
うっかりしていたな。なんたるミステイク。僕としたことが、痛恨の極み。
「とりあえずお土産はこんなところですかね。喜んでくれたらよいのですが」
「……あ、あぁ、嬉しいよアレク。ありがとう」
気を遣っている感がすごい。
「……まぁなんだ。お土産はともかく、こうしてまたアレクと会えてよかった。それは本当にそう思う」
「ええはい。僕も会えて嬉しいです」
「ゆっくりしていってくれ。前回の部屋を貸すから、今日だけ明日だけと言わず、好きなだけ泊まってくれて構わない」
というカークおじさんの温かい言葉。
いやはや、嬉しいじゃあないか。それじゃあちょっと甘えさせてもらおうか。カークおじさん宅で、英気を養わせてもらおう。
まぁ三、四日くらいかな? それくらい泊めてもらい、そのくらいゆっくりしてから次の村を目指そう。さすがに何日も何週間も居座るのは悪いからね。一週間以内にはお暇しよう。
うん、一週間以内。遅くとも、一週間以内には出発だ。
next chapter:カークおじさん宅、滞在二ヶ月目
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