第398話 撲殺勇者スカーレット


 ジスレアさん渾身こんしんの秘策。

 それは――人界の勇者様を呼ぶことであった!


 そんな衝撃の展開に僕が戸惑っていると、カークおじさんが勇者様をリビングまで連れてきた。

 玄関で話しているうちに、この人がジスレアさんの知り合いだとわかったらしい。


 そうして現れた人界の勇者様。

 肩まで伸びた鮮やかな赤い髪が特徴的な若い女性。見た目的には二十歳くらいの美人さん。


 マントっぽい外套がいとうを羽織っており、肩にはマジックバッグを担いでいる。

 マントのために服装は確認できないが、バッグを担ぐその手には、赤色の指抜き革グローブを着用しているのが見てとれる。

 ……いいなあれ。何やら僕の厨二心がそわそわする。


 さておき、そんな勇者様は部屋を見渡してから、口を開いた――


「なんだこれ! エロいな!」


 ……どうやら勇者様は、テーブルのディース神像に心を奪われてしまったようだ。自己紹介やら再会の挨拶やらを吹っ飛ばして、そんなことを叫んだ。


「えー? なんだろうこれは。すごいね。人形? 人形なのかな? こんなエロい人形、初めて見たよ」


 やはり勇者様から見ても、ディース神像は扇情せんじょうてきすぎるらしい。

 あんまり創造神様をエロいエロい言うのはよくないと思うのだけど……。


「えぇと、そちらは創造神様の像ですね」


「え? あー、なるほどなるほど。いやしかし、これはちょっとエロすぎないかな? ここまでエロいと、もはや創造神様を冒涜ぼうとくしているレベルでは?」


 忠実に再現しているだけだというのに、逆に背信者扱いされてしまう事態。


「だけどすごいね。ちょっと触ってみてもいいかな?」


「どうぞどうぞ」


「ありがとう。どれどれ」


 僕が答えると、勇者様はディース神像をひっくり返して、スカートの中を見ようとした。


 その行為も、だいぶ創造神様を冒涜している行為なんじゃあなかろうか……。

 まぁ気持ちはわかるけどね……。確認したいという気持ちはちょっとわかる。


 でもまぁ、この自由っぷりがむしろ勇者様といった感じだ。

 なんだったら、この家のタンスとかを勝手にあさったりしてくれんかな。そんな勇者ムーブも見てみたい。


「――それよりも」


「うん?」


「まずは自己紹介をしよう。あと、遅れたことを私に謝るべき」


「あー、ごめんごめん」


 ジスレアさんの注意を受け、勇者様は軽く謝りながらディース神像をテーブルに戻した。


 そして勇者様は、身に付けていたマントを取って――


「初めまして、私の名前はスカーレット。今回アレク君の旅を手伝うため、この村までやってきた。みんなよろしく」


 勇者様ことスカーレットさんは、僕らに向かって親指を立て、ついでにバチーンとウインクを飛ばしながら自己紹介をした。


 ……というか、この人の格好もだいぶエロい気がする。散々ディース神像をエロいエロい繰り返していたが、この人も大概だ。

 自己紹介をビシッと決めたかったのか、マントを脱いだスカーレットさんだったが、中の衣装は結構な軽装で、なんかショートパンツとか履いていて太ももとか露わだし、肩とかもがっつり出ている。なかなかに露出度が高め。


 春先のこの時期、その格好はまだちょっと寒いんじゃないかと思うけれど……まぁ年がら年中ひざ小僧こぞうを出している僕が言えたことでもないか。


「……ん? スカーレット?」


「どうかした?」


「その名前には聞き覚えがある。えっと、もしかして、ひょっとして……」


「うん。人界の勇者」


「マジか……!」


 カークおじさんは勇者様のことを知っているらしい。

 ジスレアさんからスカーレットさんの正体を聞き、カークおじさんはワナワナと震えている。良いリアクションだ。


「え、その……勇者様で?」


「そうだね。勇者だね」


「あ、えっと、お会いできて光栄です。お噂はかねがね……」


「うんうん。ありがとう」


 スカーレットさんは鷹揚おうように頷き、カークおじさんと握手を交わした。

 カークおじさんは感激し、『もうこの手洗わない!』みたいな表情をしている。


 わりとミーハーな一面もあるんだなカークおじさん……。

 なんとなく僕が温かい目でカークおじさんを見ていると――


「なんだよ……」


「あぁいえ、なんでもないです」


 僕の視線に気付いたカークおじさんが、少し照れくさそうにしている。


「だってアレク、勇者だぞ? あの勇者スカーレットだぞ? そりゃあ驚きもするだろ」


「あー、そうですね。それはそうかもです」


「なんかちょっと冷めてないか? ……まぁアレクはエルフだからな、あんまりわからないか」


 ふむ。確かにそれはある。

 さっきジスレアさんに言われるまで、人界にも勇者がいることすら知らなかった僕だ。なんにも知らないので、あんまりピンときていない。


「あ、そういえばエルフにも勇者がいるんだろう? 確か――森の勇者」


「…………」


 ……それはあれだね、うちの父だね。

 そういえばカークおじさんには、父が剣聖とか勇者をやっていることを伝えていなかったっけ?


「もしも森の勇者が目の前に現れたと考えたら、俺の興奮もわかるだろ?」


「ちょっとわかんないです」


「あれ?」


 父が目の前に現れても、別に感動も興奮もしないかな……。普通に父だしな……。


「そういうもんなのか……。あの『撲殺ぼくさつ勇者スカーレット』が俺の家に来てくれたとか、結構な感動なんだが――」


「はい?」


「うん?」


「なんかえらい物騒なワードが聞こえたような気がするんですけど……?」


 撲殺? 撲殺って言った?


「ああ、俺も噂でしか聞いたことがないんだが、勇者スカーレットは両の拳で戦うらしい」


「拳で……」


「あらゆる強敵を拳で葬り去ってきた勇者スカーレット、そこから付いたあだ名が――撲殺勇者」


「…………」


 怖ぇなぁ……。語感が怖い。というか、そのあだ名は本人的にどうなの?

 僕が軽く震えながら、チラリと撲殺勇者様を見てみると――


「はっはっはっ。少し照れるね」


 何故か笑いながら、スカーレットさんは拳を軽く振るってみせた。

 軽い感じで「シュッシュッ」とか言いながら繰り出したジャブは、椅子に座った状態であるにも関わらず恐ろしいほどのキレを誇っており、僕はさらに震えた。


「すごいなアレク。あれだよ、あの拳だよ」


「そうですか……」


「あの拳で、あらゆる敵を撲殺するんだ。そして撲殺勇者スカーレットの髪とグローブは、返り血で真っ赤に染まっているとかなんとか」


「…………」


 怖ぇなぁ……。逸話いつわが怖い。もはやちょっとした怪談レベルじゃないか……。





 next chapter:権力で解決しよう

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