第381話 ポケットのモンスター


 ダンジョンタイムアタック後、僕は偶然レリーナちゃんと遭遇した。


 ……いや、偶然なのかな?

 そこはちょっとわからないけど、とりあえずレリーナちゃんと出会った。


「それで、お兄ちゃんは何をしていたの?」


 ふむ。その質問にはなんと答えたらよいものか。

 さすがに『ルーレットで獲得したレベル5アップボーナスにより、素早さが上がっていないか、ダンジョンマラソンのタイムアタックで確認してみよう作戦』とは答えられない。


 では、なんと答えたらいいのだろう?

 悩みどころだ。普通に『ランニングしていたんだ。健康のために』でいけるのだろうか?


「今日はヘズラトに乗らないの?」


「ん? ヘズラト君?」


 僕がまごまごしていると、レリーナちゃんから追加の質問が飛んできた。


 えっと、ヘズラト君? ヘズラト君は……なんやかんやあって、今もまだ天界だけど?


「あ、そうか、そういえばレベルが上がるまでは、ずっとヘズラト君に騎乗していたっけ?」


「あれ? もうレベルが上がったの?」


「うん。つい一昨日かな? 無事にレベルアップしたよ」


「そうなんだ。おめでとうお兄ちゃん!」


「ありがとうレリーナちゃん」


 一応は一昨日だ。なんやかんやで体感では二週間近く前のことになるのだけど、この世界の時間の流れで言えば、レベルアップしたのは一昨日のこと。


「あ、それで試していたのかな?」


「試す?」


「レベルアップして『素早さ』が上がったんじゃないの? 見た感じ、ちょっと速くなっていたと思ったけど」


「えっ」


 速く……?

 ――速くなっていた!? 速くなっていただと!?


「そうなの!? 速かった!?」


「え? あ、それはその……」


「ん?」


「速いかって聞かれると、あんまり速くはないんだけど……」


「…………」


 以前よりは速くなったが、それでも別に速くはないらしい。

 レリーナちゃんは言葉に詰まりながらも、そこは正直に答えてくれた。


「……えーと、じゃあどのくらいかな? いくつくらい速くなったと思う?」


「そうだなぁ、たぶん1かな? 『素早さ』が1上がった印象」


「……へー」


 1か。15の予定が、たったの1……。

 ……いや、うん。上がっただけありがたいと思おう。


 まぁレリーナちゃんの見立てがどれほど正確なのかはわからないけど、もしもそれが正解だとすると、僕の『素早さ』は1上がって、現在『素早さ』7になっているらしい。


「だけどレリーナちゃんはよくわかるね。正直僕はあんまり実感がなかったよ」


「そりゃあわかるよ。私はずっとお兄ちゃんのことを見ているもの」


「お、おう……」


 ドキリとするセリフだね……。うん。ドキリとする……。


「……そういえば、どこから見ていたの?」


「うん?」


「僕は1-4から4-4まで走ってきたんだけど、レリーナちゃんはどこから見ていたのかな?」


 ちょっと気になる。もはやあんまり気にしない方がいいのかもしれないけれど、ちょっぴり気になってしまう。


 やはりダンジョンの途中から見ていたのだろうか?

 普通に考えたらそうだろう。全力で走っている僕を見掛けて、不思議に思って追いかけて、それで話し掛けた流れだ。


 ……そうじゃないとすれば、いつからだろう?

 ダンジョンに入る前から? 森を移動しているときから? 村にいるときから? ……さすがに家にいるときからではないと思いたい。


「レリーナちゃんは、一体いつから――」


「それより私も気になることがあるんだけど」


「え?」


「そんなことより、気になることがあるの」


「えっと……」


 めっちゃ強引に話を変えられた……。

 すごいなレリーナちゃん。なんてパワープレイだ。ここまでの力技は初めてだ。


「……まぁいいや。それで、何が気になったのかな?」


「お兄ちゃんの右手」


 レリーナちゃんが、僕の右手をスッと掴んだ。


「手首の辺り、見ていなかった?」


「手首?」


 あぁ、手首に貼り付けた腕時計型ダンジョンメニューのことか。


「ここへ来た瞬間見ていたような気がするから、どうしたのかなって」


「あー、そうだった? えっと、いや、どうだろう」


「んー?」


 まいったな。ダンジョンメニュー及びダンジョンマスターのことは、人には言えない僕の秘密――秘中の秘だ。レリーナちゃんにも話すことはできない。


「えぇと、なんにもないよ? なんともなっていないでしょ?」


「うん……」


 基本的にダンジョンメニューは他の人から見えないわけで、僕がおかしなことをしなければ、レリーナちゃんにもわからないだろう。


「ちょっと確認してみてもいい?」


「え、手を? うん。それはいいけど……」


 僕が答えると、レリーナちゃんは僕の手首をしげしげ眺めたり、ぺたぺた触ったりし始めた。


 まぁ見ても触っても、ダンジョンメニューはわからないはずで――


「舐めてみてもいい?」


「それはおかしいでしょ……」


 よくわからない物を調べるために舐めるとか、ありえないでしょ……。

 どんな名探偵だって、そんな捜査はしない。


「うーん。特に変わったところはなさそうだけど……」


「うん。なんにもない。なんにもないのよ」


 例え舐めたとしてもわからないわけで、とりあえずダンジョンメニューのことは隠し通せそうだ。一安心。


 ……あ、そういえば他にも、隠さなければならないことがあった。

 ――ポケットティッシュ。これも隠さねば。


 こっちはいずれ開示する予定ではあるけれど、今はまだそのときではない。

 なにせ僕は、もうすぐ第五回世界旅行に出発する身。ポケットティッシュがどれだけみんなから求められて、どれだけ広まるかはわからないけど、そんなときに肝心の僕がいないってのは、少し申し訳ない。


 というわけでポケットティッシュの情報開示は、僕が旅から戻った後でするつもりだ。

 今はまだ、ポケットティッシュのことを知られてはならない。レリーナちゃんにも隠し通さなければならない。


「ポケットに何を隠しているの?」


「えぇ……」


 さすがに鋭すぎるでしょ……。

 何それ、なんでわかったの? レリーナちゃんはサトリか何かなの……?


「急にそわそわし始めて、ポケットをしきりに触っていたけど、何を隠しているの?」


「……僕そんなことしてた?」


「うん」


 ……だとすると、話は少し変わってくるな。

 レリーナちゃんが鋭いというよりも、僕があまりにも迂闊うかつすぎて、わかりやすすぎて、怪しすぎる。


「えぇと、それは――あ」


「何が……いったい中に何が……」


「え、レリ、ちょ」


 レリーナちゃんが僕のポケットに手を突っ込み、もぞもぞとまさぐり始めた。

 何故この世界の人達は、僕のポケットをこうも自由に取り扱おうとするのか……。


「――というか、ちょっと落ち着いてレリーナちゃん!」


「んー。んー」


「待って待って! さすがに奥まで手を伸ばしすぎだよ! ダメだって! いろいろと危険だよ!」


 何がとは言わないけれど、だいぶ危険なエリアまで手を伸ばしている! それ以上いけない!


「危険? 危険な物を隠しているの?」


「え? いや、別に危険な物ってわけでは……」


「そんなに危険で凶悪な物なの?」


「凶悪……? えぇと、それはどうだろう……」


 そこまで凶悪で凶暴なモンスターを隠しているのかと聞かれると、僕としてはなんと答えたらいいものか……。


「もしくは逆に、可愛い物を隠していたりするの?」


「……可愛いって言われるのは、ちょっとどうかな」


 その評価は、あんまり嬉しくないかもしれない……。


「んー。んー」


「……って、そういうことじゃないんだ! わかった! もうわかったから! ちゃんと説明するから、もう離してレリーナちゃん!」





 next chapter:パパ活

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