第380話 ダンジョンマラソン4


 ――教会での鑑定が禁じられた中で、如何いかにして『素早さ』を確認するか。


 なかなかの難題だ。パッとは方法が思いつかない。

 ナナさんに相談してみたところ、ナナさんは『100メートル走でもしてみてはどうか』と提案してきた。

 その発言自体は冗談めかして言ったふうだったけど――意外と正攻法な気もする。


 冷静に考えてみると、なかなか理にかなった提案だ。

 『素早さ』を確認したければ、実際に走ってみればいい。タイムが縮めば『素早さ』は上がっているし、タイムが縮まなければ『素早さ』は上がっていない。

 なるほどなるほど。とても真っ当なことを言っている。やるじゃないかナナさん。


 とはいえ、僕は100メートル走のタイムを測ったことがない。

 基準となるタイムがないのだから、今から100メートル走を走ったところで意味がない。ダメじゃないかナナさん。


 ――だがしかし、そこで僕は閃いたのだ。

 確かに僕は100メートル走のタイムを計測したことはないけど――一度だけ、とある競技のタイムを計測したことがある。


 それが――ダンジョンマラソンだ。


 以前に僕は、ダンジョンマラソンのタイムアタックをした経験がある。

 あのときのタイムと比べてみたら、現在僕がどの程度の『素早さ』を有しているか把握はあくすることができるんじゃないだろうか?


 というわけで――


『ルーレットで獲得したレベル5アップボーナスにより、素早さが上がっていないか、ダンジョンマラソンのタイムアタックで確認してみよう作戦』――決行である!


 ……というより、決行中である。

 今まさに全力で走っている最中だ。右手に一本の矢をたずさえて、敵は基本『パラライズアロー』で矢切りしながら、全力でダンジョンを駆け抜けている。


 そして4-4エリアへの扉を目指し――


「だっしゃーー!!」


 勢いよく4-4へ飛び込むと同時に――右手首に貼り付けられたダンジョンメニューを確認する。


 少し前に開発した、腕時計型ダンジョンメニューだ。

 時計機能だけを表示させた小さなダンジョンメニューを、手首に貼り付けたものである。


 そんなダンジョンメニューの時刻を確認したところ――


「シャッ!」


 縮まっている! 縮まっているぞ!

 以前のタイムを、少しだけ縮めることに成功した!


「ひゅー、ひゅー……。いや、でも……」


 このタイム差は、果たしてどうなのだろうか……。


 全力を出し切り、床にコロンと転がって、荒い呼吸を繰り返しながら考える。

 前にダンジョンでタイムアタックをしたのは、今からかれこれ二年前。1-4エリアから4-4エリアまでを走り抜けるコースだった。

 今回も同じように1-4から4-4までを走り抜け、タイムが縮まったことは縮まったが……。


 とはいえ、ダンジョンにはいくつか変更を加えているから……。

 二年前のタイムアタックでは、ボアとかいなかった気がする。その代わりに、トードがいたような記憶があるんだけど……。

 なんだっけ? エリアを入れ替えたんだっけ? そうなると、もはや同じコースとは言えないわけで……。


「ひゅー、ひゅー……。まぁ、そんなことより……」


 問題は、タイムがそこまで縮まっていないってことだ。

 というか、二年前と大して変わっていない。


 もしもレベル5アップボーナスで『素早さ』が15増えていたら、僕の『素早さ』は21。

 明らかにおかしい。明らかに『素早さ』21が叩き出すようなタイムではない。


「ひゅー、ひゅー……。これは一体……」


「大丈夫?」


「ヒッ」


 突然の声に驚き、思わず悲鳴を上げてしまった。


 ……しかし声自体は、何やら聞き馴染みのある声。

 この声は――


「ごめんねお兄ちゃん。驚かせちゃったかな?」


「ひゅー、ごほっごほっ。ひゅー、レリ、ひゅー、ナちゃん」


「大丈夫?」


「ひゅー」


 というわけで、レリーナちゃんだ。

 もはや僕の方は満足に名前を呼ぶこともできない状態だが、レリーナちゃんである。


 後ろから突然声を掛けられ、息が上がっているのに悲鳴なんて上げたものだから、呼吸が変になってしまった。

 後ろから突然の声とレリーナちゃんは、あまりにも相性が良すぎる。


「ちょっと待っていてねお兄ちゃん」


「ひゅー」


 なんだかわからないけど、指示された通りに僕がちょっと待っていると――レリーナちゃんはマジックバッグからタオルを取り出した。


 うん? もしかしたらそれで――?


「えい、えい」


「ひゅー」


 てっきり汗でも拭いてくれるつもりかと思いきや、レリーナちゃんは大きめのタオルを使ってバッサバッサと僕をあおいでくれた。

 試合のインターバル中、選手をタオルで扇ぐレスリングのコーチみたいだな……。


 あ、でもちょっと風が気持ちいい。


「……うん。ありがとうレリーナちゃん。だいぶ落ち着いてきたよ」


「そっか、なら良かった」


 レリーナちゃんに扇がれて、どうにか話ができるくらいには回復した。レスリングのコーチはすごい。


 さておき、とりあえず汗は自分で拭こうとマジックバッグに手を伸ばしたところで――


「……え? あの、レリーナちゃん?」


「うん」


「うんじゃなくて」


 何故かレリーナちゃんに手首をがっちり掴まれてしまった。何? なんなの?


「私が拭いてあげる」


「え、でも……」


「うん」


「うんじゃなくて」


 僕の言葉を聞き流し、レリーナちゃんはタオルで丁寧に僕の顔やら首やらを拭き始めた。ちょっと恥ずかしい。

 でもまぁ、レリーナちゃんの厚意には感謝せねばいかんだろう。


「えぇと、ありがとうレリーナちゃん」


「ううん。いいんだよお兄ちゃん」


「そのタオルは僕が洗ってから返すよ」


「ううん」


「ううんじゃなくて」


 申し訳ないのでタオルは一旦預かろうとしたのだけど、そそくさと回収されてしまった。


「お水飲む?」


「そればっかりは自分のを飲むよ……」


「そっかー」


 今度こそ僕は自分のバッグに手を伸ばし、水筒を取り出した。


 レリーナちゃんも、さすがにこれすら『ううん』などと阻止することもなく、いろんな方法で無理矢理水を飲ませることもなく、のんびり僕を見守っている。少しホッとした。





 next chapter:ポケットのモンスター

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