第379話 器用
チートルーレットレベル35で獲得した――『ポケットティッシュ』。
なかなかに興味深い景品だ。興味深く、そして奥が深い。未だ底が知れず、僕達も日夜研究に励んでいる。
……というより、主にナナさんが研究やら検証やらに励んでいる。
この能力は、僕以外の人でも自由に発動させることができるため、ナナさんは僕のポケットを勝手にまさぐり、何やら勝手に検証している。
そしてナナさんは、ウェットティッシュや洗顔シートに続き、またしても新たなティッシュの引き抜きに成功したらしい。
なんでも今回のは――
「シートマスクです」
「シートマスクねぇ……」
シートマスク。顔の形をしたシートで、いわゆる『パック』ってやつ。顔に貼り付けていると、肌が綺麗になるとかいうやつ。
そのシートマスクを、僕のポケットから引き抜けるようになったのだそうだ。
そして現在ナナさんは――実際にパック中である。
ヌラッとしたシートマスクを顔にペッタリと貼り付けていて、ちょっと不気味な
「実際どんな感じ?」
「どうでしょうね。今付けたばかりなので、なんとも」
「まぁそっか」
「こういうの、お祖母様なんかは好きそうですよね」
貼り付けているシートがよれないように、ぽそぽそ喋るナナさん。
……ふむ。母か。母ねぇ。
「んー。でもどうなのかな」
「何がですか?」
「――母は美人で肌も綺麗だし、そういうのはいらないんじゃない?」
母の場合は必要ない気がする。
ふと感じた疑問を、ナナさんに投げかけてみたところ――
「なんというマザコン気質……。というよりも、もはやマザコンそのものですね……」
――などというつぶやきが聞こえた。
ナナさんがドン引きしている。
ちょっと待って。違う。違うんだナナさん。別にそういうんじゃないんだ。
僕はただ単に、『母はエルフで、エルフには美形特性なんてものがあるわけで、だったら必要ないんじゃないかな』って、そう思っただけなのに……。
まぁ実際に必要かどうかはさておき……確かに母は興味を持ちそうではある。
美容とかコスメとか、スキンケアとかアンチエイジングとか、そういうのに興味を示しそうな――
……アンチエイジングって言葉は、なんとなく使ったら怒られそうな予感もするね。
「――それはそうとナナさん」
「はい?」
「こうやってナナさんがルーレットの景品に関心を抱いてくれるのは僕も嬉しいし、とてもありがたい」
「はぁ。えっと、どういたしまして?」
「だけど、できたらポケットティッシュだけではなく――もうひとつの景品にも目を向けてはくれないだろうか」
「はい? もうひとつの景品ですか?」
「もうひとつの景品。そう、つまりは――『レベル5アップボーナス』」
レベル35の『ポケットティッシュ』の前に獲得した、レベル30の『レベル5アップボーナス』。
こっちの景品も、まだまだ検証が足りていないと僕は思うんだ。
「ですが、そちらはもう済んだことでは? レベルが上がっただけですよね?」
「確かにそうとも言えるけど、レベルが上がった以上は――能力値も上がるでしょ?」
「あ、能力値ですか。なるほど、それがありましたね。……はて、しかし一体何が上がったのでしょう?」
「そこなのよ」
その点について、検証したいのよ。
「実はねナナさん、レベル5アップボーナスってのは飲み物だったんだけど――」
「ほうほう――」
というわけで僕はレベル5アップボーナスについてのあれやこれやを、改めてナナさんに報告した。
レベル5アップボーナスが、500ミリリットルの薬だったこと。
素早い動作を行いつつ薬を飲めば、『素早さ』が上がると考えたこと。
反復横跳びをしながら、頑張って薬を飲み干したこと。
最終的に、『素早さ』が15上がっているはずだということ。
――それらすべてをナナさんに伝えた。
そして、話を聞き終わったナナさんの反応は――
「ずいぶんと奇抜で奇怪な奇行に走りましたね……」
「そこまで……?」
そこまで奇奇怪怪な行動だった……?
「ですが、どうなんでしょうね。あながち間違った考えとも言い切れないような……」
「でしょ? そうでしょう?」
傍から見たら奇行であろうとも、考え方自体は間違っていないはずだ。
素早い動きをしながら薬を飲んでレベルアップしたのだから、当然『素早さ』が上がっているはず。しっかり『素早さ』を重視して薬を飲んだのだから、それは当然――
「しかし反復横跳びをしながら飲み物を飲むとは――ずいぶん『器用』な真似をしましたね」
「……ん?」
……器用?
えっと……まぁ器用か。器用といえば器用かもしれない?
「え、でもそれじゃあ――」
「『器用さ』が+15された可能性がありませんか?」
「…………」
……なんて恐ろしい予想を立てるんだナナさん。
えぇ? 嘘でしょ? 結局そうなるの? 結局は『器用さ』極振り仕様なの……?
「まぁ実際のところはわかりませんが、とりあえず『素早さ』+15はないですよ。そんなに速くなっていないです」
「むぅ……」
それはまぁ……。それは正直僕も感じていた。あんまり速くなった実感がなかった。
『素早さ』が15も上がっていたら、現在の三倍以上だ。それなのに実感がないってことは……やっぱり違うのかな。
「うーん。反復横跳びは失敗だったのかなぁ。どうだったんだろう……」
「というか、ここで悩むよりも実際に鑑定を行えばすぐにわかることでは?」
「それはそうなんだけど……でも今は無理でしょ? 鑑定できないよ。ローデットさんになんて説明したらいいかわからない」
レベル30に上がるまで毎日毎日教会で鑑定してきて、ようやくレベルアップしたばかりなんだ。
それがいきなりレベル35に上がっているとか、どうやったって説明のしようがない。
「そういうわけで鑑定は……人界ですることになるかもね」
「ああ、このまま鑑定せずに世界旅行へ出発しますか」
第五回世界旅行の出発まで、あと二週間ほど。
メイユ村での鑑定は諦めて旅に出発し、人界のどっかの教会で鑑定することになるだろうか。
「でも、それまで結果がわからないってのはつらいね。気になる。とても気になる」
「確かに気になりますね。やはり私の予想としては『器用さ』+15ですが」
「うぅむ……」
さすがにちょっとは『素早さ』も上がっていると思うんだけどな……。上がっていると信じたい。
「どうにか確認できないものだろうか」
「『素早さ』が上がっているかどうかですか?」
「うん。鑑定以外で、何か方法はないかな?」
「そうですねぇ……。100メートル走でもしてきたらどうでしょう?」
「生まれ変わってから、100メートル走なんかしたことないよ……」
したこともないし、タイムを測ったこともない。
例え現在のタイムを測ったところで、以前のタイムがないのだから比べようがない。
「……うん? タイム?」
「はい? どうかしましたか?」
「タイム……。タイムといえば……」
……タイムアタック?
next chapter:ダンジョンマラソン4
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