第376話 ポケットティッシュ
「簡単に説明すると――非常に薄い紙です。ちょっとした汚れなどを拭き取るために使う、薄くて柔らかい紙。それがティッシュペーパーなるものです」
「ほう? 紙なのか」
「そうです。使い捨ての紙です」
「使い捨て?」
「一度使ったら捨てます」
――といった感じで、ナナさんがざっくりとティッシュペーパーの説明をしてくれた。
なんか普通に話を進めてしまっていたが、よくよく考えるとユグドラシルさんはティッシュペーパーを知らなかった。なので、ナナさんの方から説明してもらった。
「そしてポケットティッシュとは、そんなティッシュペーパーをポケットに入るくらいの量で束ね、袋に入れた物でして……十枚くらいですかね?」
「ん? そうだね、そんなもんかな?」
確か十枚くらい。まぁティッシュって二枚一組になっている物だから、正確には二十枚なのかもしれないけど、とりあえずそのくらい。
「つまりマスターは、使い捨ての紙を十枚手に入れたのです」
「ん……」
「私としては、そんな残念な景品を獲得したマスターを笑いものにしようと考えていたのですが――」
「ヘイ」
なんてことを考えていたんだナナさん。どんな追い打ちだ。
「しかし、どうやら状況が少し違うようですね」
「まぁそうね」
そうなのだ。いわゆる普通の一般的なポケットティッシュを獲得したわけでもなさそうなのだ。
そんな残念な景品を獲得したわけでもなくて、笑いものにされることもなさそうで……というか、そもそも笑いものにしようとしないでほしいのだけど。
「そんなわけで、ポケットティッシュそのものではなく、飲み物を渡されたんですよ」
「ふむ。スキルを獲得したときも、飲み物じゃったらしいが?」
「そうですね。それと似た流れで、飲み物を」
一応はジュースと呼べる物だったのかな? 薄い白色で、ほのかに甘かった気がする。
ティッシュには、舐めると甘みを感じる物もあるというが、そういうことだったのだろうか……?
「ではアレクが貰ったポケットティッシュとは……スキルなのか?」
「あー……。どうなんですかね。それも違うような気がするんですよ。獲得時にディースさんは、『ポケットティッシュスキル』なんて言っていませんでしたから」
『木工』スキルのときも『槌』スキルのときも、ちゃんと『スキル』と言っていた気がする。今回はそんなふうに言っていなかったし、スキルではないんじゃないかなって……。
「ふーむ……。では結局、お主が貰ったポケットティッシュとはなんなのじゃ?」
「実はよくわかんないんですよ……」
「うん? わからんのか?」
「わかんないまま帰ってきちゃいました」
ポケットティッシュジュースを貰って飲んだ後、なんやかんやいろいろ試してはみたものの、結局わからないまま帰ってきてしまった。
「いつものようにディースさんは説明してくれなくてですね……。それで、ミコトさんがいろいろと協力してくれたのですが……」
「協力?」
「ええはい……。なんか呪文が必要なんだろうって言われて、延々それっぽいセリフを叫ばされました……」
ミコトさんの指示の下、僕は当てずっぽうで呪文を叫ぶことになった。
つまりあれだ――『レンタルスキル』の悪夢再びだ。
みんなに見守られながら、『ポケットティッシュ』『ポケットティッシュ召喚』『出でよポケットティッシュ』『アレクシスはポケットティッシュを出します』――みたいな謎のセリフを、延々叫ばされた。
正直やっている間、これは違うんじゃないかなってずっと思っていた。ディースさんも目をそらしていたし、たぶん違うんだろう。
そもそもの話として、ポケットティッシュはスキルでもなさそうで、スキルアーツでもないのだろう。であるならば、呪文が必要って認識自体が間違っていた気がする。
そんなことがあって、このまま謎セリフを叫びながら天界長期滞在に再び突入するのも困ると思い、下界へ戻ってきたのだ。
「下界なら、なんか変わるかなって思った面もありまして……」
「何か変わりましたか?」
「ん? んー…………ポケットティッシュ」
ナナさんの言葉を受け、試しにポケットティッシュをイメージしながら右手を前に突き出し、呪文っぽいものを叫んでみたりなんかする僕。
とはいえ、やっぱり……。
「……出ないね」
「そうですか……」
「うん……」
「…………ふふ」
笑うなや。
呪文とポーズによってポケットティッシュを召喚しようとした僕を、笑うなや。
「失礼しました。しかし、いったいどういうことなのでしょう?」
「いやー、本当にね……」
「てっきりマスターの手からポケットティッシュが出てくるかと思ったのですが――手から和菓子を出す人のように」
「そうね、僕も…………和菓子?」
手から和菓子? なんの話だ? 誰だその人は。
「和菓子ってのはよくわからないけど……とりあえずこんな感じで、上手くいかないんだ」
「なるほど……。せっかくルーレットで当てたというのに、それは困りましたね」
「そうねぇ。なんだろうね。なんか違うんだろうね。何かが間違っているんだと思う」
とはいえ、何がどう間違っていて、一体何が正解なのか……。
もしかしたら、わからないまま月日が流れていってしまうのだろうか……。
これもまた、『レンタルスキル』のようだ。『レンタルスキル』の悪夢再びだ。
あれも半年くらい効果がわからなかったっけかなぁ……。
「ふむ。やはりポケットが関係しているのではないか?」
「ポケットですか?」
「ポケットティッシュと言うからには、ポケットをどうこうするのじゃろ」
「そうなんですかね……?」
実際にはポケットティッシュをポケットに入れている人って、あんまりいない気もするけど……。普段から持ち歩いている人も、カバンとかに入れている気がする。
「というわけで、わしの読みではポケットじゃ」
「はぁ……」
というか、それは僕も考えていた。
天界でも自分のポケットは
だがしかし、やっぱり何もなかったわけで……。
「……いえ、そうですね。ちょっと待ってください」
せっかくユグドラシルさんが案を出してくれたんだ。今一度、確認してみようじゃないか。
僕は立ち上がり、ズボンのポケットに対して――
「んー」
「どうじゃ?」
「んー……」
とりあえず上から触って確認してみるが――変化はない。
軽くポケットを叩いてみたりしても――変化はない。
手を突っ込んでみても――何も入っていない。
「あー、えぇと、残念ながら――」
「んー」
「……ちょい、ナナさん」
おもむろにナナさんが横から手を伸ばしてきて、僕のポケットをまさぐり始めた。
いきなり何をするんだナナさん。せめて何か言ってから始めてくれ。まさぐるにしても、何か言ってからまさぐってくれ。
「……ん? おや?」
「うん?」
「何かありますよ?」
そう言って僕のポケットから引き抜かれたナナさんの手には――一枚のティッシュペーパーが摘まれていた。
「え? な、えぇ?」
「普通に摘めましたけど」
あれ? えぇ? というか、ティッシュ一枚? ポケットティッシュじゃないの? んん? え、そういうこと?
「ほうほう。やはりわしの読み通りポケットじゃったな」
「あ、はい。どうやらそのようで――ちょ」
何やら少し自慢げな様子のユグドラシルさんが、僕のズボンのポケットに手を突っ込んできた。
「ふむ……む? どこじゃ? ないぞ?」
「いや、ちょっと……」
やめてユグドラシルさん。僕のポケットに手を突っ込んだまま、もぞもぞしないで。こそばゆい。
「ないですか? 私は普通に――」
「待って、二人とも待って……」
逆側から、ナナさんも再び僕のポケットに手を突っ込んできた。
何故二人とも無断で僕のポケットをまさぐるのか。というかなんだこれは。どういう状況だ。一体どういうプレイなんだこれは。
next chapter:ポケットからティッシュが出る人
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