第375話 そういう星の下に生まれた子


「んー……。ん?」


 ん、朝?

 えっと……? あ、そうか、家か。


 というわけで、戻ってきたようだ。

 レベル30のルーレットでは天界に一泊して、レベル35のルーレットでは天界に一週間ほど滞在していた僕だけど、ようやく下界に戻ってきた。久しぶりに迎える自宅での朝だ。


「あれ?」


「む? うむ。おはようアレク」


「あ、はい。おはようございますユグドラシルさん」


 一週間ぶりの自室を見回したところ、テーブルでお茶を飲みながらのほほんとしていたユグドラシルさんが目に入った。


「ユグドラシルさんは、もう起きて――うん?」


 僕もベッドから起きようとしたところで、隣にナナさんが寝ていることに気が付いた。


 確か前回も――いや、前々回か。前々回もこんな感じだった気がする。

 レベル25のチートルーレットでも、ユグドラシルさんとナナさんは天界へ転送される僕を観察して、そのまま僕のベッドに潜り込んでいた。

 今回もそんな流れなんだろうけど、ユグドラシルさんだけは先に起きたらしい。


「とりあえず、僕も起きますね」


「うむ。――ハッ! アレク、アレクよ!」


「え、はい。なんでしょう」


 僕が席に着くやいなや、急にテンションを上げたユグドラシルさん。

 何? なんなの? どうしたの?


「昨日、お主は天界へ二度赴いたわけじゃが……それは、同じ日数か?」


「へ? 日数? あぁ、はい。一度目は二日で、二度目は一週間ほど天界に滞在していました」


「なんと! そうか、やはりそうか!」


 僕の返答を聞くと、ユグドラシルさんは嬉しそうにペシペシと僕を叩き始めた。


「えっと、何かありましたか?」


「うむ。実はじゃな、一度目と二度目で――お主が消える時間が違ったのじゃ」


「え? 時間が? あ、そうなんですか、へー」


 違うものなのか。そっか、それはなかなか興味深い話だな。


「どのくらいでしょう? その時間は、どのくらい違いましたか?」


「極ほんの僅かじゃな。正直わしも自信がなく、気のせいかと思ったくらいじゃ。ナナに聞いてみたところ、そもそもナナは一度目も二度目も消えたのがわからなかったと言っておった」


「ほうほう。ということは本当に僅かな差で、どっちも一瞬だったんですね」


 ふーむ。時間の圧縮率がすごいな。二日でも一瞬、一週間でも一瞬なのか。

 というか、それに気付いたユグドラシルさんもすごい。


「それでモモにも聞いてみようと隣を見たところ――モモはいなくなっておった」


「あー」


「さっきまではいたはずが、いきなり消えておって、正直かなり驚いた」


「すみません。大ネズミのモモちゃんは、僕が天界に召喚したので」


 たぶんほぼ同時だったんだろう。僕が消えた瞬間にモモちゃんも消えたはずで、そりゃあ驚いたはずだ。


 ちなみにだが、最初の召喚ではモモちゃんの召喚に失敗した。下界にて召喚中だったためだ。

 うっかり忘れたまま召喚しようとして失敗し、それに気付いた僕は一旦モモちゃんを送還し、それから改めて召喚する流れだった。


「モモちゃんのことは、一応Dメールを送っておいたはずですが」


「うむ。ナナに聞いた。なんでも相談があって、天界に呼んだとか」


 忽然こつぜんと消えたモモちゃんを心配するかもしれないと思い、Dメールで簡単に事情を説明しておいたのだ。


 それ以外にもDメールはいくつか送信したのだけど……やはり一週間の滞在でも下界からすると一瞬だったようで、当然のことながら返信はなかったね。


「それで、相談とはなんだったのじゃ? そして、今回のルーレットでは何を獲得したのじゃ?」


「あー、それなんですけど、実は……というか、ナナさんが起きてからにしますか」


「む? そうか、そうじゃな。そうするか」


 今もベッドで、すよすよと眠っているナナさん。

 話すならナナさんも交えて話をしよう。


「……気持ちよさそうに寝ていますけど、もう起こしちゃってもいいんですかね? 夜遅かったりしましたか?」


「お主が消えて、Dメールを確認してからすぐに寝た。もう十分寝たじゃろ」


「そうですか。それじゃあナナさんにも起きてもらいましょう」


 僕はベッドに近付き、ナナさんを軽くゆすり、声を掛ける。


「ナナさーん。朝だよー。ナナさーん」


「う……? うぅ……」


「ナナさーん」


「あと……。あと五分だけ……」


「ナナさん……」


 起こされるのを嫌がり、そんなことをのたまうナナさん。


「む? 起こさんのか?」


「……ちょっと待ってみましょうか」


「ふむ?」


 別に急いでいるわけでもないし、五分くらい待ってみてもいいだろう。

 『あと五分だけ』などと、とてもベタなことを言っているので、きっかり五分後にもう一度起こしてみて、そのときにナナさんがなんと言うか軽く実験してみよう。



 ◇



 実験の結果――


『もう五分……。いや、十分……』


 という言葉が返ってきた。


 十分後にはどんな言葉が返ってくるのか気になったが、さすがにユグドラシルさんも待っている状況でそんなには待てない。ナナさんには起きてもらった。


 そしてナナさんとユグドラシルさんに、今回のルーレットについての説明を始めたわけだが――


「再抽選権ですか……」


「そうだね。レベル35のチートルーレットは、そういう結果だったね」


 最終的に景品はになってしまったが、とりあえずレベル35のチートルーレットで僕が獲得したものは、『再抽選権』ということになるだろう。


「それで、『牧畜』スキルか再抽選かを選ぶと……」


「ふーむ。なかなか悩ましい選択じゃな」


「そうですね。確かにそれは悩むような…………あ、ですがその状況ならば、『牧畜』スキル一択でしょう」


「む? そうか?」


「その流れから再抽選したところで、マスターが良いものを引けるとは思えません。引けるわけがないです。マスターは、そういう星の下に生まれた子です」


 どういう意味だナナさん……。


「……まぁ僕も悩んでさ、ミコトさんやモモちゃんに相談しながら悩みに悩んで、結局一週間も掛かっちゃったよ」


 遊ぶ時間も多かったけど、一応はしっかり悩んで考えていた。そんな一週間だった。


「天界に一週間もいたのですか。……あ、それでユグドラシル様があんな感じになったのですね」


「あんな感じ?」


「『あ、今消え――いや、なんじゃ? 長い? ちょっと長かった……? わからん、どうじゃろう……ナナはどう見えた? ふむ、わからんかったか……。モモは――――おぉ!?』って感じになっていました」


「……そうなんだ」


 結構なはしゃぎっぷりだなぁユグドラシルさん……。

 というかナナさんもナナさんで、一言一句よく覚えているな。


「さておき、一週間ということは、私が提案した通りになりましたね」


「あー、そうね。そういえばナナさんは、そんなことをルーレット前に言っていたね」


 寂しがっているディースさんのために、一週間滞在したらどうかと勧められた気がする。そして今回は、実際に一週間泊まることになったわけだ。


「良い親孝行だったのでは?」


「……そうかもね」


 親孝行という言葉が適切かどうかは知らないが、ディースさんも喜んでくれたし、そこはよかったんだろう。


「それで、マスターはどうしたのですか?」


「うん?」


「一週間悩みに悩んだマスターは――いったいどちらを選択したのですか?」


「んー……再抽選だね」


 僕がそう伝えると、ナナさんはひたいを軽く押さえ、首を左右に振った。

 どういうリアクションだナナさん。


「……で、再抽選では何を獲得したのですか?」


「……ポケットティッシュ」


 僕がそう伝えると、ナナさんは手で顔を覆い、天を仰いだ。

 結構なリアクションだなナナさん。


「予想通りです。やはりマスターは、そういう星の下に生まれた子なのです」


「むぅ……」


「で、そのティッシュはどうしたのですか? 涙をぬぐうために使ってしまいましたか?」


 おうおうおう。さっきから結構なあおりっぷりだなナナさん。

 ……でもまぁ、確かに僕もポケットティッシュが当たったと聞いたときには、ひざから落ちて、泣きそうになったけどさ。


「実物を見せてくださいよマスター。どんなポケットティッシュを渡されたのですか?」


「うーん……。そこなんだよね」


「はい? そことは?」


「ルーレットが終わって僕がディースさんから渡されたのは、ポケットティッシュじゃなくて――――コップに入った飲み物だったんだ」


 スキル取得やレベルアップボーナスのときみたいに、そんな飲み物を渡されたんだ。





 next chapter:ポケットティッシュ

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