第374話 11%


 天界六日目。

 今日もまた、だらだらとした天界での一日が始まる。


 僕達四人――僕とディースさんとミコトさんと大ネズミのラタトスク君の四人は、のんびりお茶会を開いたり、みんなでゲームをしたり、会議室でだらだらとすごしていた。


 とはいえ、さすがに遊んでばかりではいられない。

 『牧畜ぼくちく』スキルかさい抽選ちゅうせんか――この二択についても、しっかり考えないといけない。


 というわけで、僕はミコトさんと議論を進める――


「うーん。やっぱり考えるべきは――『牧畜』スキルを破棄はきした場合、どうなるかですよね」


「その場合、やること自体はいつものルーレットと変わらないけれど……基準となるのが『牧畜』スキルか」


「そうですねぇ。再抽選のルーレットで『牧畜』スキルよりも良いものを引けるかどうか、そこが問題です」


 『牧畜』スキルより良いものを引けるのなら再抽選した方がいいし、引けないのなら再抽選しない方がいい。

 まぁ結局、そればっかりは実際にやってみなければわからないのだけど。


「ふむ……。ちょっと今までを振り返ってみようか?」


「振り返る? と言いますと?」


「今までアレク君がルーレットで当てた景品。それぞれの景品を思い返して評価して、それで検証してみよう」


「ほほう?」


「じゃあそうだな――ひとまずメモに書き出してみようか」


 そう言ってミコトさんは、メモ帳とペンを手に取った。


 ちなみにこのメモ帳には、今回の二択についての考察を、あれやこれやと書き記してきた。

 ……たぶん大したことは書いてない。基本的にはあんまり意味のないメモ書きが、つらつらと書き記されている。


「えーと、タワシに『木工』スキルに回復薬セットに……あ、一応『牧畜』スキルも書いておこうか」


 今まで僕がルーレットで引き当ててきた景品を、ミコトさんがちょっとくせのある字でメモに書き出してくれた。


 書かれた景品は――タワシ。『木工』スキル。回復薬セット。ダンジョンコア。『槌』スキル。『召喚』スキル(+ミコト)。レベル5アップボーナス。再抽選権。『牧畜』スキル。


「実際に当てたものだけでいいのかな?」


「そうですね。とりあえずそうしましょうか」


 それ以外にも、『召喚』スキル(+ディース)なるものがルーレットには内包されているらしいし、確か他にも、物理と魔法無効のフルプレートメイルとか、『状態異常魔法』なんてものもあると聞いた気がする。でもまぁ、とりあえず今はいいや。ひとまずそれらは除外しよう。


「じゃあこれで、合計九個だね」


「この九個ですか……。では簡単に評価してみましょう。ペンをいいですか?」


 僕はミコトさんからペンを受け取り、それぞれの景品の横に、丸と三角とバツを書いていった。

 三段階の評価だ。いくぶん悩みながらも、三段階で評価してみた。


「ざっくりですが、こんな感じですかね」


 良い評価が――回復薬セット。ダンジョンコア。『召喚』スキル(+ミコト)。


 普通の評価が――『木工』スキル。『槌』スキル。レベル5アップボーナス。再抽選権。『牧畜』スキル。


 悪い評価が――タワシ。


 とりあえずこうなった。

 賛否両論あるかもしれないが、とりあえずはこんな感じで。


「うん。回復薬セットとダンジョンコアは良い物だったね」


「これは間違いないですね」


 使う機会こそ少ないけれど、回復薬セットがチートアイテムなのは間違いないだろう。

 思い返せば僕なんて、回復薬がなければワイルドボア戦で死んでいたかもしれない。そこを回復薬の力で生き抜き――あるいは、もし死んでいたとしても、蘇生薬があれば生き返れたわけだ。やはりチート。回復薬セットはチート。


 そしてダンジョン。言わずもがなである。

 これも普通にチートだろう。正直ダンジョンがあればなんでもできると思う。ダンジョンの可能性は無限大。


「『召喚』スキル(+ミコト)も良い評価か。少し照れるね」


「……ええ、はい」


 若干ミコトさんに忖度そんたくした感は否めないが……まぁ『召喚』スキル自体もかなりレアなスキルっぽいしさ。だからまぁ、うん。


「少し気になったのだけど、『木工』スキルは普通の評価なのかな?」


「あー、そうですねぇ……。個人的には神スキルなんですけど、スキル自体は一般的なものですよね?」


「まぁ、確かにそうかな?」


「であるならば、この評価が妥当かなと」


 僕的にはこれ以上ないくらいの神スキルで、アーツの『ニス塗布』も、だいぶチートに近付きつつある。もはや僕の本体が『木工』スキルと言っても過言ではないくらいの現状になっているが……とはいえ、スキル自体は普通のスキルだろう。というわけで普通評価。


「で、悪い評価はタワシか……」


「まぁ……」


 言わずもがな。言わずもがなである。

 なんらかの力を秘めていることを未だに諦めていない僕ではあるが、残念ながら現時点では、そう評価せざるをえない。


「となると――良い景品が三つ。普通の景品が五つ。悪い景品が一つ」


「そうなりましたね」


「確率で言うと――良い景品が33%。普通の景品が55%。悪い景品が11%かな」


「なるほど……」


 景品の合計が十個なら、もっとすっきりした数字だったのにねって、思わなくもない。


 さておき、そんな確率か……。良い景品と普通の景品が、33%と55%。――合わせると88%。

 つまり再抽選すれば、88%の確率で『牧畜』スキルと同じか、それ以上の景品を引ける計算になるわけだ。


 だがしかし、悪い景品の確率が11%。タワシが11%……。

 11%……。11%かぁ……。



 ◇



 天界七日目。


「決めました」


「あら? そうなの? ……もうちょっと考えてくれてもいいわよ?」


「いえ、そう言っていただけるのはありがたいですが、もう一週間ですし……」


 なんだかんだで一週間経った。もう十分だろう。もはや議論はし尽くした。これ以上時間を掛けたら、本当にただただ天界で遊ぶだけになってしまう。

 というわけで僕は、いい加減結論を出すことにした。


「そうなのね……。それじゃあアレクちゃんは――あ、せっかくだから持ってくるわね?」


 そう言ってディースさんは、ルーレットボードに刺さったダーツと、冷蔵庫に入れっぱなしだった牛乳――『牧畜』スキル取得用の液体が入ったコップを回収して戻ってきた。


 そしてその二つをテーブルに置き、僕に問うてきた。


「再抽選か、『牧畜』スキルか。――アレクちゃんはどちらを選ぶのかしら?」


「僕は……」


 いろいろ迷った。一週間迷いながら考えた。

 ミコトさんやラタトスク君と慎重に議論を重ね、時にはディースさんも少しだけアドバイスしてくれたりなんかして、たくさん迷ってたくさん考えた。


 そして僕が思ったことは――『とりあえず、どっちでもいいかな』ってことだ。


 ……まぁ一週間迷った結果がそれなのかって気がしないでもないけど、一応ちゃんと考えた結果だ。

 とりあえず『牧畜』スキルを選んで取得してもいいし、ダーツを選んで再抽選に賭ける判断も間違いじゃないと思う。


 そういった結論が出た中で、僕が決めた選択は――


「僕は――――再抽選を選びます」


 僕が手に取ったのは、一本のダーツ。

 僕は『牧畜』スキルを破棄して、再抽選に賭ける。


 正直、『牧畜』スキルでもよかった。普通にそれを選んでもよかった。

 ある意味でそれは、リスクを回避し、安定をとるだけの選択だったかもしれない。――しかしそれもまた、勇気ある決断だっただろう。自制する勇気。退く勇気。再抽選しない勇気。

 ……むしろ僕には、その勇気がなかった。踏みとどまれなかった。抑えきれなかった。再抽選という魅力に、抗えなかった。


 ……それに僕は、異世界転生者だから。

 異世界転生者ならば、ここは再抽選しかないと思うから……。それ以外の選択はないと思うから……。たぶん。


「というわけで、再抽選をお願いします」


「いいのね?」


「はい」


「本当にいいのね?」


「えっと……」


 そうも念押しされると、気持ちが揺らぐ。すごく揺らぐ。

 というか正直ダーツを選んだ瞬間から、『いや、やっぱり間違ったかな……』なんて後悔にも似た感情が、胸の中でぐるんぐるん渦巻いている。


「ダーツで再抽選なのね?」


「……えっと、その、たぶんはい」


「決意は固いようね」


 あんまり決意が固そうな受け答えをできた気もしないけど……。


「じゃあこっちは、破棄してしまうけれど」


「う……。はい」


 僕が手に取らなかった牛乳。こっちは破棄らしい。


 ディースさんは牛乳を手に取り、掛かっていたラップを外し――飲んだ。

 ……飲むのか。


「さて、それじゃあさっそく再抽選のダーツを始めましょうか。準備はいいかしら?」


「――はい! お願いします!」


 賽は投げられた。あとは僕がダーツを投げるだけだ!


 ちょっとだけ上手いことを言えた感覚を味わいながら僕はスロウラインへ向かい、ディースさんはチートルーレットへ向かう。

 そしてディースさんはルーレットに手を掛け――


「それじゃあ行くわよー。チートルーレット――スタート!!」


「頑張れアレク君!」


「キー!」


 ミコトさんとラタトスク君の声援を受けながら、僕はダーツを構える。


 牛乳もディースさんに飲まれてしまい、ルーレットも回り始めてしまった。さすがにもう後戻りできない。もう僕にはダーツを投げることしかできない! もうやるしかない!


 ディースさんとミコトさんとラタトスク君のパ◯ェロコールを浴びながら、僕はボードに向かって――


「やー!」


 いつもより若干気合いが入った掛け声とともに、ダーツを投擲とうてき。それでもどうにか冷静さは保てたと思う。集中して投げられたはずだ。


 ダーツも無事に――――命中!


 よし! 成功! とりあえずダーツ成功! さぁなんだ? 何が当たったんだ!?

 『牧畜』スキルを破棄してまで選んだ再抽選だ。今回ばかりは絶対に良いものを引き当てなくてはいけない。間違っても――11%を引いてはいけない!


 頼む。もうこの際普通の景品でもいい。55%を引いてもいい。だけど11%はやめてくれ!

 お願い神様! どうか僕に良い景品を! あるいは普通の景品を!


 僕は思わず両手を組み、祈りを捧げ――――いや、えっと、誰だ? ディースさんか? ディースさんに祈ればいいのか?

 わからないけど、とりあえず祈る!


 さぁ、結果は――!


「おめでとうございます! ――――ポケットティッシュ、獲得です!」


 あああああぁぁぁ!!





 next chapter:そういう星の下に生まれた子

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