第373話 天界長期滞在プラン2

※『第373話 再抽選しない勇気』の予定でしたが、都合により予定を変更してお送りいたします。誠に申し訳ございません。

―――――――――――――――――――――――――――――――――


 ディースさんが液体の入ったコップを持ってきて、テーブルに置いた。


「これを飲むと、『牧畜ぼくちく』スキルを取得できるわ」


「なるほど……」


 コップの中には、真っ白い液体が入っていた。

 ……やっぱり牛乳っぽい味がするんだろうか? もしくはヤギか羊か。味がちょっと気になる。


「あるいは――こっち」


 続いてディースさんは、コップの隣にダーツを一本置いた。


「『牧畜』スキルを破棄して、さい抽選ちゅうせんすることもできるわ」


「むむむ……」


 テーブルに置かれた牛乳とダーツ。

 牛乳を選んで『牧畜』スキルを取得するか、それともダーツを選んで再抽選に挑むか……。


「さぁ――――どっち!?」


「…………」


 いやー……。わかんないっすわぁ……。

 

 わかんない。ちょっとすぐには決断できない。じっくり考えたい気分だ。


「えっと、少し考える時間が欲しいのですが……」


「まぁそうよね……。いいわ。時間制限はないから、じっくり考えてちょうだい」


「そうですか、ありがとうございます」


「じゃあ、両方とも仕舞しまっておこうかしら」


 そう言うとディースさんはテーブルのダーツを掴み――無造作にルーレットボードへ投げつけた。


「とりあえず刺しておきましょう」


 どんな保管方法なのか……。

 だけど、雑に投げつけた感じが妙に格好良かったな。ちょっと真似したくなるくらいに格好良かった。


 ――だがしかし、真似してはいけない。あれはたぶん、僕がやったら外すやつだ。

 まぁ『器用さ』だけはある僕だし、もしかしたらできそうな気もするけど……いや、でもやっぱりやめておこう。


「それで、こっちはこうして……」


 僕が格好良いダーツの投擲とうてき方法について悩んでいると、ディースさんは牛乳を仕舞う準備に入っていた。


 それは……ラップかな?

 食品用のラップを、牛乳が入ったコップにかぶせている。


「こっちはラップして、冷蔵庫に入れておくわね?」


「……ありがとうございます」


 ベッドの横に設置されている小型冷蔵庫に入れておくつもりらしい。

 えらく庶民的な保管方法だな……。


「うっかり飲んだりしたらダメよ、ミコト?」


「私をなんだと思っているんだ」


 確かにうっかり飲みかねない保管方法と保管場所ではある。

 というかひょっとして、もしもミコトさんがうっかり飲んじゃったら、『牧畜』スキルの取得は破棄したことにされちゃうのかな……?


 だとしたら……もう少しちゃんとしたところへ保管した方がいいんじゃないだろうか?

 いや、もちろんミコトさんがうっかり飲んじゃう心配なんてしてない。していないけれども……。



 ◇



 再抽選権と『牧畜』スキルをダーツで引き当てた日。結局その日は、どちらも選ぶことができなかった。なんやかんや迷ったまま一日が終わってしまい。決断は翌日に持ち越しとなった。


 ――そして翌日。天界へ来て三日目の朝を僕は迎えた。


「まぁ、悪くはないスキルですよね」


「うん。私もそう思う」


 朝食を取りながら、今回の二択についてミコトさんと相談していた。


 ちなみにディースさんは、あんまり僕達の議論に参加しない。

 ディースさんはルーレットの景品について詳細を語ることができないので、もっぱらニコニコしながら僕達の話を聞いているだけだ。


「育てる家畜は、牛とかヤギとかになるでしょうか?」


「そうだろうね。あとは、羊とか馬とかにわとりとかかな?」


「ふむふむ。やはりその辺りですか」


「豚とかもいたらいいのだけどね」


 と言いながら、朝食の豚角煮丼を口に運ぶミコトさん。


 まぁ豚がいないのは仕方がない。現状ではイノシシしかいないのだ。

 それこそ『牧畜』スキルを駆使して、品種改良でもしなければどうにもならい案件だろう。


「それで場所としては――やっぱりダンジョンですか」


「うん。アレク君にはダンジョンがあることだし、牧草地エリアを作ったらいいんじゃないかな?」


 ダンジョンの巨大フィールドエリアのひとつとして、牧草地エリアか。

 わかんないけど、とりあえず草とかたくさん生い茂ったエリアを作ればいいのかな?


「ふーむ。なんだか『牧畜』スキルもありな気がしてきましたね。いろいろ大変そうではありますが、楽しいこともいっぱいありそうです」


「そうだね。スキルアーツも面白いものが手に入るかもしれないし」


「スキルアーツですか?」


「確か――百頭のヤギを呼び出せるんだったかな?」


「……はい?」


 え、何それ。何そのアーツ……。

 それはもう違くない? それはもう牧畜とは違う別の何かじゃない?


「――あ、そういえば前に聞きましたね。『牧畜』スキルレベル5の人でしたっけ?」


「そうそう。ローデットさんが話していたよね」


 懐かしいな。いつだったかローデットさんに聞かせてもらった記憶がある。

 昔、『牧畜』スキルレベル5まで到達した人がいたらしく、その人が手をかざしただけで、ヤギだか牛だかを百頭出現させたとかなんとか。

 諸説あるらしく、どっちの動物かは定かでないが、そんな逸話があると聞いた。


 ……まぁ僕からすると、どっちでもいいな。どっちだとしても、大して変わらん気がする。


「――牛ね」


「はい?」


 話を聞いていたディースさんが、唐突に口を開いた。


「えっと、牛?」


「最終的に、牛を百八頭まで出現させられるようになったらしいわ」


「え、あ、そうなんですか? というか、実話だったんですね……」


「ええ、私も実際に見ていたわけじゃないのだけど、そんな記録が残っているわ」


「なるほど……」


 そうか、牛を百八頭か……。


 ……あれ? というかこれって、実は結構貴重なお話なんじゃない?

 長きに渡り謎とされていた歴史的事実が、今ここで明らかに――!?


 ……でもまぁ、やっぱりどっちでもいいな。



 ◇



 天界へ来て四日目。

 ぐだぐだと決められないまま、天界四日目へ突入した。


「――そもそもの話、やろうと思えばスキルなしでもできることなんですよね」


「まぁそうだね。牧場と家畜がいたら、牧畜はできる」


「それに長く続けていれば、自力でスキルを取得することもできるでしょうし」


「といっても、それはアレク君に『牧畜』スキルの素質があるかどうかって部分も関係してくるけど……」


「ふーむ……」


 といった感じで、今日もミコトさんと議論を交わす。

 白熱した議論だ。ミコトさんは食後のデザートでチョコレートパフェを食べているが、白熱の議論である。


 ちなみに現在ディースさんは、ニコニコと僕達の話を聞きながら、自分が運営している世界の管理作業をしている。

 両手でコンソール的な物をカタカタといじっているようだが、僕にはそのコンソール自体が見えないため、正直だいぶ不思議な動きに感じる。ちょっとしたテルミン奏者っぽい。


「ふぅ」


「あ、終わりましたか? お疲れ様ですディースさん」


「ありがとうアレクちゃん」


 何やらコンソールを『ッターン!』と弾いたっぽいディースさん。どうやら作業は終了したらしい。

 たぶん数分しかやっていなかったと思うのだけど、世界の管理ってのは案外早く終わるのね。


「ところで、アレクちゃんもミコトも根を詰めすぎじゃない? 少し休んだら?」


「そうだな、そうしようアレク君」


「はぁ……」


 わりとだらだら話していただけな気もするけど、そうなのかな。

 ミコトさんチョコパフェ食べていたけど、根を詰めていたのかな……。


「とりあえず息抜きに――大富豪でもしましょうか」


 そう言ってディースさんは、どこからともなくトランプを取り出した。


「いいな。アレク君達が下界でやっているのを見て、私も少しやりたいと思っていたんだ」


「そうでしたか……。じゃあ、ちょっとやりましょうか」


「うんうん。ルールはどうしようか? 天界にもローカルルールはたくさんあるんだ」


「天界のローカルルール……?」


 天界ローカル……。『天界』と『ローカル』という単語の結びつきに、何やら微妙な違和感を覚えるが……。


 というか、天界でも大富豪は普通にあったのか。

 ディースさんもミコトさんも女神様なわけで、もはや存在自体が富豪とか超越している気がしないでもないけれど……。



 ◇



 天界五日目。

 結局昨日はトランプやらジェ◯ガやらリバーシやらで、普通に夜まで遊んでしまった。そんなこんなで五日目に突入だ。


 とはいえ、一応は議論も重ねている。そして、だいぶ議論が行き詰まってきたのも事実。

 そんなわけでちょっと今日は――頼れる助っ人を呼んでみた。


「と、言うわけなんだ。――ラタトスク君はどう思う?」


 ラタトスク君だ。大ネズミのラタトスク君を天界に召喚してみた。

 そして事情を説明して、ラタトスク君の判断を仰いでみたのだけど――


「キー……」


 ラタトスク君は困っている。


 ……そりゃあまぁ困るよね。突然そんな判断を求められても、困ってしまうさ。


「まぁ、もうちょっといろいろ話し合うつもりだから、ラタトスク君も議論に参加してくれるかな?」


「キー」


 ラタトスク君は結構な常識人――常識鼠なので、良い意見も出してくれるだろう。その辺りに期待しよう。


 そんなことを僕が考えていると――


「久しぶりね、ラタトスクちゃん」


「キー」


 ディースさんが手を伸ばして、ラタトスク君を抱え上げた。


 二年前にルーレットで『召喚』スキルを取得した日、僕はそのまま天界でラタトスク君を初召喚した。

 なので、一応はディースさんもラタトスク君も顔見知りだ。二年ぶりの再会となる。


「いつも活躍は見ているわよ? 頑張っているわね」


「キー」


「ふかふかね。ふかふかよラタトスクちゃん」


「キー」


 ディースさんは優しくラタトスク君を愛でている。

 いやしかし……ラタトスク君も結構な大きさがあるというのに、平然と抱え上げている様は、そこそこの違和感があるな。


「ちょっと乗ってみてもいいかしら?」


「キー?」


「いつもアレクちゃんを乗せているでしょう? 私も少し乗ってみたいの。大丈夫かしら?」


「キー」


 そんなやり取りの末、ラタトスク君はディースさんを騎乗させ、ゆったりと会議室を闊歩かっぽしだした。

 ディースさんも楽しそうで、何よりである。


 ……それにしても、なんかもう普通にだらだら天界で遊んでいるだけの雰囲気になってきたな。

 一応僕も、ちゃんと決めたいとは思っているのだけど……果たしてそれが、一体いつになるのやら……。





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