第371話 アレク君十八歳、五分ぶり八回目
「マスター、マスター」
「うぅ……」
「起きてくださいマスター」
「ダメですよミコトさん……。半チャーハンならまだしも、特盛りチャーハン追加はさすがに……」
「なんの話をしているのですかマスター……」
いやだって、特盛りチャーハンはダメじゃない……?
というかミコトさんは大丈夫なの? 半チャーハンは、半チャーハンだからこそラーメンに追加しても罪悪感が紛れるのだと思う。それを特盛りなんてことにしちゃったら――
「おかしな寝言を言っていないで、起きてくださいマスター」
「ん……? んんん? あれ?」
「おはようございます、マスター」
「おはようございます……? え、何? どういう状況?」
「それを聞きたいのはこっちですが……」
何やらナナさんとユグドラシルさんと大ネズミのモモちゃんが、こちらを覗き込んでいる。
えぇっと、これは……。あ、寝てたのか。寝ていたところを、ナナさんに起こされたのか。
「マスターからのDメールを見て、すぐに起こしたのですよ」
そう言ってナナさんは、僕にダンジョンメニューを見せてきた。
そこには――
『寝ている僕を、今すぐ起こしてもらえるかな^^;』
なんてことが書かれていた。
あー。そうか、そうだった。思い出した。
というか、寝ぼけていた頭がだんだん覚醒してきた。
「マスターはベッドで横になってから、すぐに眠りに落ちて転送されたらしいです。ユグドラシル様が言うには――」
「うむ。一瞬消えたのじゃ。ほんの一瞬。わしには見えた」
「――とのことです。私にはわかりませんでしたが」
「キー」
やはり僕の昇天シーンは一瞬で、ナナさんもモモちゃんも気付けなかったという。
おそろしく速い移動で、ユグドラシルさんでなきゃ見逃しちゃうらしい。
「ユグドラシル様がキャッキャッとはしゃぎ始めた後でメニューを確認してみたのですが、そうしたらこのDメールが」
「ふーむ……。それですぐ起こしてくれたのかな?」
「そうです」
「なるほど。うん、ありがとうナナさん」
つまり僕は、眠りに付いた瞬間に叩き起こされたらしい。
そりゃあ体はだるいし、頭が働かないよね……。
「それで、一体どうしたのですか? ルーレットはどうなりました?」
「あぁうん。ルーレットは引いたんだ。一応レベル30のチートルーレットは引き終わったよ」
「ほうほう」
「そこで僕が手に入れたのは――」
と言い掛けて、少しタメを作る。
ちょっとした緩急を作って、発表までの演出をしてみたりして。
「――レベル5アップボーナス」
「レベル5アップボーナス?」
「レベルが5つアップするらしいボーナス」
今回のルーレットで僕が引き当てたのは、そんな景品だ。
そして僕はディースさんから、黄色い液体で満たされたビンを受け取った。
スキル取得のときと同じように、その薬を飲むとレベル5アップボーナスを取得できるらしい。
ちなみにだが、その薬はなんだか栄養ドリンクっぽい味で、結構美味しかった。
ただ、ビンの大きさが500ミリのペットボトルほどもあり、量が多くて飲むのが大変だった。あれは100ミリでレベル1アップの計算なのかね?
「え、だとするとマスターは、それでレベルが5つ上がって……現在レベル35ですか?」
「たぶん」
「でもそれじゃあ――またルーレットじゃないですか」
「そうみたい」
ナナさんの言う通り、しっかりレベル5アップボーナスが発動できていれば、現在僕のレベルは35。もう一回ルーレットを引ける。もう一回引けるドン。
「ふーむ。そういうこともあるのじゃな……。それで、二回目のルーレットも引いてきたのか?」
「いえ、一回戻らなきゃダメらしいです」
「そうなのか?」
「あくまでさっきのはレベル30のチートルーレットで、二連続でルーレットはダメらしいです」
一回下界に戻ってから、改めて転送することで、今度はレベル35のチートルーレットが始まるとのことだ。なんかそういうルールらしい。
「というわけで、もう一回行ってきます」
「む、今すぐ行くのか?」
「ええはい。実はそのためにすぐ起こしてもらったんですよ。今ならすぐ眠れるでしょうし」
まぁ今日は普通に寝て、明日改めて転送されるって感じでもよかったんだけどね。
でも今は準備もしっかり整っているし、どうせならここで二度寝して、サクッと二回目を引いてこようと考えたわけだ。
「それじゃあ寝ますね。このまま話していたら、本格的に覚醒してしまいそうですし」
「そうか。うむ。しっかり見ておるぞ? 一日で二回も見られるとは、なかなかに
「はい。では、そういうことで」
贅沢ってのはよくわかんないけど……。まぁユグドラシルさんが喜んでくれるのなら何よりだ。
では――おやすみなさい。
◇
「……む?」
「やぁアレク君」
「あ、ミコトさん、ディースさん」
目の前には二人の女神様。そして周りを見渡せば、ここは例の会議室。
どうやら僕は、無事に転送されたらしい。
つまり無事に――レベル5アップしていたらしい。レベル35のチートルーレットが開幕だ。
「えぇと、いつものセリフふうに言えば――今回が五分ぶり八回目のチートルーレット、アレク君はまだ十八歳だ」
「はぁ……」
まぁ確かにミコトさんが毎回言っているセリフではある。
前回も、『二年ぶり七回目のチートルーレット、アレク君ももう十八歳』なんてことを伝えられた。
そして今回は、五分ぶりか……。
「五分というのは、下界にいた時間ですか?」
「うん。アレク君が下界に戻って、ナナさんに起こされて、また眠って転送されるまでの時間だね」
「なるほど……」
たった五分で、再びチートルーレット……。
別にタイムアタックをしているつもりもなかったけれど、この五分という記録は、今後破られることはないだろうな……。
「あ、それでディース、今回アレク君がレベルアップした瞬間はいつだったんだ?」
「ここでレベル5アップボーナスの薬を飲み終わった瞬間ね」
「だそうだアレク君」
「まぁそうでしょうね……」
これも毎回教えてくれる情報だけど、そりゃあそうだろうさ……。
……うん? いや、待てよ? あるいは有益な情報だったりするか?
今の情報は、『薬を飲むことで経験値を取得して、飲み終わったところでレベルアップした』という情報だろう。だとすると、かなり有益なのでは……?
「ミコトがそんなふうにいつものパターンを消化するのなら、私もアレクちゃんを膝の上に乗せるという恒例のパターンを…………あら? アレクちゃん? どうかした?」
「あ、はい、少し考え事をしていまして」
そろりそろりと僕を捕獲しようと近付いてきたディースさんだが、僕の様子を見て足を止めた。
……というか、僕を膝の上に乗せることは、恒例のパターンだったのか。
「何を考えていたのかしら?」
「はい。レベルアップ時の、能力値についてです」
「…………」
レベルアップしたときには、能力値が合計で3ポイント上昇する。そして上昇する能力値は、それまでの行動が作用する。
たくさん魔力を使ってレベルアップしたら『魔力値』が、細かい技術を使ってレベルアップしたら『器用さ』が上昇する。
今回のレベル5アップボーナスで僕は――どうにか上昇する能力値を選べないかと考えたのだ。
「改めてになりますが――今回僕が目指したのは『素早さ』です。『素早さ』を意識しながら薬を飲めば、『素早さ』が上昇するんじゃないかと考えました」
『素早さ』だ。是非とも『素早さ』が欲しい。
レベル5アップで得られる能力値は、合計15ポイント。こいつを全部『素早さ』にぶっ込みたい。
「うん。そのためにアレク君がやったことが――」
「薬を飲みながら、反復横跳びをしました」
そんなことをしてみた。傍から見たら、これ以上ないほどの奇行だが、そんなチャレンジをしてみた。
正直、結構な苦行だった。以前、走りながら回復薬を飲もうとしてむせるってことがあったけど、大変さはその比じゃなかった。
あんまりにも苦行すぎて大変すぎて、途中でやめたくなった。人は、反復横跳びをしながら液体を飲むようには出来ていないのだと知った。
そもそもの話、薬の量が多すぎる。500ミリもあるのだ。しかも万が一にもこぼせないし……。
それでいて素早い動きを求められるとか、ちょっと作業の難度が高すぎる。……見た目もシュールだし。
――だがしかし、それでも僕は頑張った。ミコトさんの声援を受けながら、『素早さ』+15のために頑張った。
休み休み作業を続け、全部飲み終わるまで結局一時間くらい掛かったらしいけど、どうにかこうにかやり遂げたのだ。
「ずいぶん大変そうだったけど、頑張っていたなぁアレク君」
「ミコトさんも応援ありがとうございました。こうして再び転送されたということで、どうやら無事に全部飲めたようですね」
改めて天界に呼ばれたのだから、こぼさずにちゃんと全部飲めて、レベル5アップしたわけだ。
そして、先程の『薬を飲んでいる最中に、経験値を得ているはず』という情報から鑑みるに――
やはり僕が予想した通り、素早い動きをしながら経験値を得てレベルアップしたのだから、『素早さ』が上昇しているはず!
……って思っているんだけど、どうなんだろう。
正直なところ、あんまり『素早さ』が上がった実感がないんだよね……。あと、ディースさんが無言なのがな……。
ルーレットの景品ということで、やはりディースさんからは『レベル5アップボーナス』の詳細は聞けず、能力値のことも教えてくれなかった。
そんなわけで、結果がどうなるかわからないまま半信半疑で始めた反復横跳びだったのだけど……。
ただ、こうして僕がミコトさんと話しているときも、僕が地獄の反復横跳びをしているときも、ディースさんは沈痛な面持ちで目をそらしていた。
これはもう、やっぱり『素早さ』は上がってないんじゃないかっていう……。そんな気がしてならない……。
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