第370話 チートルーレット Lv30


「それ、なんですか?」


「チュロスよ?」


「チュロス……」


 天界の会議室で一泊した翌朝、僕は女神様二人と朝食をとっていた。

 朝食のメニューは三人とも別なのだけど、ディースさんは細長い揚げたお菓子のような物を食べている。


 なんだろうと思ったら、チュロスとのことだ。チュロスをホットチョコレートに浸けながら食べている。

 なんだかおやつっぽい雰囲気だけど、それが朝食なのか。


 ちなみにミコトさんは、カツ丼を食べている。


「アレクちゃんはそれでよかったの? ご飯とお味噌汁とかも出せるわよ?」


「あー、確かにそれは魅力的な提案ですが、僕はもうこっちの食事に慣れているので」


 というわけで、僕の朝食は普段メイユ村でも食べているようなメニューだ。パンとスープとサラダのセットを注文させてもらった。


 ご飯とお味噌汁ってのは確かに心惹かれるものがあるけれど、下界に戻った後のことを考えると、あんまり食べない方がいいと思うんだ。

 下界では食べられない物だし、その食事に慣れてしまうのは問題な気がする。


 まぁちょっとくらいなら大丈夫な気もするけれど……それでも僕は、いずれ下界で日本食を探して食べるって目標もあるわけで、そのときまでは我慢だ。


 そんな感じで、今日の朝食も昨日の夕食も、僕は似た感じのメニューを注文した。

 ちなみに昨日の夕食、ディースさんはパエリアを、ミコトさんは味噌ラーメンと半チャーハンを食べていた。


「さてアレク君。食事が終わったら、いよいよレベル30のチートルーレットだ」


「あぁはい。いよいよですね」


 いよいよルーレットによる抽選。楽しみだ。

 なんだか久々な感じがするね。今回も二年ぶりのルーレットということで、ペース的には例年と変わらないのだけど、なんだかえらく久々な感覚。


「今回二年ぶりで、前回貰ったのが――あぁ、『召喚』スキルですか」


 そうか、『召喚』スキルを取得したのが二年前か。

 なんというか、『あれから二年しか経っていなかったのか』という印象だ。この二年が濃密だったからこそ、今回のルーレットも久々に感じるのだろう。


「振り返ってみると、『召喚』スキルは当たりでしたね。貰えてよかったです」


「そうね、やっぱり大ネズミのラタトスクちゃんも、アレクちゃんのために頑張っているものね。私もアレクちゃんに喜んでもらえて嬉しいわ」


 ラタトスク……。そういえばディースさんはそう呼んでいるんだっけか。


「そうかそうか、そんなに当たりだったか」


「ええはい。もう大当たりですね」


「いやいや、そうまで言われてしまうと、私も少し照れるな」


「……え?」


「ん?」


「――あ、はい。ミコトさんが下界に来てくれるようになって、僕も嬉しいです」


「そうかそうか」


 僕の言葉に対し、満足そうににっこりと微笑むミコトさん。


 ……あぶないところだった。普通にラタトスク君のことしか考えていなかった。

 『召喚』スキルを取得して一番良かったことは、ラタトスク君と出会えたことだ。その気持ちが大きすぎて、ミコトさんのことはすっかり……。


 いや、ミコトさんが来てくれたことも嬉しいよ? 嬉しいとも。それは本当に、うん。



 ◇



 朝食が終わり、ひとしきり三人でだらだらした後――いよいよレベル30のチートルーレットが始まろうとしていた。


「ちなみにアレク君がレベル30に上がったのは、ラタトスクに騎乗中、振り落とされて地面に転がった瞬間だそうだ」


「…………」


 そうなんだ……。なんかここへ来るとレベルアップの瞬間を教えてくれるのだけど、僕のレベルアップは、いつも微妙なタイミングで起こっている気がする。


 ……まぁいい。格好はどうあれ、無事にレベル30へ到達したんだ。気にすることはない。レベル30のルーレットを始めようじゃあないか。


「それじゃあアレクちゃん、これ」


「ありがとうございます」


 ディースさんからダーツを受け取り、僕はスロウラインへと進む。

 ちなみにダーツの羽には、ディースさんと僕とナナさんが描かれていた。芸が細かい。


「準備はいいかしら」


「いつでもどうぞ」


「それじゃあ行くわよー、チートルーレット――スタート!!」


 僕が返事をすると、ディースさんはボードに手を掛けてルーレットを回し始めた。


 そしてディースさんは、いつものようにコールを――


「召喚スーキル! プラスディース! 召喚スーキル! プラスディース!」


「え?」


 ……な、なんだそのコールは! パ◯ェロコールはどうしたのだ!


「あの、えっと、ディースさん……?」


「召喚スー……何かしら?」


「そのコールは一体……?」


「是非とも当ててほしいの」


「…………」


 前回僕は、『召喚』スキル(+ミコト)なるものを引き当てたわけだが――今度は、是が非でも『召喚』スキル(+ディース)を当ててほしいそうだ。

 ……というか、やっぱりディースさんバージョンもあるのか。


「ですがディースさん、正直投げづらいです」


「そう……」


 リズムが独特過ぎて、ちょっと投げづらい。

 あと、プレッシャーがすごい。そんなふうに圧を掛けられると、やっぱりちょっと投げづらい。


「まぁそうね、それでダーツを外してしまったら元も子もないものね……」


「すみません……」


「わかったわ。それならいつも通り、パ◯ェロコールにするわ」


「え? あ、えぇと――」


「パー◯ェーロ! パー◯ェーロ!」


「…………」


 ディースさんはいつものコールを繰り返しながら、手拍子を始めた。

 僕は別に、そこまでパ◯ェロコールを求めていたわけでもないのだけど……。


 とはいえ、完全に無音で静まり返った状況で投げるよりはいいかもしれない。

 それに僕もいい加減慣れてしまったのか、なんとなくこのコールを聞いていると、落ち着いてしっかりダーツを投げられそうな予感も……。


 そんなことをぼんやり考えながら、僕はチートルーレットに向き合う。


「では、行きます」


「パー◯ェーロ! パー◯ェーロ!」


「やー」


「パー◯ェーロ! パー◯ェーロ!」


 会議室にディースさんのパ◯ェロコールが響き渡る中、僕が投擲とうてきしたダーツは――――無事にルーレットボードへ突き刺さった。


 よしよし。ダーツは無事成功。

 やはりこれは、パ◯ェロコールの恩恵おんけいなのだろうか……?


「それじゃあ確認するわね?」


「お願いします」


 ディースさんはボードの回転を止め、ダーツが刺さった部分を覗き込む。

 僕がそわそわしながらディースさんの言葉を待っていると――


「なるほど…………なんとも言えないものを引き当てたわね」


「なんとも言えない?」


 そんな感想を、ディースさんがポツリと漏らした。

 なんとも言えない? なんとも言えない景品なの?


「いえ、悪いものではないのよ? そこまで大したものではないけれど、なんのデメリットもないし」


「デメリットもない?」


 いつものように、景品の発表前にヒントを小出しにしてくるディースさん。

 しかし、そのヒントでは景品を予想することも難しい。


 なんだろう? デメリットがないってのはなんだろうね? どことなく変わった表現だ。

 うーむ。わかんない。わかんないけど……悪いものではないんだよね?


「それでは、発表します」


「あ、はい」


 ディースさんのヒントを元に、あれやこれやと考えていたが、いよいよ発表らしい。


 さぁさぁ、今回僕が引き当てた景品とはなんなのか。

 大したものではないけれど、悪いものではないし、デメリットもない。そんななんとも言えない景品とは一体――!


「おめでとうございます――――『レベル5アップボーナス』獲得です!」


 ……ふむ?





 next chapter:アレク君十八歳、五分ぶり八回目

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