第360話 十八歳の僕


 十八歳になってしまった。


「十八歳だよ父」


「え? あ、うん、おめでとうアレク」


「ありがとう父」


 今日は僕の誕生日だったりする。十八回目の誕生日だ。


 誕生日とはいえ、朝はいつも通り。

 こうして日課である父との剣術稽古に赴いたわけだが――


 いやしかし、どうにもそわそわしてしまうな……。


「どうかした? なんだかそわそわしているけど」


「あ、やっぱりそう見える?」


「うん。そわそわというか……もぞもぞしている」


 もぞもぞしていたつもりはなかったんだけど……。


「トイレかな?」


「違うよ父……」


 なんて短絡的なのだ父よ……。


「そうじゃなくて、十八歳だからだよ。十八歳になったかと思うと、どうしてもそわそわしちゃうんだ」


「えっと、よくわからないんだけど、何がそんなに気になるの?」


「だって十八歳だよ? 十八歳ともなると、もうだいぶ大人な感じがしない?」


「そうなの? 二十歳ならまだわかるんだけど、十八歳で?」


 ふむ……。お酒が二十歳以上だったり、ダンジョンで『二十歳未満、立入禁止』の看板が立てられていることからもわかるように、この世界でも二十歳未満が子供で、二十歳以上は大人として見られる節がある。


 確かに二十歳という年齢は、なかなかに大きな区切りだろう。それはわかる。

 だけど十八歳だって、そこそこ大きな区切りだと僕は思うんだ。


「だって例えば――『あなたは18歳以上ですか?』っていう質問に、『はい。18歳以上です』って答えることができるんだよ?」


「何その質問……。そんなこと聞く人いるの……?」


 前世では、結構聞かれた気がする。


「あとは何かな? 十八歳でしょ? 十八歳って言うと…………選挙?」


「選挙?」


 選挙権だ。十八歳になったら選挙権が貰える。選挙で投票ができる。


 いやしかし、『あなたは18歳以上ですか?』の次に思い付いたのが選挙権か……。なんというか落差がすごい。

 というか、できたら選挙権の方を先に思い付いておきたかった。何故僕は、真っ先に『あなたは18歳以上ですか?』を連想してしまったのか。


 ……まぁいいや。とりあえず無事に選挙権も獲得したことだし、これからはバシバシ投票していこう。


「次の選挙では任せてね、僕も父に投票するから」


「投票? なんの?」


「なんのって、村長選挙に決まっているじゃない」


「村長選挙……?」


 長年父はメイユ村の村長を勤めているわけだが、ようやく僕も父に協力することができそうだ。

 なにせ今までの村長選では、選挙権がなくて投票が…………あれ?


「ね、ねぇ父、僕は今まで、村長選挙が行われているところを見たことがないんだけど……?」


「えぇと、まぁ、やってないから……」


 やってない!?


 なんてことだ……。記憶にないと思ったら、本当にやっていなかったのか……。

 どのくらいやっていないんだろう……。確か父は、五十年以上村長を続けているって話だと思ったけど……え、まさか一度もやっていないの?


「えっと、じゃあ任期は? 村長の任期はどれくらいなの?」


「任期? いや、特に決まってないけど……」


 なんという独裁政権!


 えぇ……。めちゃくちゃだ……。

 普通の独裁者だって、一応は形ばかりの選挙をするものだろうに、それすらもなく、長期政権を築くとは……。


 闇だ……。メイユ村の闇……。

 そしてその闇の中心に、父がいるだなんて……。



 ◇



 気にしないことにした。

 何やら村の闇を知ってしまった気がする僕だけど、気にしないことにした。


 村の人達も不満はないっぽいし、特に問題はないのだろう。たぶんそう。きっとそう。

 そういうことにして、僕はメイユ村の闇から目をそらした。村の暗部にメスを入れることは思い止まった。


 というわけで、その後はいつも通り、父との朝練に挑む僕。

 ――いや、いつも通りではないかな。なんせ十八歳だからね。十八歳になった僕の初訓練。否が応でも気合が入る。


「お疲れアレク」


「お疲れ様でした」


「今日はちょっと動きが硬かったかな。体に余計な力が入っていた感じ」


 おぉう、空回りだ。

 気合が空回りして、悪い方向にいってしまった。


「うーん。十八歳になったことだし、心機一転これから頑張ろうって思ってさ、それで力が入っちゃったみたい」


「そうなんだ……。やっぱり僕としては、なんでそこまでアレクが十八歳にこだわっているのかわからないけど……。でもまぁ、その意気込みは立派なことかもしれないね」


「やっぱりそうだよね?」


 十八歳になった以上、僕も今までの僕じゃいられない。

 リボーンだ。リボーンして、ニューアレクになるんだ。


「そういえばさ、ちょっと思ったんだけど……」


「うん?」


「――もう短パンはやめた方がいいのかな?」


 今日も今日とて短パン着用の僕。

 むき出しの膝小僧を自分でペチーンと叩きながら、そんなことを父に尋ねてみた。


「えっと、どうしたの急に」


「もう十八歳だしさ、十八歳で短パンってどうなんだろう」


 ニューアレクへの第一歩として、短パンをやめるってのはどうだろう。

 普通に考えて、十八歳はあんまり短パンを履かない気がする。


「うーん。無理にやめることもないと思うけど……」


「無理に……?」


 別に無理をするわけでもないのだけど……。

 短パンをやめることは、そこまで苦痛を伴う決断ってわけでもないのだけど……。


 そもそもの話、別に僕が好き好んで短パンをチョイスしているわけでもないんだ。

 僕の服は母が作ってくれる物なのだけど、母の作るズボンが、何故か全部短パンだっただけで――


 ……というか今さらだけど、なんで短パンばっかりなんだろう。

 母が短パンばっかり提供してくることで、必然的に僕は今までずっと短パンだった。冬でも本当に寒い日以外は、膝小僧が出るくらいの短パンで過ごしていた。


「あ、それ以前に、十八歳にもなって母親に服を用意してもらうってのも、ちょっとどうかと思うよね」


 それも結構ダメな感じしない? だいぶ痛々しく感じる。

 ナナさんふうに言えば、だいぶマザコン気質だ。


「そうなの? 僕の服も、ミリアムが作ってくれる物だけど……」


「あれ、そうだっけ? あ、ナナさんもかな?」


 あぁ、あと大ネズミのダモクレス君もか。ダモクレス君の服も、母のお手製だった気がする。

 お小遣いを上げるようになってから、ダモクレス君は自分で服を買っていたりもするけれど、母も母で、新しい服を未だに提供していたような……?


 というか、十八歳になってようやく自分で服を買おうとした僕よりも、数段早くダモクレス君は自分で服を買っていたわけか。さすがはダモクレス君だ……。


「んー、みんな母の手作りなら、僕も気にすることないかな」


「うん。ミリアムはお裁縫も上手だし、作ってもらったらいいよ。それに、無理して短パンをやめることもないよ」


 無理はしていないというのに……。

 まぁいいや。結局僕は作ってもらう立場なわけだし、母の好きに作ってもらおうか。


「あ、あともうひとつ気になったことがあってさ」


「うん? なんだろう?」


「一人称。一人称を、そろそろ変えた方がいいんじゃないかなって」


「一人称?」


 今まで僕の一人称は、『僕』だった。

 ニューアレクへの第二歩として、この一人称を変えるのはどうだろう。


「よくよく考えると『僕』ってのは、ずいぶんと子供っぽい一人称だよね」


「えっと……」


「もう十八歳になったんだから、いつまでも自分のことを『僕』なんて呼ぶのも変でしょう? そろそろ変えてみても――」


「ねぇアレク……。それは、に聞いているのかい……?」


「あっ……」


 三百歳を超えても一人称が『僕』の人に対し、僕はなんてことを……。





 next chapter:教習所の間隔が結構空いちゃって、なんかもう行きたくない

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