第359話 クリスマスに、本当は予定もないのに見栄を張ってログインしてこないネトゲのフレンド


 フルールさんが欠陥住宅を建築したのではないかという誤解は解けたが――僕がマザコンなのではないかという、新たな誤解が生まれてしまった。


「違いますよ? 別にそういうんじゃないですよ?」


「う、うむ」


 依然として、ちょっとだけ引き気味なユグドラシルさん。

 解かねばなるまい。その誤解だけは、しっかり解かねばなるまい。


「いえ、実は母がですね……ねるんですよ」


「拗ねる?」


「夕食をすっぽかすと、母が拗ねるんです」


 料理にこだわりがあって、実際に料理が上手い母ではあるが、それゆえに僕が夕食をすっぽかすと、大層拗ねる。

 それは別荘が完成した今でも同様で、夕食時に僕が戻ってこないと、ぷんすか拗ねる。


 ついでにナナさんも拗ねる。『私の厚焼き卵を食べないとは何事か』などと騒ぎ、大層おかんむりだ。

 ……まぁナナさんの場合は、なんとなく母に便乗しているだけな気もするけど。


「どうも母曰く、世界旅行中は仕方ないにしても、今はメイユ村にいるのだから私の料理を食べなさい――ってことらしいです」


「そうか、そんなことが……」


「そんなことがあったのですよ。それでアレクハウスに寄った日も、毎回夕食前には自宅に戻る日々です」


 仕方ないので母の言いつけを守り、きちんと毎回帰宅する日々の僕。

 ……そしてやっぱりナナさんからは、『マスターはマザコン気質』と言われてしまう日々の僕。


「そういうわけでして、夜中僕はアレクハウスにいないんです。――なので、実際にどれくらいの人がアレクハウスを利用しているか、わからない状態です」


「家主のお主がわからんとは……」


「日中アレクハウスにやってきたら、突然ゲストルームから人が現れてびっくりってことも、よくあります」


「なんなのじゃこの家は……」


 もはやアレクハウスは、『アレクが住むハウス』ではなく、『アレクが提供するハウス』になりつつある。


「――というかですね」


「うん?」


「今も誰かいるっぽいんですよね」


「えぇ……」


 僕の言葉に、ちょっとビビるユグドラシルさん。

 

「ユグドラシルさんは見ませんでしたか? ゲストルームのドアノブに、『使用中』のプレートが掛かっていたと思うのですが」


「いや、それは気付かんかった……。というか、その仕組みを知らんかったのじゃが……」


 あぁ、それはまだ説明していなかったか。

 アレクハウスのゲストルームは、使用中に『使用中』プレートをドアノブに掛ける決まりがある。


 個人的には、もっとホテルっぽく『起こさないでください』のプレートにしてみたかったのだけど、ちょっとわかりづらいかとも思い、シンプルに『使用中』プレートにしてみた。


「鍵が掛かっているかまでは確認していませんが、あのプレートが掛かっているということは、どうやら誰かが部屋を使っているみたいです」


「誰かが……?」


「誰かが」


「誰だかわからん誰かが同じ家にいるという状態が、わしは少し怖いのじゃが……」


「まぁ、そう言われると……」


 そう言われると、確かにそんな気もするけどね。

 とはいえ、僕は信用できる人にしか合鍵を渡していないのだから、特に問題が起こることもないはずだが。


 などと考えつつ、今までに合鍵を渡した人達のことを思い浮かべると――

 ……なんだろうね。なんかちょっと不安になってきた。



 ◇



「わりと予想外の人物がいましたね」


「うーむ……」


 ゲストルームを使用していた人物。

 誰かと思えば――ルクミーヌ村の美人村長さんであった。


 聞くところによると、泊まること自体は少ないらしいのだが、最近ちょくちょくアレクハウスを利用しているとのことだ。

 というか、時々は泊まるのか美人村長さん……。


「とりあえずどうぞ」


「うむ」


 僕はユグドラシルさんの元へ、バランスボールを転がした。


 バランスボール。バランスボールである。

 僕が作った木工シリーズの中でも、なかなかに好評を博しているバランスボールは、アレクハウスにも置かれている。

 置き場所はリビングだ。鍵が掛かっている僕の部屋に置いたら、みんなが使うことができないので、リビングに設置した。


 ちなみに、このバランスボールを取りに行こうとリビングへ向かったところで、ゲストルームから出てきた美人村長さんと鉢合わせたのだった。


 そんなことがありつつも、僕達はリビングでバランスボールを手に入れて、ついでにフラフープも手に入れてから、僕の部屋に戻ってきた。


「それはそうとアレク」


「おぉぉ……」


「アレク?」


「あ、はい」


 何やら平然とバランスボールの上に片足で立ち、フラフープを回し始めたユグドラシルさんに軽くビビってしまった。

 いったいどんなバランス感覚だ。ここまでのバランス感覚を見せられたら、バランスボールもお手上げだろう。


「それで、なんでしょう?」


「うむ。大したことではないのじゃが、もう今年も終わりかと思ってのう」


「あー、そうですね、もうすっかり年の瀬ですね」


 もうすぐ今年も終わりだ。あと一週間ほどで年が終わる。


「思い返せば、今年もいろいろ――――んん?」


「うん?」


「いえ、今年は……」


 今年は……どうだ? いろいろあったか?


「……なんか今年は、いろいろなかった気がします」


「いろいろなかった?」


「特にこれといって事件があったわけでもなく、あっさり目の一年だったような……」


 一年の終りに近づき、ふと今年の出来事を振り返ってみたのだが、なんとなくそんな感想を抱いてしまった。

 なんだか駆け足で、あっという間に一年が終わってしまったかのような印象だ。


「そうなのか? この別荘を建てたことだけでも、それなりに大きな出来事じゃと思うが?」


「そうですよね、そうなんですけど……」


 だけど、逆に言えばそれくらいじゃないか? 今年あったことと言えば、別荘を建てたことと、『レンタルスキル』を取得したことくらいで――

 ……あ、違う。『レンタルスキル』の取得は去年だ。今年に入ってようやく使い方がわかっただけで、取得自体は去年の出来事だ。


「……やっぱり去年が濃密だったからですかね? 今年の始めにユグドラシルさんにも話しましたが、去年は本当にいろいろありました。それに比べると、今年はどうにも……」


「ふーむ」


 去年は本当にイベントが盛りだくさんだった気がする。それに引き換え、今年は全然だ。

 確かに別荘の建築は大きな出来事で、僕だってそれなりに建築作業は頑張っていたはずなのだけど、なんだかそれすらもあっさり終わってしまったような――


 まるで――実際の建築シーンがバッサリカットされてしまったかのような。


「アレク?」


「ああいえ、すみません、急におかしなことを言い出して」


「構わん。いつものことじゃ」


「…………」


「まぁアレクの言動はともかく、何事もなく無事に一年過ごせたというのなら、それはそれで幸せなことじゃろ」


「なるほど……。確かにそうですね」


 そう言われると、そんな気もする。

 さすがはユグドラシルさん。含蓄がんちくのある言葉だ。


「でじゃアレク。今年アレクと会うのは、おそらく今日が最後になるじゃろう」


「あぁ、そうなりますか」


「やはり年末年始は忙しいのじゃ」


「そういえば、毎年そう言っていますね……」


「いつも忙しい身のわしじゃが、年末年始は特にな」


 などと話し、何やら忙しいアピールを始めたユグドラシルさん……。


 普段からわりと暇そうなユグドラシルさんで、なんだったら年末年始も実はそれほど忙しくないんじゃないかと、ちょっぴり疑っている僕だったりもする……。

 なんだろうね……。クリスマスに、本当は予定もないのに見栄を張ってログインしてこないネトゲのフレンド的な雰囲気を感じる。


 ……いや、まぁそれは前世の僕なのだけど。


「では、再会は年明けですか」


「そうじゃのう」


「なるほど。では改めて、今年も一年お世話になりましたユグドラシルさん」


「うむ」


 何事もなかった一年ではあったけど、それでもユグドラシルさんには大変お世話になった。

 その想いを言葉に変えて、僕はしっかりとユグドラシルさんに感謝を伝えた。



 ――とはいえ。

 とはいえだ、言葉だけじゃあ伝わらないこともある。

 言葉だけでは、しっかり誠意が伝わらないこともあるだろう。


 なので来年ユグドラシルさんと再会するまでには、しっかり準備しておかねばならない――金の延べ棒を。


 ダンジョン前のユグドラシル神像へのお供えを金に変えた、金の延べ棒。今年一年の感謝を込めた、金の延べ棒だ。

 ちなみに今年分の延べ棒は、なかなかに大きな物になると予想されている。


 あれを渡すと、わりと引き気味になってしまうユグドラシルさんではあるけれど、しっかり受け取ってもらわなければならない。村人全員の想いであり、誠意なのだ。否が応でも受け取ってもらわないと。





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