第361話 教習所の間隔が結構空いちゃって、なんかもう行きたくない
「ニューアレクとして、何か始めてみたいって気もするよね」
十八歳の誕生日を迎えてから二週間。
未だに十八歳気分が抜けない僕は、そんなことをつぶやきながら村の中を歩いていた。
「なんかしたいよねー、なんか新しいこと」
一人称も短パンも、なんだかんだで現状維持が決まってしまった。――であるならば、何か他に始めてみたい。新しい他の何かにチャレンジしてみたい。
ここ二週間ほど、そんな意欲にあふれている僕ことニューアレクなのである。
たぶんこの意気込み自体は、そこそこ立派なことだろう。父もそう褒めてくれた。
問題は、実際に何を始めるかってことと――こんなふうに僕が無駄にやる気を見せたときは、大抵ろくな結果にならないって懸念か。
というわけで、なるべく人様の迷惑にならないような、それでいて革新的な何かを始めてみたいわけだけど……。
「んー。とりあえず何か作ってみようかな? 道具なり遊具なり、何か新たな木工作品を――」
木工作品…………いや、違うな。
それは違う。それは新しくない。それじゃああまりにも普段通りすぎる。
それではニューアレクではなく――オールドアレクだ。
なのでどうだろう。ここはあえて――
「木工以外で作ってみるのはどうかな?」
今まで僕は、『木工』スキルを用いて地球産の木工作品をいろいろ作ってきた。
しかしあえて今回は、木工以外で作ってみたらどうだろう。例えば革だったり鉄だったり、なんかそういう素材で。
ふむふむ。これはなかなか新しいぞ? 今までの僕にはない試みだ。
「だけどそうなると、ジェレッドパパに頼ることになるかな?」
素材が木材でない以上、僕が直接作るのは難しいかもしれない。
となれば、ジェレッドパパにお願いするしかないだろう。
とりあえず僕がジェレッドパパにアイデアを伝え、ジェレッドパパに設計してもらい、ジェレッドパパに素材を加工してもらい、ジェレッドパパに組み立ててもらい――
「……なんかニューアレクの試みは、ジェレッドパパさんの負担がすごい」
もうほとんどジェレッドパパに頼りっぱなしの状態だ。
しかも、もしもそれが流行ったりなんかした場合、ジェレッドパパの一人無限地獄が開幕である。
「
結局ジェレッドパパに結構な迷惑を掛けてしまいそうだし、そもそもそれは、もうあんまりニューアレクじゃない。もはやニュージェレッドパパと呼べそうな状況だ。
僕がしたいのは、そういうことじゃない。僕はもっとこう――自分のスキルアップを目指したいんだ。
「……ふむ。スキルアップ」
スキルアップ。そのままの意味でスキルアップ――新スキル取得を目指してみるってのも、なかなか面白い気がする。
やっぱりこの世界はスキルが重要だからね。スキルを多く持っていれば、それだけ有利になると思う。そんなスキル社会だ。
「……でもまぁ、『水魔法』スキルを修行中の身だしな」
もとより、今がまさに新スキル取得を目指している最中なわけで、そこからさらに新スキルを狙うってのもどうなのか。
それならば、『水魔法』に集中した方がいいような気がしなくもない。
母が言うには、四年あれば『水魔法』を取得できるって話だった。
だとすると――来年だ。
訓練を始めて、かれこれ三年近くの月日が流れようとしている。つまり来年には、『水魔法』スキルを取得できる計算になる。
「とはいえ、本当に来年取得できるのかは、あんまり自信がないけど……」
もちろん僕も日頃から真面目に訓練に取り組んでいるし、母も頻繁に指導をしてくれる。
だけど母の訓練は、あまりにも独特すぎて……。
「小一時間ほど、大量の水を全身にぶっかけられたあの訓練は、本当に意味があったのだろうか……」
ぶっかけられた水を、僕自身が魔力で操るっていう訓練だった。まったくの無意味ってこともないのだろうけど、効果的な訓練だったかどうかはわからない。
何やら母の思い付きで始めた訓練っぽかったし……。
なんだか父のときとは、だいぶ趣の異なる母の訓練だ。
父に『剣』スキルを指導してもらったときは、ただひたすら真面目に毎日剣術稽古を繰り返していた。
そんな父との訓練でも、『剣』スキル取得までは八年掛かったわけだけど……。
これで本当に、『剣』スキル取得に掛かった時間の半分で『水魔法』スキルが取得できるのだろうか……。
「というか本当に半分の時間で取得できたら、父は凹みそうだよね…………ん? あ、着いた」
いろいろ計画を立てつつ、あれこれ妄想しつつ、結局は何も決まらないという、ここ最近ではお馴染みとなったニューアレクムーブをこなしているうちに、目的地に到着した。
目的地の――ジスレア診療所である。
さっそく僕は、診療所の扉を――
「あれ?」
扉を開けようとしたところで、その扉に紙が貼られていることに気が付いた。
張り紙の文面は――
『少し出かける』
とのことだ。
「……すごいシンプル」
いや、いいんだけどね。別に格式ばった丁寧な文章を求めているわけでもないからさ。
逆に、『平素は当院をご利用頂き、厚く御礼申し上げます。誠に勝手ながら――』みたいな文章を掲載されても、そっちの方が戸惑ってしまう。
それよりは『少し出かける』の方が、どことなくジスレアさんっぽい雰囲気も感じる文面で、何やらほっこりする。
「いやしかし、いないのか……」
それは少し困ったな。怪我の治療をしてもらおうと思っていたのに。
「んー。いつ帰ってくるんだろう」
張り紙を眺めてみても、お休みがいつまでかは書いていない。『少し出かける』の一文だけだ。どれだけ眺めてみても、どこまでもシンプルな張り紙である。
「というかジスレアさん、字綺麗だね」
なんとなく張り紙を眺めてそう思った。何気に字が綺麗。
「ありがとう」
「へ?」
◇
偶然にも、たった今帰ってきたところらしいジスレアさん。
僕はジスレアさんに導かれて診療所の中へ入り、深爪を治療してもらった。
そして、少し話を聞いてみると――
「はぁ、人界までですか」
「うん。ちょっと行ってきた」
なんでもジスレアさんは、人界までふらっと旅してきたらしい。
「どこまで行かれたんでしょう?」
「ラフトの町まで」
「はぁ、ラフトの町までですか……」
ふらっとラフトの町まで行ってきたとのことだ。
ふらっとラフトの町。微妙にダジャレっぽくなったのはさておき、ふらっと行けるのはすごいなぁ。僕なんてガッツリ準備をした結果、入れなかったというのに……。
「そういうわけで――そろそろ行こう」
「はい?」
「再出発しよう。アレクふうに言えば――第五回、世界旅行」
「え……?」
再出発? 第五回世界旅行……?
「えっと……あ、それじゃあ対策はもう終わったんですか? なんでも『別の角度で対策を考える』って話だと思いましたけど」
「大丈夫。その準備が、ようやく整った」
「なるほど……」
ジスレアさんの考える、僕の顔面対策。
第四回世界旅行から帰ってきてここまで、なんだかんだで一年以上の時間を要したわけだが、ついに準備が整ったのか……。
「それで、具体的にはどんな対策なのでしょう?」
「着いてからのお楽しみ」
「…………」
そのお楽しみのときまで、不安で仕方ないのだけど……。
だって一年かかったんでしょ……? どんな準備で、どんな対策なのよ……。
「しかしそうですか、ついに再出発ですか……」
「うん。ようやく」
「再出発はいつ頃になりますかね?」
「まだもうちょっとだけ先になる。一ヶ月後」
「ほうほう。一ヶ月後ですか」
一ヶ月後か。
………なんかもう、出発がちょっと怖いな。
ジスレアさんの考えた対策が不明で不安ってこともあるのだけど、それとは別に――単純に旅が怖い。
やっぱり一年も間隔が空いちゃったからな……。
一年間、故郷でのんびりとした生活を送ったことで、森を出るのが少し怖くなってしまった。世界旅行が怖くなってしまった。
例えるなら――通っていた自動車教習所の間隔が結構空いちゃって、なんかもう行きたくなくなる現象。
……まぁそれは前世の僕なのだけど。
平然とあるあるっぽい雰囲気で例に出してみたのだけど、これって本当にあるあるなのかな……?
next chapter:地上に舞い降りた女神2
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