第352話 Wi-Fiが飛ぶダンジョン


 『世界樹様の迷宮』5-1高尾山エリア。

 その頂上まで、僕とフルールさんはやってきた。


さくでも置きましょうか」


「柵?」


「頂上からあやまって落ちないように、木の柵を」


「いるのかな……」


 まぁ、あんまりいらんような気もする。

 ここから転げ落ちるような人もいなければ、ここから転げ落ちても怪我しない人ばかりだろう。


 ただ僕としては、もっとベンチ以外の何かを設置したいのだ。もっとダンジョンの環境整備をしているという実感がほしいのだ。


「というわけで、柵をお願いします」


「うん……」


 そうしてフルールさんがメモに注文を書き込んでいる様子を見て、少し満足する僕。


 それはさておき――


「宝箱ですね」


「そうだねー」


 宝箱である。高尾山の頂上には、宝箱が設置されているのである。


「どうぞフルールさん」


「え、いいよ、アレクが開けなよ」


「いいんですか?」


「いいよいいよ」


 フルールさんが、開ける役目をゆずってくれるという。

 ジスレアさんとかは結構自分で開けたがる人なんだけど、フルールさんはそこまでこだわらないらしい。


 それはそれで、なんだか少し残念な気がしないでもない。

 ダンジョンマスター的には、もっとダンジョンではしゃいでもらいたい気持ちがある。大喜びで宝箱の開封作業をしてもらいたい気持ちがあったりもする。

 まぁ、楽しい作業だからあえてゆずってくれたのかもしれないけどね。


「ではお言葉に甘えて、さっそく開けたいと思います」


「うん。中は何かなー」


「なんですかねぇ。ではでは――開封」


 宝箱の蓋に手をかけて、パカリと開ける。

 すると中には――


「パンですね」


「パンかー」


 中はパンだった。


「ふむ。――ダンジョンパンですね」


「ダンジョンパン?」


「ダンジョンのパンなので」


 別にそんな名称が付けられているわけでもないし、いたって普通のパンに見える。

 だがしかし、とりあえず頭になんらかの名前を付け加えることによって、ありがたいパンに変わることを僕は知っている。カークパンで学んだのだ。


「じゃああれかな? 世界樹様のパンかな?」


「世界樹様の?」


「『世界樹様の迷宮』だから」


「ああ、なるほど」


 それで世界樹のパンか。……さらにありがたいパンになったな。


 なんとなく僕的に『世界樹のパン』なんて聞くと、ユグドラシルさんが一生懸命こねたり焼いたりしている画を想像してしまうけど。

 ……それはそれで、大変ありがたいパンな気がする。


「せっかくですし、休憩しながら食べましょうか」


「そうだね、そうしよっか」


「じゃあ半分にわけますね」


「ありがとうアレク」


「いえいえ」


 僕は近くに大ネズミの皮を敷き、ついでにマジックバッグからIHの魔道具やら鍋やらミリスペやらを取り出し、休憩の準備を始めた。


「ここにもテーブルとベンチがあるといいですね」


「うん。頂上で休憩するには、あった方がよさそう」


 以前にもここの宝箱から食材が出たことがあったし、テーブルがあったらはかどるだろう。

 なんなら、ここにもうひとつ食材専用の宝箱とかを設置しても面白いかもしれない。


 そんなことを思いつつ、残念ながら今はまだベンチもテーブルもないので二人で大ネズミの皮に座り、休憩を始める。


「それで、今までいろいろ回ってきたけど――」


「ええはい、巨大エリアはざっと回りましたね」


「森エリアと湖エリアと山エリアは、いろいろ設置することになりそうかなー」


 自分の書いたメモを確認しながら、そう話すフルールさん。


 そうだねぇ。フルールさんの言う通り、その三つのエリアにはいろいろと設置を――まぁ、ほとんどはベンチだろうけど。


 湖エリアも高尾山エリアも、ベンチをそこそこ置く予定だし、森エリアもお花見会場以外にはベンチを設置する予定だ。

 きっとフルールさんのメモ帳には、『ベンチ』という文字がずらっと並んでいることだろう……。


「でも、3-1エリアは全然だけど?」


「あぁ、3-1ですか……」


「うん、3-1エリア。いわゆる――農場エリア」


「…………」


 農場エリア。元々は草原エリアと呼ばれていたエリアのことである。

 いつからか農業を始める人がポツポツと現れて、気付けばそんなふうに呼ばれるようになってしまった。


「あのエリアはいいの?」


「あそこは、もう放っておこうかなと……」


 がっつり農場になってしまったので、もはや手を付けづらい。

 今からおもむろにベンチを置いたところで、邪魔にしかならないだろう。


 もう放っておこう。とりあえず川は引いてみた。農業で必要かもしれないし、エリア内に川を数本引いてみた。あとはもう自由にしてくれ。


「じゃああとは、このエリアをもうちょっと回って、それから雪エリアだね」


「そうですねぇ」


 今回の環境整備プロジェクトも、もう残りわずかである。

 残りの視察で、もっと良い設備を追加することができるだろうか? やっぱりもう少し何か置きたい。ベンチだけではなく、もう少し何か……。


 なんだろうね。高尾山エリアと雪エリアで、何を置いたら喜ばれるのだろう?

 パッと思い付く物といえば――


 ――ケーブルカーか。


 なんと言っても高尾山だし、ケーブルカーは欲しいかもしれない。

 そして雪エリアには、リフトが欲しいかもしれない。


 ……だけどそれは、フルールさんに頼めるようなことでもない。

 ダンジョンマスターとして、ダンジョンポイントを使用して追加するたぐいの施設だろう。


 とりあえず今回は、『自分達で作れそうな物なら作って置いていこう』という企画のもとに、フルールさんとダンジョンを回った。

 次回は、『ダンジョンポイントでしか作れない物を作って置いていこう』という企画で、ナナさん辺りとダンジョンを回ってみようか。


 ポイントさえ払えば、結構なんでもできるからね。人の手では不可能なことも可能だし、現在の技術では不可能なことも可能だろう。

 きっと未来の技術を先取りすることだってできる。みんなが喜ぶような未来の技術を、先取りで設置することさえも……。


 例えば――


Wi-Fiワイファイとか……?」


 ……いや、うん、わかっている。

 なんとなく思い浮かんだWi-Fiだけど、例えこのダンジョン全域でWi-Fiが飛んでいても意味はない。まったくもって意味はない。


 だがしかし、あと何百年かしたらそういった技術も発展し、必要なときが来るだろう。

 そんな何百年も先の未来を先取りするってのも、少し面白くないだろうか。


 何百年か後に、ここを訪れたエルフが――


『え、ここWi-Fi飛んでるんだ……』


 って驚く顔を見るのは、少し面白そうに感じる。

 Wi-Fi。ありかもしれないな。……まぁ実際に飛ばせるのかは知らないけど。


「ねぇアレク」


「え……? あ、すみません、少し考え事を――」


「ウィーフィーって何?」


「ウィーフィー……?」


 ……あぁ、うっかり僕はWi-Fiのことを口に出してしまっていたのか。

 ボソッとつぶやいたので、フルールさんはちゃんと聞き取れなかったのだろう。それで『ウィーフィー』と……。


 ……フルールさんも先取りだな。

 その間違え方も、何百年か先の未来を先取りしている。





 next chapter:レリーナさんとディアナさん

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