第351話 別荘
ある春の日に――
「建てよう」
僕はポツリとそんなことをつぶやいた。
うん、決めた。もうずっと迷っていたけれど、いよいよ建ててしまおう。
「というわけで、建てます」
「ん? 何をかな?」
「別荘を」
「別荘?」
今日はちょっとした所用があって、美人建築士にして美人大工職人であるフルールさんとダンジョンへやってきた。
そして、その際訪れた2-1森エリアにて――僕は宣言した。
「僕はこのエリアに、別荘を建てることを宣言します」
「あ、建てる? ついに建てる?」
「ついにです。ついに建てます」
このエリアへ訪れるたびに迷っていた別荘の件、もうかれこれ五年くらい迷っていた気がするけど、いい加減建ててしまおう。
「おー、ついにかー。……あれ? でも世界を旅する予定だから、今は建てられないって話だと思ったけど?」
「ああはい、それはそうなんですが……」
『どうせすぐ旅に出るわけだし、今建ててもしばらく住めないかも』――なんて予想も、僕が今まで別荘の建設を
「ですがジスレアさんの話では、次の出発までしばらく間が空くようでして、下手したら一年くらい先になるかもしれないらしいです」
「そんなに先なんだ?」
「みたいです。だったら今のうちに建ててもらおうかなって。そうしたら出発前には完成するでしょうし、多少は住めるんじゃないかと」
家が建つまでどのくらいかかるかわからないけど、そこまでの大豪邸を建てるってわけでもないし、さすがに一年はかからないだろう。
例え完成まで十ヶ月かかったとしても、二ヶ月は住めるって計算だ。
「とんでもない大豪邸を建てるなら、それくらいかかるかもしれないけど?」
建てないというのに……。
というか、さすがにそんな大豪邸を建てるお金はないんじゃないかな? そりゃあ僕もそこそこお金を溜め込んでいる子ではあるけど、さすがに大豪邸は厳しくない?
「今回は、もうちょっとこじんまりとしたお家を希望します」
「こじんまりかー。どのくらいかな?」
「そうですねぇ、詳しいことは後で相談させてください。今までいろいろ考えてきたんですよ」
「ふーん?」
今まで『作ろうかなー。どうしようかなー。どんなんがいいかなー』と悩んでいる間に、ちまちまと家の間取りなんかは考えて、紙にメモしてきたのだ。
この作業は、ちょっとした僕の趣味になっていた。
「じゃあ、その相談は村に帰ってからやろっか? 村で相談して、設計して、材料を集めて――作業はそれからだ」
「はい、お願いします」
「うん。頑張ろうね!」
「…………はい!」
……この感じ、やっぱり別荘の建築も僕が手伝っていく感じになるのかな?
いや、いいんだけどね。元々は自分で建てようかと考えていたくらいだし、別にいいんだけどさ……。
◇
森エリアを抜けた僕達はダンジョンを進み、5-1高尾山エリアに到着した。
「綺麗だねー」
「そうですねぇ」
高尾山エリアの一角で、僕達がのんびり眺めているのは――桜の樹だ。
この世界で桜といえば2-1森エリアのナナ桜で、この時期は連日お花見エルフ達が宴会だかキャンプだかを楽しんでいる。
そんなナナ桜を、5-1高尾山エリアにも植林したのだ。
本家である日本の高尾山にも桜は植えられていたとのことで、それならばと、こちらにも生やしてみたのである。
「では、この辺りにベンチを三つお願いします」
「うんうん」
僕の要望に頷きながら、メモを取るフルールさん。
「テーブルもあった方がいいですかね。あっちの開けた場所にテーブル一つと、ベンチを二つお願いします」
「うん。じゃあ合計でテーブル一つに、ベンチ五つだね?」
「はい。それで大丈夫です」
メモを見ながら、僕の注文を繰り返すフルールさん。
なんだか微妙にファミレスだかファーストフード店っぽいやり取りである。
さておき、そういうわけで今回僕がダンジョンに来た理由は――ダンジョン内の環境整備だ。
ここを訪れるみんなのために、もうちょっとダンジョンの設備を充実させようという計画なのだ。
それでフルールさんとダンジョンを回り、必要そうな備品を確認し、その場で注文している。
もちろんダンジョンポイントを使用し、サクッと生成してしまってもいいのだけど……せっかくなので、フルールさんに依頼することにした。うん、まぁ、せっかくなので。
「しかし、何をどう置いたらみんなに喜ばれるのか、いまいち悩んでしまいますね」
「そう?」
「もっといろんな人から意見を募った方がいいかもしれません。……今のところ、適当にベンチを増やしているだけの状況です」
「十分な気もするけど」
「そうですかねぇ……」
そりゃあまぁ、みんなもベンチをそこそこは喜んでくれるだろう。
だけど僕は、もっともっと喜んでほしいのだ。もっとみんなが喜ぶ快適なダンジョン空間を提供したいのだ。
「ところで、森エリアはいいのかな?」
「はい? 森エリアですか?」
「あっちの方が桜はいっぱい咲いているし、人も多いよね。あそこにベンチやテーブルはいらないの?」
「あぁ、あそこに置いてはダメです」
「……ダメ?」
「お花見なので、地面にシートを敷かないとダメです」
「えっと、そうなんだ、ダメなんだ……」
ダメなのだ。お花見とはそういうものなのだ。
あそこには何もないことが、むしろ快適空間なのだ。……たぶん。
……まぁねぇ、僕もそこまで自信があるわけでもないんだけどさ。
どうなんだろう。案外普通にベンチがあった方が喜ばれるのかな?
ふーむ……。いやはや、難しい。みんなはダンジョンに何を望み、何を喜ぶのだろう?
果たしてどんなダンジョンならば、みんなは喜んでくれるのだろうか――
next chapter:Wi-Fiが飛ぶダンジョン
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