第353話 レリーナさんとディアナさん


 ある夏の日に――


「結構久しぶりだね」


「うん? あぁ、まぁそうかな?」


 僕達はそんな挨拶を交わした。

 久しぶりだ。今日は久しぶりに――ジェレッド君とお出かけである。


「久しぶりだねぇ。なんか久しぶり」


「やめ、おい」


「おぉう」


 おもむろにジェレッド君を撫で回していたら、振り払われてしまった。照れているのかな?


「なんなんだよ急に――」


「――ハッ」


「うん? おい、どうした?」


「……なんか、変な視線を感じた気がする」


 僕がジェレッド君を愛でていたところ、気味の悪い視線を、どこからか感じたような……。


「……意味がわかんないことをやったり言ったりしていないで、行こうぜ?」


「うーん……」


 不気味な視線の元を探して辺りを見回しても、よくわからない。いつもの平和な村の風景が広がっているだけだ。

 村の女性が数名目に入ったが、特に変わった様子はない。いったいなんだったのか……。


「……まぁ、とりあえず出発しようか」


「おう」


 わからないので仕方がない。ひとまず出発しよう。

 今日の目的地はダンジョン。僕達は、村の外を目指して歩き始めた。


「二人でダンジョンへ行くのは確かに少し久々な感じがするけど、アレクは結構な頻度でダンジョンに通っているんだろ?」


「あー、そうね。週に四日は通っているね」


「別荘作りで?」


「別荘作りで」


 ダンジョンの森エリアに別荘を建てることを決めたわけだが、実際に建築が始まって以降、僕はずっとフルールさんのお手伝いをしている。

 さすがに毎日というわけではないが、週四で作業をしている。四日働いて、三日休み。完全週休三日制である。


「それじゃあ少し寄ってみるか。見学させてくれよ」


「あっ……。ごめん、ちょっと今日は森エリアに寄りたくないかな……」


「そうなのか? いや、それなら別にいいけど」


「ごめんねジェレッド君」


「でも珍しくないか? むしろ普段は、特に用がなくても森エリアに行きたがるだろ?」


 確かにそうだ。僕は別荘建築を計画するくらい森エリアが好きで、隙あらば森エリアをとおろうとしている。

 だが今回は――今日ばかりはちょっと寄りたくない。


「実はね、僕は今日お休みなんだけど、フルールさんはそうじゃないんだ」


 僕は週休三日だが、フルールさんは週休二日なのだそうだ。

 そして今日は、週に一度の『僕はお休みだけどフルールさんはお仕事の日』だったりする。


「えぇと、それはわかったけど……それでなんで森エリアに行きたくないんだ?」


「いやだって、一人で仕事しているフルールさんと会ったりしたら、少し気まずくない?」


「んん? そうなのか?」


「なんか僕だけサボっているみたいじゃない?」


 まぁフルールさんはそんなふうに思わないんだろうけど……でもやっぱり僕はそう感じてしまう。

 むしろ日頃から、僕のお休みが毎週一日多いことに、どことなく申し訳なさを覚えてしまっている状態なのだ。


「そもそも俺は、アレクの立場がよくわからないんだけどな……。アレクが依頼したはずなのに、なんでアレクが作業しているのかが少し謎なんだが……」


 ……それは僕も少し謎だ。


 僕がフルールさんに依頼して、建築費も僕が払った。

 しかし僕は週四で手伝っていて、その給料もフルールさんから貰っている状態。確かに謎。謎といえば、少し謎。



 ◇



 僕達はダンジョンを目指して森を進んでいく。

 道中で現れた歩きキノコをサクッと討伐し、ジェレッド君のマジックバッグに全部押し込んだりしながら、森を進んでいく。


「それにしても、別荘か……」


「うん。たぶんもうちょっとで完成するよ」


「……なんか、いろいろ大変だったみたいだけどな」


「大変?」


「レリーナさんとか」


 ――レリーナさん。

 今更だが、ジェレッド君はレリーナちゃんのことを――『レリーナさん』と呼ぶ。


 昔は『レリーナ』と呼び捨てだったはずだが、なんでも本人から――


『ねぇジェレッド君。呼び捨てって、少しだけ馴れ馴れしい感じがしないかな?』


 ――との苦言を呈されたらしい。

 幼い頃から馴染みがあるはずの幼馴染から、馴れ馴れしいと言われてしまったらしいのだ……。


 さらにレリーナちゃんから――


『私とジェレッド君が特別な関係なんじゃないかって、お兄ちゃんに誤解されても困るし』


 ――との言葉も投げられたらしい。

 幼馴染は、それだけでもわりかし特別な関係だとも思うのだけどね……。


 そんなことがあって、ジェレッド君はレリーナちゃんを『レリーナさん』と呼ぶ。

 最初は仕方なく『レリーナちゃん』と呼んだらしいのだが……呼び捨てよりもブチ切れられたらしい。

 なんでもその呼び方は、特別な人にだけ許される呼び方だとかなんとか……。


「あとあれだ、ディアナさんも大変だったみたいだし」


 ――ディアナさん。

 今更だが、ジェレッド君はディアナちゃんのことを――『ディアナさん』と呼ぶ。


 特に深い理由もないらしいのだが、なんでも本人から――


『じゃあ、アタシもさん付けね」


 ――と言われたそうだ。


 特に文句も言わず、一歳年下のディアナちゃんをさん付けで呼ぶことに従うジェレッド君は、ある意味で、相当出来た大人なんじゃないかな……。


「別荘のことでレリーナさんが言ってたぞ? 『私のために、愛の巣を作ってくれる』とかなんとか……」


「愛の巣……」


 僕は森エリアに自分用の別荘を作ってみたかっただけで、そんな巣の建築を始めたつもりもなかったのだけど……。


「ディアナさんもディアナさんで、『家を建てて、たぶんアタシにプロポーズするつもり。てーか、前にプロポーズされたし』とかなんとか……」


「プロポーズ……」


 そんなつもりもなかったのだけど……。僕はただ、森エリアに自分用の別荘が欲しかっただけで……。


 とはいえ、確かにそんなようなことをディアナちゃんに話した記憶もある。

 以前別荘を建てたいって話をしたとき、ディアナちゃんから『アタシと一緒に暮らしたいってこと?』と聞かれ、つい流れで『そうだね』と返してしまったんだ。


 あのときはどうにか有耶うや無耶むやにしたと思っていたけれど、しっかり覚えていたんだねぇ……。

 覚えていてジェレッド君にも話したようだし――レリーナちゃんにも話していた。


 大変だったなあれは……。本当に本当に大変なことになった……。


「あとはそうだな……。噂では、完成した家に誰かしらを住まわせる計画だとか」


「え、何それ」


「ミコトって人を囲うつもりだとか、あるいは人界から女性を連れてくるつもりだとか、そんな噂」


 ……それは初耳だわ。

 なんだその噂は。誰が流しているんだ。なんか微妙にありえそうな未来な気もして、なんとも言えない。


「結局どうするつもりなんだ?」


「どうもしないよ……。ただ単に、時々寝泊まりするだけのつもりだよ……」


 一応みんなにも、そう伝えているんだけどね……。


「でもそれじゃあレリーナさんもディアナさんも納得しないだろ。してない感じだったぞ?」


「そうねぇ」


「気を付けた方がいいぞアレク。なんかそのうち本気で刺されそうだし」


「…………」


 サラリと恐ろしいことを言うなジェレッド君……。


「……こうなると、もうジェレッド君と住んだ方がいいのかな」


「なんでだよ……」


 なんかもう、どのルートを進んでも悲惨なバッドエンドを迎える気がしてならない。

 それならばいっそのこと、そういったルートを全部避けて、友情エンドを狙ってみるのが一番の安全策な気がするんだ……。





 next chapter:アレクはせっかち

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