第350話 『エアスラッシュ』1000


「――ところで」


「はい?」


「『レンタルスキル』使用中、レンタルされた側はアーツを使えなくなるのかな?」


「……んん?」


 さらりと投げかけられたミコトさんの疑問。

 僕がエアスラをレンタル中、トラウィスティアさんはエアスラを使えるのか否か。


 はて、どうなんだろう? まぁレンタルっていうくらいだし、貸した方は使えないと考えるのが自然な気もするが……。


「んー。確かに少し気になりますね。僕が軽率にアーツをレンタルしてしまったばっかりに、トラウィスティアさんがアーツの発動に失敗――そんなことになったら大変です」


 あるいはトラウィスティアさんがアーツを使用中なため、僕がレンタルできないってパターンもありえるだろうか。

 どちらにせよ、使おうとした場面でのアーツ不発は、結構なピンチを招きかねない。


「ちょっと試してみましょうか。いいかなトラウィスティアさん?」


「キー」


「ありがとう。じゃあ、そうだな――『せーの』で一緒に撃ってみようか?」


「キー」


 トラウィスティアさんが了承してくれたので、一緒に並んで立ち、僕は剣を構え、トラウィスティアさんは爪を構えた。


「準備はいい?」


「キー」


「よし。それじゃあ……。せーのっ」


「『キー』」


「『レンタルスキル:エアスラッシュ』」


 呪文とともにトラウィスティアさんは爪を振り下ろし、壁に向かってエアスラを放つ。

 そして僕も剣を振り下ろし、エアスラを放った。


 ……ふむ。とりあえず二人とも無事にアーツが発動したが。


「だいぶアレク君の方が遅かったな」


「…………」


 あんま遅いとか言わないでほしいんだけど。


 さておき、確かにタイミング的には少しズレてしまったか。

 トラウィスティアさんの呪文が『キー』だけなのに対し、僕の呪文は『レンタルスキル:エアスラッシュ』である。

 そりゃあどうしたってタイミングを合わせるのは難しい。


「もう一回やってみようかトラウィスティアさん」


「キー」


「僕の方から合わせるのは難しいから、できたらトラウィスティアさんの方でタイミングを合わせてくれるかな?」


「キー」


「ありがとう。ではでは、もう一度」


 再び僕らは横に並び、それぞれ構えを取る。


「それじゃあ……。せーのっ――『レンタルスキル:エアスラッシュ』」


「『キー』」


 呪文を唱え、剣と爪を振り下ろす僕達。

 ――そして今回も、双方無事にエアスラを放つことができた。


「少しだけアレク君が遅かったな」


「…………」


 あんま遅いとか言わないでほしいんだけど。


 というか、厳しいなミコトさん。もういいんじゃない? もう十分じゃない?

 確かに少しだけタイミングがズレたけど、そのズレもごくわずかだ。それでもアーツは無事に発動したのだから、もう気にしなくていいレベルなんじゃないだろうか。


「んー。ほとんど同時ともいえるタイミングでしたし、これなら別に――うん?」


「キー?」


「えっと……」


 トラウィスティアさんが、なんか食ってる。


 どうしたの急に……。お腹すいたの?

 でもトラウィスティアさん魔物だし、食事はしないはずなんだけど……。


「あ、もしかして魔力回復用の薬草とか?」


「キー」


「あー、やっぱりそうなんだ」


 そっかそっか、うっかりしていた。よく考えたらトラウィスティアさんの『魔力値』って、今はまだ1しかないもんな。そう何度もアーツを連発できないのか。


「それで、魔力は回復した?」


「キー」


「へー」


 食事はしない魔物のトラウィスティアさんだが、薬草を食べることでしっかり回復できるらしい。……というか普通に食べられるのか。


「……ふむ。回復薬か」


「キー」


「そうか、回復薬で……」


「キー?」



 ◇



 ひとつ気になったことがある。

 僕が気になったのは――トラウィスティアさんの『発声』についてだ。


 普段からトラウィスティアさんは、『キー』としか喋らない。

 だがその一言に、かなりの長文を乗せることが可能だ。少なくとも僕には、トラウィスティアさんが長文を喋っているのがわかる。


 先ほどの『エアスラッシュ』も『キー』という発声だったが、しっかりエアスラの発動に成功していた。

 トラウィスティアさんは『エアスラッシュ』というワードを、『キー』という一音に集約させることができるのだ。


 いうなればトラウィスティアさんは――高速こうそく詠唱えいしょうができるということだ。

 素晴らしい。さすがはトラウィスティアさんである。


 ――だがしかし、少し待ってほしい。

 それだけじゃない、それどころかトラウィスティアさんは――『エアスラッシュ、エアスラッシュ、エアスラッシュ、エアスラッシュ、エアスラッシュ』という長文ですら、『キー』という一音に集約させることができるのだ。


 このトラウィスティアさんの特性を利用したら――スキルアーツの高速連射も可能ではないだろうか?


 そんな発想に至った僕だが……残念ながらトラウィスティアさんは『魔力値』が少ない。

 連射のための能力はあるが、連射するだけの魔力がないのだ。


「ですが僕には――ルーレット産の回復薬があります」


「ふむ……」


「これを服用すれば、魔力が尽きることはありません」


 いくら魔力を消費しようが、減ったそばから回復する。もはや無限。無限の魔力だ。


「だけどアレク君は、ルーレットの回復薬を使うことを極端に恐れていたと思ったが?」


「はい? 恐れて……? いえ、確かに節約していて、あまり使うことはないですけど……」


 もったいないと思ってしまうだけで、別に恐れているわけでは――

 あぁでも、すでに回復薬についてはエリクサー症候群みたいになってしまっている面があるし、恐れていると評価されても仕方ないのかな……。


「さておき――今回は使います」


 かなり迷った。迷ったけれど、どうしても好奇心を抑えきれなかった。


「というわけで、そんな回復薬を摂取したトラウィスティアさんがこちらです」


「キー」


「う、うん」


 改めてミコトさんに、ハイパー大ネズミと化したトラウィスティアさんを紹介した。


「今回は、五ミリリットルほど飲んでもらいました」


「ほんの少量だけ舐めさせていたね」


「それでもこの量で三十分は無敵です。魔力も無限です」


「回復薬はすごいなぁ……」


「ええ本当に……。そして、あちらに見えるのがボアです」


 まだこちらの存在に気付いていないが、イノシシ型のモンスターボアである。


「これからトラウィスティアさんには、あのボアに向かって『エアスラッシュ』を連射してもらうつもりです」


 トラウィスティアさんの高速詠唱と、回復薬による無限の魔力を組み合わせ、超高速でエアスラの乱れ撃ちをしてもらおうかと考えている。


「そういうわけで、準備はいいかなトラウィスティアさん?」


「キー」


「よし。それじゃあもう少し近付こうか。ボアがこちらに気付いたら連射開始だ」


「キー!」


 トラウィスティアさんのやる気も十分である。

 これは楽しみだね。果たしていったいどんな光景が見られるのか。


「ではでは――出陣!」


「キー!」


「おー!」


 三人で掛け声を上げてから、そろりそろりとボアに近付く。

 近付いて近付いて、しばらくすると――


「おっと」


「気付かれたな」


 ボアがピクリと反応し、こちらに顔を向けた。


「よし、それじゃあトラウィスティアさん――攻撃開始だ!」


 僕がトラウィスティアさんに視線を送り、合図を出すと――


「『キーーーーー!』」


 両手をシャカシャカと振りつつ、トラウィスティアさんは『エアスラッシュ』の連射を始めた。


「お、おおぉぉぉ……!」


「『キーーーーー!』」


 トラウィスティアさんの両手から、とんでもない量のエアスラがシャワーのようにボアへ降り注いでいる。


 なんともこれは……これはちょっと想像以上だ。何やらえらいことになっている。

 というか両手なのか。両手なのも予想外だ。


「『キーーーーー!』」


「すごい……! なんかもうすごいよトラウィスティアさん!」


「『キーーーーー!』」


「はは、はははははは」


 すごすぎて、変な笑いが出てくる。


 トラウィスティアさんから放たれる、何十何百という数のエアスラ――いや、もう千だな。千いくわ。千のエアスラだ。

 シャワーどころか、ポンプ車からの高圧放水じみた千のエアスラが、ボアを襲う。


「『キーーーーー!』……キー?」


「あ、倒したかな」


 トラウィスティアさんのエアスラによって、あっという間にボアは討伐された。

 さすがにあの攻撃では、ボアも抵抗のしようがなかったのだろう。完勝である。


「すごかったな……」


「ですね、思わず笑ってしまいましたよ」


 一生懸命両手をバタつかせるトラウィスティアさんの愛くるしい姿や、その両手から放たれる圧倒的な物量にはどことなくシュールな面白さがあって、ついつい笑ってしまった。見ていて楽しかった。


「――よし、トラウィスティアさん」


「キー?」


「このまま転戦しよう。回復薬の効果が切れるまで、行けるとこまで行ってみよう」


 千のエアスラによって、格上のボアにすら完全勝利を収めたトラウィスティアさん。この調子なら、あるいはさらに上の相手でも圧倒できるかもしれない。


「さぁ行こうトラウィスティアさん! 目指すはダンジョンの最深部だ!」


「キー!」


「いざ、出陣!」


「キー!」


 僕の言葉に頷き、元気よくダンジョンを駆け出したトラウィスティアさん。

 トラウィスティアさんもだいぶテンションが上がっているようだ。駆け出したそのスピードは、僕のことを考慮していない速度であり――僕は置いていかれた。


 ……うん。でもまぁトラウィスティアさんが楽しそうで、何よりである。





 next chapter:別荘

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