第347話 『エアスラッシュ』


「結構良いかもしれない」


 最近は、もっぱら世界旅行用の仮面作りに勤しんでいる僕。

 今日も新しい仮面を完成させて、その出来栄えを確認していた。


「ほうほう。なるほどなるほど」


 新たな仮面を顔に装着し、鏡で確認してみるが……良いね。

 なかなか良い。格好いい気がする。これはありだな。


「おーい、アレクくーん」


「キー」


「おや?」


 部屋の外――というか、家の外から僕を呼ぶ声が聞こえた。

 この声はミコトさんか。女神様のミコトさんと、大ネズミのトラウィスティアさんだ。


 僕は部屋の窓を開け、そこから顔を出して二人に返事をした。


「お疲れ様です、ミコトさんもトラウィスティアさんも」


「うわっ」


「え? あ、すみません」


 うっかりしていた。うっかり仮面を付けたまま言葉を掛け、ミコトさんを驚かせてしまった。


「あぁびっくりした……。新しい仮面かな?」


「そうです。ちょうど今出来たばかりで」


「そうか、それはひょっとして――あ、ひとまず中に入れてもらえると嬉しいな」


「あぁはい、では再召喚しますね?」


「頼むよ」


「それじゃあ――『送還:ミコト・大ネズミ』」


 僕は呪文を唱え、家の外にいたミコトさんとトラウィスティアさんを送還した。

 つい最近、一度の呪文で二人まとめて送還したり召喚したりできることに気が付いた僕である。


「『召喚:ミコト・大ネズミ』」


「――我が名はミコト。契約により現界した」


「キー」


 今度は召喚の呪文を唱え、僕の部屋にミコトさんとトラウィスティアさんを再召喚した。

 再召喚まで少しの間しかなかったのに、きっちり登場の定型文を挟んでくるミコトさんが律儀だ。


「ありがとうアレク君」


「いえいえ」


「それで、その仮面だけど」


「はい。仮面シリーズの新作――狐面きつねめんです」


 狐面。狐面である。神事とかお祭りとかで使われそうな、白い狐のお面だ。


「どうでしょう?」


「うん。よく出来ていると思う。いいんじゃないかな?」


「そうですかそうですか、ありがとうございます」


 ミコトさんにも好評である。何より。


「キー?」


「ん? あぁ、そうか」


 なるほど……。そう言われると確かにそうだね。トラウィスティアさんの疑問ももっともだ。


「トラウィスティアはなんて?」


「『それは狐のお面なのですか? 私には、あまり狐に見えませんわ』みたいなことを言っています」


「……前から思っていたけど、そんな口調なのか?」


 まぁ、なんとなく『トラウィスティアさん』って名前から、僕がイメージしただけの口調ではある。


「さておき、トラウィスティアさんの疑問もわかりますね。こうして見ると、そこまで狐って感じもしないです」


 顔から狐面をペリペリと剥がして改めて眺めてみると、確かにそこまで狐狐していない。かなりデフォルメされた狐だ。


「日本であったお面なんだよね。なんというか、そういう文化があったんだ」


「キー?」


「そうそう。そんな感じ。日本文化なの」


 文化なので仕方がない。文化にツッコまれても、僕ではどうしようもない。


「ところで、口元は空いているんだね」


「そうですね、ハーフマスクバージョンの狐面となっております」


 なんだかんだそっちの方が楽で便利だろう。

 呼吸も楽だし、仮面を付けたまま食事もできる。


 それに世界旅行用と考えれば、ある程度顔を出しておいた方がいいのかなって思っていたりもする。

 フルフェイスの仮面では、ケイトさんの検問を突破できない気がするんだ。


「というわけで今日僕は狐面を作っていたわけですが――二人はレベル上げとのことで、お疲れ様でした」


「うん。ありがとうアレク君」


「キー」


 今日二人は、ダンジョンでレベリングという話だった。

 ジスレアさんに引率されて、朝から三人でダンジョン探索に出掛けていたらしい。


 ……僕も付いていけばよかったかな。そっちの方が楽しそうだったかもしれない。


「――あ! それでアレク君、大変なんだ!」


「はい? 大変?」


「村に戻ってからトラウィスティアと教会に行って、鑑定をしてきたのだけど――」


「おや? もしかして、ステータスに何か変化がありましたか?」


「そうなんだ。なんとトラウィスティアが――スキルアーツを取得していたんだ!」


「キー」


「おー」


 そうかそうか、ついにトラウィスティアさんがアーツ取得か。

 めでたい。これはめでたいね。


「やったねトラウィスティアさん。おめでとう」


「おめでとうトラウィスティア」


「キー」


 なんとなく二人でトラウィスティアさんを撫で回して祝福する。


 それにしても、どうやらミコトさんも普通に喜んでいる雰囲気だ。

 トラウィスティアさんを微妙にライバル視している印象があるミコトさんだけど、こういうところは普通に喜んでいる。良いライバル関係だね。


「それで、いったいどんなアーツを手に入れたんでしょう?」


「それじゃあこれを見てくれるかな? せっかくだからメモしてきたんだ」


「ほうほう。では失礼して」


 ミコトさんが取り出したメモを受け取り、内容を確認してみると――



 名前:トラウィスティア

 種族:大ネズミ 年齢:1(↑1)

 職業:大ネズミ見習い

 レベル:5(↑2)


 筋力値 4(↑2)

 魔力値 1

 生命力 2(↑1)

 器用さ 3(↑1)

 素早さ 8(↑2)


 スキル

 大ネズミLv1 剣Lv1


 スキルアーツ(New)

 エアスラッシュ(剣Lv1)(New)



 ……名前は『トラウィスティア』なんだね。

 隣にミコトさんがいたからだろうか? その辺り、ミコトさんに軽く忖度そんたくしたのかもしれない……。


 まぁ名前はさておき、種族は大ネズミで、年齢が一歳。

 つい最近トラウィスティアさんは一歳の誕生日を迎え、ささやかなお誕生日会を開いたのだけれど、鑑定結果でもしっかり一歳になっていた。


 そしてレベルが5。『素早さ』が8。

 この辺は少し前にやった鑑定と変わらないかな。順調に僕の『素早さ』を引き離しつつあるトラウィスティアさんだ。


「それでスキルアーツが――『エアスラッシュ』か」


「キー」


「なるほど、『剣』スキルのアーツを手に入れたんだね。ふんふん、『エアスラッシュ』か――――うん?」


 あっ……。


「ん? アレク君、どうかしたのか?」


「あ、いえ、『エアスラッシュ』がどうのというわけでもないんですが……」


「うん? じゃあ何が?」


「なんといいますか……。『エアスラッシュ』のことを知った瞬間――ひらめきが」


「閃き?」


 閃きだ。閃いたんだ。

 電球が、ピコーンとなったんだ。


 そうか、そうなんだな。あれは、そういうことだったのか……。





 next chapter:『エアスラッシュ』2

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