第346話 仮面シリーズ


 セルジャン面の説明を終えたところで、僕とレリーナパパはのんびりと雑談を交わしていた。


「そういえば僕が旅に出ている間に、レリーナパパさんも旅に出発したんですよね」


「ええはい。つい先日帰ってきまして」


 というわけでレリーナパパと会うのは、僕が第四回世界旅行に出発したとき以来となる。なかなかに久しぶりの再会だ。


「それで、レリーナパパさんも人界を旅していたと聞きましたが?」


「はい。仕事でいろいろと町を回っていました」


「……いろんな町を?」


「え? ええ、いろんな町を」


 町か……。さすがはレリーナパパだ。僕はたったひとつの町さえ回ることができなかったというのに、当然のように複数の町を回っていたという……。


 さておき、レリーナパパの仕事ということは、やはり人界でいろんな物を売ったり買ったりしていたのだろう。

 もしかしたら僕が作った物を売るための契約を、どこかの誰かと交わしていたのかもしれない。


「あ、そういえば人界でアレクブラシを見ましたよ?」


「あぁそうですか。えぇえぇ、やはりアレクブラシは便利で実用的ですからね。エルフ界でも人界でも魔界でも大人気です」


 魔界でタワシが大人気か……。前世でもっていた魔界イメージからすると、だいぶ違和感のあるフレーズではある……。


「まぁそれもすべてはレリーナパパさんのおかげかと。さすがですレリーナパパさん」


「いえいえ、とんでもございません」


 レリーナパパは謙遜けんそんするが、レリーナパパの頑張りがあったからこそ、ここまでアレクブラシが世界に広まったのだ。

 アレクブラシなんて名前で広まってしまったことに多少思うところはあるけれど、それでもアレクブラシによって結構な収入を得ている我が家としては、レリーナパパに感謝である。


「人界といえば、アレクシスさんから人界のお土産をいただいたようで」


「え? あぁ、カークパンのことですか」


 そういえばレリーナママに渡しておいたっけか?

 僕が旅から帰ってきたとき、レリーナパパは村にいなかったわけだが、一応レリーナパパの分もお土産を預けておいた気がする。


「ありがとうございますアレクシスさん」


「まぁ普通のパンですけどね」


 人界に詳しいレリーナパパならば、あれが普通のパンだということは当然知っているだろう。


「いえいえ、あれは素晴らしい発想ですよアレクシスさん」


「はい?」


「なんの変哲もない普通のパンに『カークパン』なる名前を付け、特別な価値をもたせ、買い手に提供する。さすがの商才ですアレクシスさん」


「はぁ……」


 商才って言われてもな……。

 別に売ったわけでもないし、村の人達を騙くらかして儲けたわけでもないから……。


「えぇと、それでレリーナパパさんも一応食べてみましたか?」


「あ、いえ、実は私が帰ってきたときには、すでに私の分までレリーナが食べてしまい……」


「あぁ……」


「大変美味だったと言っていましたが……」


「普通のパンなんですけどねぇ……」


 何をどうやっても普通のパンで、お父さんの分を奪って二つ目を頬張るほどのパンではないのだけど……。


「……それはそうと、アレクシスさん」


「はい?」


「その仮面は、ずっと付けているのでしょうか……?」


「あっ……」


 ……うっかりセルジャン面を付けたままだった。

 なんか流れでセルジャン状態のまま、レリーナパパとのんびり雑談を始めてしまっていた。


「外します。すみません、気になりましたよね」


「いえ……」


 この状態を気にならないってのも、それはそれでなんか困るけど。


「少し気になったことといえば、その仮面はどのように固定しているのでしょう? 紐ではないようですが」


「あぁ、これは『ニス塗布』ですね。仮面の裏側、おでこの部分に『ニス塗布』をかけて、肌にくっつくようにしているんです」


「ほう、『ニス塗布』で固定ですか」


 前世で売られていた熱冷まし用冷却シートのイメージかな。ゲル状の『ニス塗布』でひたいにペタリってイメージ。


「少し見せていただいても?」


「ええ、構いませんよ?」


 そう答えてから、僕はセルジャン面をペリペリと額から剥がす。


「一応塗布し直しますね。――『ニス塗布』『ニス塗布』」


 一度目の『ニス塗布』でセルジャン面から接着用のニスを剥がし、二度目の『ニス塗布』で改めてニスを塗った。


「どうぞ、付けてみてください」


「……え、付けるのですか?」


「え?」


 あ、そうか。レリーナパパは見たいと言っただけで、付けたいとは言っていなかったか。


 ……でもまぁ、せっかくなんで。


「どうぞどうぞ、付けてみてください」


「いや……」


「さぁさぁ」


「はぁ……」


 少し強引に勧めて、レリーナパパにセルジャン面を付けてもらった。

 実は、まだ僕以外でこの仮面を付けた人はいなかったりする。実際に人が装着している姿を、自分の目で確かめたかった気持ちがある。


「えぇと、こうですかね。どうでしょうアレクシスさん」


「なるほど……。そうですね、なるほど……」


 ……怖いと面白いが半々くらいだな。


 表情がいっさい変わらないってのは、やっぱりどうしても怖い。ずっと見ていると、なんか不安になってくる。

 でもやっぱりちょっと面白い。シュールな面白さがある。


「んー。こうして見ていると、セルジャン面での世界旅行は少し厳しいかなって気もしてきますね」


 問題はケイトさんだな。ケイトさんがセルジャン状態を見て、検問を通してくれるか否かだ。

 ……とりあえず詰所つめしょ行きは間違いない気がする。


「レリーナパパさんはどう思いますか?」


「いえ、どうでしょう……。この仮面を付けて人界を旅するなど、凡庸な私には想像もつかない領域です……」


「はぁ」


「とりあえず、あまり好んでやりたいとは思いませんが……」


 いや、別に僕だってしたくてするわけではないけどね……?


「あるいは、別の手段を考えることも必要かもしれません」


「ふーむ。一応セルジャン面以外にも、いくつか作ってみようとは思っているんですよね」


 セルジャン状態で検問に向かい、そのまま追い返される可能性も大いにありえるわけで、別パターンも考えた方がいいと僕も思っていた。


「というか、もう他に作ったやつもあるんですよ」


「この仮面以外にですか?」


「はい。見てみますか?」


「よろしければ是非。……ところで、こちらはもう剥がしても構いませんか?」


「ええどうぞ」


 レリーナパパがセルジャン面をペリペリと剥がしている間に、僕は自室の棚へと向かい、以前作った仮面を手に取って戻ってきた。


「これが、セルジャン面とは別に作ったやつですね」


「おぉ……。これはまた、なんと言いますか……」


 僕が新しい仮面を手渡すと、レリーナパパは若干気味悪がる様子を見せた。


「どうにもおどろおどろしい雰囲気の仮面ですね……」


「そうですねぇ」


「……時々レリーナが、こんな顔をしていますね」


「…………」


 僕が作った『能面のうめん』を見ながら、ポツリとそんなことをつぶやくレリーナパパであった。





 next chapter:『エアスラッシュ』

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