第321話 カークおじさん
「驚かせてしまい、申し訳ありません」
「いや、こちらこそすまなかった。てっきり新種のモンスターか何かだと……」
カークおじさんは僕のことを見て、そんなふうに勘違いしたらしい。
大ネズミナイト的な存在だと、一瞬誤解されてしまったようだ。
そんなわけで、出会い頭に軽く緊張状態に入ってしまった僕とカークおじさんだったが、ジスレアさんが間に入ってくれたこともあり、どうにか落ち着いて話ができるようになった。
「それで君は、以前この村に来た少年なのか?」
「そうですそうです。あ、ちょっと取りましょうか」
僕は
「どうでしょう? 見覚えがありますかね」
「…………」
「あれ? えっと、あの……」
「…………」
……前回と同じだ。問い掛けても何も返ってこない。カークおじさんが貝になってしまった。
仕方ないので、再び覆面をかぶる。
「……あ、あぁ。覚えている。あのときの少年だ」
「お久しぶりです」
「ああ。二ヶ月ぶりくらいか?」
「そうなりますね」
やはりカークおじさんは、僕が顔を隠していると会話ができて、顔を晒していると話せなくなってしまうらしい。
「それで、その覆面はいった――」
カークおじさんが話している途中で、試しにもう一度覆面を取ってみた。
「…………」
「ふむ」
覆面を外した途端にカークおじさんは口をつぐみ、喋れなくなってしまった。
そのことを確認した後、僕は再び覆面をかぶる。
「あ……。えぇと……その覆面は、いったいなんなのだろうか」
「これですか?」
「ああ、それは――」
もう一度、覆面を取ってみた。
「…………」
「なるほど」
そしてまた、覆面をかぶる。
「……俺で遊ばないでくれ」
「あ、すみません」
遊んでいたことがバレてしまった。
それにしても……ある意味覆面の有効性がしっかり確認できてしまったな。
非常に効果があるアイテムだと、実証されてしまった……。
「この覆面はですね――」
「アレクのために、私が作った」
少し自慢げなジスレアさんが、横からカットインしてきた。
自分が作った覆面がしっかり成果を上げたことに、気を良くしているのだろう。
「アレクのため、ひいては人族のため」
「人族のため?」
「アレクの顔は、人族には危険すぎる」
もうちょっと言い方はなかっただろうかジスレアさん。
「人族の村をアレクが素顔で歩くのは、とても危険」
「なるほど……一理ある」
人族の人も納得してしまった。一理あるのか……。
「確かにこの子、アレクか? アレクが顔を晒して村に入ったとしたら…………想像するだけで恐ろしいな。村が危険だ」
「その危険を、回避するための覆面」
ひどい言い様である。
「ただ、もう少し他の方法があった気がしないでもないが……」
「なかった。この方法しかなかった」
ないこともないと思うけど……。
たぶんもっとスマートな方法もあったんじゃないかなって……いや、言うまい。ジスレアさんが頑張って準備してくれたんだ。それは言うまい。
「なるほど。むしろ村の人間として感謝しなければならないな。村のことを考えて、対策してくれたわけだろう?」
「一ヶ月かかった」
「そうか、一ヶ月も……。アレクもすまない。それをずっとかぶるのは大変だろう」
「いえいえ、僕は別に」
確かにちょっと視界は悪いけど、ジスレアさんが一生懸命作ってくれた物だし、着けていると暖かいし、そんなに苦じゃない。
なにせ暖かいからね。冬にはぴったりだ。冬には…………ん? 冬?
……これ、夏になったらどうなんのかな。
今は冬だし暖かくて良いけど、夏になったらどうなるんだろう……。真夏に覆面とか、下手したら死にかねんぞ……。
「それなら――ん? どうかしたか?」
「あ、いえ、なんでもありません」
夏に向けての不安が顔に出ていたらしい。覆面越しでもそんな表情が見て取れたらしく、カークおじさんに心配されてしまった。
まぁいいや。とりあえずそのことは今考えても仕方がない。冬が終わったら考えよう。
「それでだな、もしよかったら――俺に村を案内させてくれないか?」
「案内ですか?」
「素顔を晒すよりマシだとはいえ……覆面も覆面で、いろいろ騒ぎになりそうな予感がするんだ」
「そりゃまぁそうですよね……」
「そこで俺がいたら、村の連中にも説明できる」
「なるほど、それで案内を……」
ふむ……。いいんじゃないかな? カークおじさんは悪い人にも見えないし、ありがたい提案に思える。
やっぱり僕も覆面状態で村に入るのは不安だしさ。そこでカークおじさんがいてくれたら、かなり助かる気がする。
「どうしましょうかジスレアさん」
「いいと思う」
ジスレアさんにも判断を仰いだところ、賛成してくれた。
うん。じゃあ決まりだ。
「それでは、お願いしてもいいですか?」
「わかった、任せてくれ」
「ありがとうございます――カークおじさん」
「ああ、構わな…………え?」
よしよし。これで初めてのカーク村もなんとかなりそうだぞ。
「なぁ、今――」
「あ、でも今から出かけるところだったのではないですか?」
「え? あぁ、狩りに行こうとしていたんだ。けどまぁ、一日くらいサボっても問題ないさ」
「そうですか。ありがとうございます――カークおじさん」
「ああ、構わな…………え?」
問題ないとは言ってくれたものの、わざわざ申し訳ないな。
案内してもらっている間はおとなしくして、騒ぎを起こさないように気を付けよう。
「な、なぁ、『カークおじさん』ってのは、俺のことか……?」
「え? あ……」
そっか。なんかリアクションがおかしかった気がしたのだけど、そのことか……。
ついうっかりそう呼んでしまった。もうこの人のことは『カークおじさん』だと認識していたもので……。
「――たぶんもう無理」
「無理……?」
「基本的に、アレクは男の名前を覚えない。あなたはこれから、ずっと『カークおじさん』と呼ばれる」
「これからずっとカークおじさん……?」
ジスレアさんが横から説明してくれた。
……こう聞くと、なんかすごいな僕は。滅茶苦茶だな
「というか、男の名前を覚えないってのはなんだ……?」
「あんまり興味がないのか、覚えようとしない。父親の名前くらいしか覚えていない」
「父親だけ……」
そんなこともないけどね……? ほら、ジェレッド君とか……まぁ、ジェレッド君とか。
「逆に女性の名前はすぐに覚えるし、女性へのアプローチも熱心で、とてもマメ」
「……女好きなのか?」
「そう」
ヘイ。
なんだこれは。いきなりなんてことを言うんだ。なんてことを断言するんだジスレアさん。
……というかジスレアさんも、僕のことをそんなふうに思っていたのか。
「あんな顔をしている上に、女好き……。さすがに危険すぎやしないか? 本当に村を案内していいのか、不安になってきたな……」
「でも大丈夫」
「ん?」
「アレクが女好きなのは間違いないけど――アレクが好きなのは私。私に惚れている」
「そ、そうか……」
ジスレアさんは時々これを言い出すよね。そんなことを言って、レリーナちゃんやディアナちゃんを
「えっと……なんだ? 俺は何を聞かされているんだ……? のろけ話か何かなのか……?」
ふむ。のろけ話か。のろけ話だとしたら――それはやぶさかでない。やぶさかでないぞそれは。
まぁ、こんなことを考えている時点で、ジスレアさんの言うこともあながち間違ってはいないのかね……。
next chapter:いざ、カーク村
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