第320話 怪しい者じゃないです
ジスレアさんに渡された麻袋を、僕は頭からかぶった。
そして、麻袋に空いた三つの穴が、目と口にくるよう位置を調整した。
「どう?」
どうと言われても。
「……とりあえず、サイズはピッタリですね」
「うん。そうみたい。よかった」
「はぁ……」
というわけで、ジスレアさんが考えてくれた僕のイケメン対策とは――
「……鏡を見てもいいですか?」
「うん」
マジックバッグから手鏡を取り出し、自分の姿を確認してみる。
「……なるほど」
銀行強盗か何かかな?
この覆面、案外よく出来ている。サイズもピッタリで、穴の部分もしっかり作られているため、まるで銀行強盗か昔の覆面レスラーっぽく見える。
いやー、マジかジスレアさん。これが一ヶ月考えた末の答えなのか……。マジか……。
あぁ、だけど一ヶ月……。
一ヶ月間、ジスレアさんが一生懸命考えて作ってくれたんだ。そう思うと――
「ありがとうございます、ジスレアさん」
「うん。喜んでもらえてよかった」
「……はい」
僕は喜んでいるのか……?
別に喜んではいないけど……。
けどまぁ、感謝はするべきだと思う。ジスレアさんが頑張って作ってくれたのだから、感謝すべきだ。
見方を変えれば、手編みのマフラーと似たような物だろう。言うなれば――手編みの目出し帽だ。
……手編みの目出し帽。
なんかもう語感がすごいけど、とりあえずありがたい物だ。暖かさだけで言えば、おそらくマフラーに勝っている。
「正直私としては、これでいいのか不安だった」
「そうなんですか?」
「私なら、着けるのを少し躊躇する」
「…………」
別に僕だって、喜び勇んで装着したわけじゃないですけどね?
「やっぱり顔を隠すなら、これが一番だと思った」
「まぁ、それは確かに……」
「それに、人に相談したら良いアイデアだと賛成してくれた」
「相談……? え、相談って、誰に――」
「ナナ」
あの野郎……!
なんてことを……。なんてことをしてくれたんだナナさん……!
うわー、もう絶対ふざけたでしょ。絶対面白おかしく賛成したでしょ。何すんのよナナさん……。
一旦はありがたい物だと自分の中で納得したものの、そこにナナさんのおふざけが入っていると思うと、その認識も少し揺らぐな……。
「アレクはナナと仲がいいから、聞けば好みがわかると思った」
「はぁ……」
「それで聞いたら、絶対喜ぶはずだと言っていた」
「…………」
帰ったら問い詰めよう……。
「あ、そういえば以前ナナさんに、頭のサイズを測られましたね」
「うん。私がお願いした」
「あれは、そういうことだったんですか……」
てっきりナナさんが、僕のために帽子か何かを作ってくれるのかと思っていた。
それで、されるがまま測らせていたんだけど……。
帽子は帽子でも、目出し帽だったか……。
◇
これ、結構怖いね。
結局覆面を受け入れ、覆面状態でヘズラト君に乗っているのだけど、結構怖い。
なんせ視界が悪い。目の部分の穴も、そこまで小さいわけではないのだが、やっぱりどうしても視界を妨げる。
覆面レスラーってのは、大変なんだな……。
なんとなく前世で見ていたプロレスラー達に敬意を捧げながら、僕はヘズラト君に乗って進む。
ちなみに、今回もヘズラト君が『カーク村に近付きましたし、そろそろ私を送還した方が』と提案してきたのだけど、そのまま一緒に進むことにした。
前回は、『村人を驚かせてしまうかもしれない』、『第一印象は重要』といった理由で、カーク村到着前にはヘズラト君を送還したわけだが…………別にもういいだろう。
マスクドアレクシスな時点で、もう第一印象もへったくれもない。
そう考えて、村までは一緒に行くことに決めた。そんなちょっと投げやりな僕である。
――というわけで、覆面ライダーと化した僕とヘズラト君は、ジスレアさんと一緒に村へ向かって進んでいた。
……しかし、気のせいかな。いつもより、ほんの少しだけジスレアさんが離れて歩いているような気がする。
まさか、変質者から少し距離を空けようとしているわけじゃないよね? 違うよね? 今の変質者スタイルは、ジスレアさんが作り上げたものだからね?
「……ん? ジスレアさん、あれは」
「うん」
僕は隣のジスレアさん――ほんの少し僕から距離をとっているかもしれない隣のジスレアさんに話し掛けた。
僕達がカーク村を目指して進んでいる最中、そのカーク村から、誰か一人出てくるのが見えたのだ。
「カーク村の人だと思うけど、狩りにでも行くのかな?」
「そんな雰囲気ですね」
ジスレアさんの言う通り、狩りへ出掛けるところなのだろう。そんな感じの装備をしている。
「あれ? というか……」
「うん?」
あれは……。あの人は確か――
「カークおじさんだ」
「……え?」
「あの人は確か、前回も会った人ですよね?」
「えーと……? あ、うん。そうだと思う。すごい偶然」
村からこちら側へ歩いてくるあの人は、第二回世界旅行でも会った人だ。
村に着く直前に出会い、そして軽く会話を交わして……いや、まぁ僕は会話どころか挨拶すら交わせなかったけどさ……。
とりあえず、そんな前回出会ったおじさんだ。
おそらく前回は狩りから帰ったところで遭遇して、今回は狩りに向かう最中に遭遇したのだろう。
きっとカークおじさんは、普段から村の外で狩りをしている人なのだ。それで前回も今回も、ここで出会ったんだ。
そう考えれば、ここで再び会ったことに納得できる気もするが、それでもすごい偶然だ。ちょっとした奇跡と言ってもいい。
何やらあのおじさんとは、運命的なものを感じる。
とはいえ、いかんせん相手がおじさんなので、運命の再会を果たしたといっても、そこまで嬉しいものではないのだけど……。
「とりあえず話し掛けてみましょう」
「ん? ……うん」
「行こうヘズラト君」
「キー……」
どことなく心配そうなジスレアさんとヘズラト君。
たぶんこの状態で話しかけて本当に大丈夫か心配しているのだろう。
しかし、ここで怖じ気付いても仕方がない。出たとこ勝負だ。行ってみよう。
僕達はカークおじさんに近付き、笑顔で――まぁ覆面で笑顔が伝わるのか微妙に謎だけど、一応は笑顔で話し掛けてみた。
「こんにちはー」
「な、なんだお前は!」
おおぅ……。
前回と違い、一応言葉は返してくれたけど、どう見ても友好的な感じじゃないね……。
カークおじさんは腰に下げた剣の柄に手をかけ、こちらを警戒している。
剣を抜いてはいないものの、辺りには緊張感が立ち込めてしまった。
「あ、怪しい者じゃないです……」
「嘘だ!」
「いえそんな、嘘では――」
……いや、まぁ嘘かな。
たぶん怪しい者であることは間違いない。
覆面をかぶって大ネズミに乗っている人は、誰がどう考えても怪しい者だろうさ……。
next chapter:カークおじさん
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